男性育休が取りやすくなる育児休業法の改正が2022年4月にやってくる。大企業を対象に取得率の公表も義務付けられるなど、男性育休を取り巻く環境は変化を見せ始めている。
しかし、その陰で「取得率」という「数字の妙」に苦しめられた人がいる。育休が取りやすいとアピールする会社に転職した30代男性が経験した、数字と実態との乖離について話を聞いた。
男性育休取得率9割の会社のはずが「だまされた」
男性の育児休業取得率が上がること自体は喜ばしいが、実態がどこまで伴っているかは、議論がありそうだ。
提供:タカハシさん
「男性育休が取りやすい会社を選んで転職したんですけどね。全く違いました。正直、だまされた気分です」
とある大手メーカーに勤めるタカハシさん(仮名・30代)は、そう語る。
タカハシさんが現在の会社に転職したのは2年ほど前。前職の会社は、単身赴任は当たり前。
育児のために早めに帰宅するということが許される雰囲気ではなかった。
第1子が生まれたとき、育休を取らずともなんとか育児に参加しようと思っていたが、実際に子育てが始まると仕事と育児の両立が想像以上に難しいことを実感した。
「このまま今の会社で仕事を続けると、育児に関われないなと。そこで、育児に参加することのできる会社であることを条件に転職活動をしました」
そんなときに出合ったのが、現在の会社だ。男性育休の取得率は約9割。最初の5日間は給料が支給されるなど、育休の取りやすさを前面にアピールしている企業だった。
「ここならば、育児に関わりながら仕事ができると思いました。もし第2子が生まれた時には育休を取得して、妻の体を労わってあげようと考えていました」
転職後、タカハシさんはフレックスタイム制度などを活用しながら働くことができ、第1子の育児にも積極的に関わることができていた。
上司もそうした働き方に対し、理解を示してくれていたほか、周囲の人たちも温かく見守ってくれて、タカハシさんはとてもありがたいと感じていたという。
「本当に取るのはどうかな」
育休推奨と思っていた職場だが、1カ月となると話はどうも違った(写真はイメージです)。
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そんなある日、タカハシさんは妻から第2子の妊娠を告げられる。第1子では叶わなかった育休取得について、タカハシさんは上司に話をすることにした。
上司と二人で得意先に出かけた帰り道のこと。
「妻が第2子を授かりまして。1カ月の育休を取らせていただきたいと思っています」
タカハシさんが、そう伝えると、上司の反応は意外なものだった。
「会社としては育休取得を推奨しているけど、本当に取るのはどうかな。しかも1カ月も取るなんて周りもいい顔しないんじゃないかな」
これまで、育児に関わることについて寛容だったはずの上司が、なぜそんな言葉を言うのだろう。タカハシさんは、何も言葉を返すことができなかったという。
「え、まさかと思いました。理解ある上司だと思っていたので、すごくショックでしたね」
後日、タカハシさんは、会社での男性育休の取得状況を詳しく調べてみることにした。
すると、確かに育休自体は9割の男性が取得していたものの、1カ月以上の取得は1人のみ。そのほかは、すべて5日以内だったそうだ。
「あれだけ育休が取りやすいとアピールしていたのに、超短期間しか取得している人がいない。部署によるのかもしれないですが、僕の場合は取ることさえ嫌な顔をされて…決して取りやすいとは言えないですよね」
結果的に、人事との相談を重ねて1カ月の育休を取得することができたタカハシさんだが、会社の男性育休に関する対外的なアピールには疑問を抱いているという。
「採用のために、取得率などいい側面をアピールする気持ちはわかりますが、実態との乖離があるのはいかがなものかなと思います。今後、法改正による取得率公表の義務化で、自分と同じような思いをする人が増えるんじゃないかと心配です」
取得率ばかりにフォーカスされることへの違和感
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男性育休白書2021によると、男性の育休取得率は12.2%と2019年の調査より増加した。一方で取得日数は「1週間以内」が取得者の56.5%、「1か月以上」の取得者はわずか2.2%。取得日数についてはまだまだ十分とは言い難い。
