国際通貨基金(IMF)が10月に発表した最新『世界経済見通し』によると、2022年の世界経済の成長率は前年比で4.9%と2021年(5.9%)よりも低下するが、高水準を維持する模様だ(図1)。しかし2022年の高成長は基本的に2020年の不調(-3.1%)の反動に基づくため、数字が持つ印象ほどの浮揚感はない成長となるだろう。
2021年10月12日(日本時間)発表のIMF世界経済見通しを反映(図1)。
出典:国際通貨基金(IMF)
世界経済は、今2つの大きなボトルネックを抱えている。
その1つが、産業のコメとも言われ、我々の生活に欠かすことの出来ない「半導体」が不足していることだ。コロナ禍で半導体を用いる製品の「巣ごもり需要」が増えた一方で、工場の停止や物流の停滞で半導体の供給が不足、その結果、需要に供給が追い付かない状況が続いている。
そしてもう一つが、こちらも産業の血液と称されるエネルギー、特に「電力」が不足していることだ。半導体のみならず、社会経済活動を営む上で電力は文字通りの必需品。これから北半球が冬を迎えるため、近いうちに世界的な電力不足に陥る可能性が懸念されている。
メーカーなどの見立てによると、新型コロナウイルスの感染の動向次第ではあるものの、半導体不足は2022年夏頃にかけて解消に向かうようだ。他方で、世界経済が直面するもう1つのボトルネックである電力不足に関しては、いわゆる「気候変動対策」との兼ね合いがあるため、解消に向けた道筋が見えにくい状態にある。
再生可能エネルギーの不調が電力不足の主因
ポーランドのコジェニツェ火力発電所。電力不足の懸念の大きな要因の1つは、化石燃料、特に石炭の利用を急速に締め出したことが背景にある。
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電力の供給不足は、半導体よりも構造的な要因に基づいているため、厄介と言える。
電力不足が抱える構造的な要因とは、発電にあたって化石燃料、特に温室効果ガスの排出量が多い石炭の利用を急速に締め出そうとしたことにある。
気候変動対策の観点から言えば、確かに温室効果ガスの排出が多い石炭火力発電の利用は控えた方が良い。代わりに水力や風力、太陽光などの再生可能エネルギーの利用を進めるべきだし、現にそうした動きは世界的なメガトレンドとなっている。しかし、そのトップリーダーを自称するヨーロッパで、電力不足が最も深刻化しているという皮肉がある。
温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギーだが、一方でその出力は気象条件に左右される。今年のヨーロッパは天候に恵まれなかったため、発電量が不十分だった。こうしたところに、景気の回復に伴う電力需要の急増が生じた。その結果、エネルギー価格が高騰する事態に陥ってしまった。
エネルギー価格の高騰は、特に天然ガスで顕著だ。8月下旬にはMWh 当たり40ユーロ台だったヨーロッパの天然ガスの価格は、10月に入って一時100ユーロを超えた。ヨーロッパ各国が再生可能エネルギーの不調を、温室効果ガスの排出が少ない天然ガスで補おうとしていることが、天然ガスの価格高騰につながっている……という構図だ(図2)。
天然ガス価格を押し上げた排出権取引制度
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温室効果ガスの排出権の価格が高騰していることも、天然ガス価格を押し上げている。欧州連合(EU)はEU ETSと呼ばれる独自の排出権取引制度を持っているが、ここで取引されている排出権の価格が急騰、2020年にはCO2トン当たり20ユーロ台後半で推移していた価格が、足元では60ユーロ台に突入しており、先高観も根強い。
ただでさえ高いのに、先行きがもっと高くなる排出権に手を出すよりも、天然ガスを確保したいとエネルギー業者が考えるのも無理はない。
EU ETSは気候変動対策を主導したいEUにとって肝煎りの制度だが、今回はむしろ「天然ガスの価格の高騰を招き、それがさらに電力価格を押し上げる」という事態をもたらすことになった。
なおヨーロッパの主な天然ガス供給元であるロシアが「売り渋り」を仕掛けているという見方もあるが、それは必ずしも正しくない。そもそも天然ガスは「相対取引」であるため、需要側と供給側の交渉次第で決まる。原油生産の副産物であるため天然ガスの価格は原油価格に連動するし、ヨーロッパはスポット契約が主ゆえに価格変動が激しい。
もしここで石炭火力発電が利用できれば、エネルギー価格の上昇は抑制されただろう。しかし近年の気候変動対策ブームを受けて石炭の供給・投資が絞られたため、各国で「石炭争奪戦」が繰り広げられている。それに2021年7月に野心的な気候変動対策を発表したばかりのEUにとって、石炭発電の増加は政治的に困難だ。
日本も冬にかけてエネルギー価格が上昇する見込み
ところで現在、中国も深刻な電力不足に陥っているが、それもヨーロッパの影響を受けたものだ。中国もまた、ヨーロッパ発の気候変動対策の動きを受けて石炭火力発電を控え、再生可能エネルギーの導入に注力してきた。同時に、温室効果ガスの排出が少ない天然ガスの調達を増やし、2021年前半の液化天然ガス(LNG)輸入量は日本を抜いた。
しかし、結局は中国もヨーロッパと同様に電力不足に陥り、その解消を石炭火力発電に求めるようになっている。しかし先述のように、世界的に石炭の供給が絞られていることや、政治的な理由から最大の調達先であったオーストラリア産の石炭を輸入できないことから、備蓄している石炭が枯渇する事態も懸念されるまでに至っている。
日本はLNGの大半を長期契約で調達しているため、足元の価格変動の影響を受けにくい。とはいえその影響から免れることはできず、冬季にかけて電力需要も高まることから、電力価格は徐々に上昇することになりそうだ。10月に入って緊急事態が解除され、景気回復に弾みがつくと期待される中で、電力不足はまさしくボトルネックとなる。
改めて考えるべき激変緩和措置の必要性
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この度の世界的な電力不足の発信源は、やはりヨーロッパと言わざるを得ない。
気候変動対策で覇権を握ろうとするEUが、再生可能エネルギーの推進と石炭火力発電の廃止を声高に求めていることは間違いない事実だ。とはいえ、石炭も重要な化石燃料、最新の技術を用いれば温室効果ガスの排出はかなり抑制できる。
構造転換のために生じるコストに関して、何らかのサポートする必要があることは明白だ。つまり「激変緩和措置」を取る必要があるわけだが、現在のEU執行部はこうした視点を欠いており、南欧や中東欧の諸国は反発している。域内の後発国に対する配慮すらないのだから、世界に対する配慮がEUにないのは当然だろう。
懸念されることは、この電力不足の深刻化を通じて、ヨーロッパに対する世界的な悪評が再び高まらないかということだ。ヨーロッパは10年前に債務危機に陥ったが、その「内輪揉め体質」に基づく対応の拙さが、世界経済を不安定なものにした。今度はエネルギー危機を通じて、ヨーロッパは世界経済を不安定化させていることになる。
ヨーロッパへの信頼が低下するだけならまだしも、この電力不足の経験を通じて気候変動対策に対する疑念そのものが各国で高まってしまう事態も予想される。具体的な戦術を描き切る前に、戦略目標だけを掲げて見切り発車をしたツケだとすれば、ヨーロッパの罪はあまりに重いと言われても仕方がないのではないだろうか。
(文・土田陽介)