取得率は高いが、取得日数が少ない企業に対して、SNS上ではこうした疑問の声も出ている。
「平均取得日数4日とかで、100%です!って謳っていいんか…というモヤモヤ。。」
「取得日数を書くべきでは?」
取得率ばかりにフォーカスされることに、違和感を抱いている人は少なくない。
男性育休の取得日数、平均2日から1カ月以上へ
平日は第1子の保育園の送り迎えから、お風呂や夕食、寝かしつけまでをタカハシさんが担当。土日は子どもと外で全力で遊ぶことが楽しみだと話す。
提供:タカハシさん
こうした状況を変える取り組みを始めた企業がある。積水ハウスだ。
同社は2018年9月に「イクメン休業制度」を導入した。3歳未満の子を持つ、すべての男性社員が1カ月以上の育休を取得を促し、1カ月は有休とするものだ。
それまでの同社における男性育休は、平均取得日数が2日程度だったという。
イクメン休業制度導入のきっかけは、同社の仲井嘉弘社長が2018年5月にスウェーデンを訪れたこと。仲井社長が仕事の合間に公園を歩いていると、平日の昼間にベビーカーを押している人の多くが男性だということに気づき、大きな衝撃を受けた。
スウェーデンでは夫婦間で相手に譲ることのできない育休が最長3カ月あり、これが男性の育休取得を進めたとされている。こうした実態に対し、日本の男性育休はずいぶんと遅れていると知った仲井社長は、日本に帰国後、すぐに同社内で制度を整えることに着手した。
それから2カ月後の2018年7月には、男性社員の1カ月以上の育休完全取得を宣言し、9月から導入を開始。2019年2月から2021年9月末までに、1082人の男性社員が1カ月以上の育休を取得し、男性育休の取得率100%を達成している。
「社員に世界一幸せになってほしい」
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短期間で100%を達成している同社だが、最初からスムーズにいったわけではなかった。
イクメン休業制度の導入を説明した当初は、社員からは「営業先に迷惑をかけられないので取得できない」や「実家のサポートもあるので必要ない」といった反発の声も多く挙がった。それを乗り越えられたのは、社長のトップダウンと、コミュニケーションだったという。
同社のビジョンは「『わが家』を世界一幸せな場所にする」。この実現のために、まずは「社員に世界一幸せになってほしい」。だからこそ、大切な家族が増えた時には仕事よりも家庭を優先し、家事育児に参加することでパートナー同士の理解を深めたりする時間をしっかりと持ってほしい。
こういったメッセージを、社長自ら、対象の男性社員やその上司、約1900人に説明する場を設けた。それでも戸惑いを隠せない社員に対しては、推進部署の担当者が一人ひとりに、メッセージを丁寧に伝えることを根気強く続けた。
その結果が、「該当する男性の100%が1カ月以上の育休を取得」という現在地だ。
広報担当者は
「取得日数が平均2日程度だった頃も今も、会社が社員を大切に想う気持ちは変わりませんが、会社が社員に幸せであって欲しいというメッセージは、今の方がより強く伝わっていると思います」
と話していた。
男性育休の本当の目的は何?
イクメン休業制度の導入にあたり開かれた、該当社員を集めた積水ハウスのフォーラム。約2時間に渡って仲井社長や外部講師から、男性が育休を取得することの意義が伝えられた(撮影は2018年)。
提供:積水ハウス
ハウスメーカーである積水ハウスは、 現場監督や施工管理、営業など現場への立ち合いが求められる職種が多く、「長期休暇を取るなんて無理」と考えていた社員はさぞかし多かったと想像される。
それを変えたのは、育児休業法の現状とは関係なく「会社の業績も大切だが、それよりもまず社員に幸せであってほしい」という、ブレない想いが経営側にあり、メッセージを伝え続けたことだ。
これが結果として社員の理解、推進につながった。このケースが語りかけているのは、「育休の目的は何か」を考えることの大切さだ。
男性育休が取りやすくなる法改正が2022年4月に控えている。企業の人事担当者の中には、対応に追われている人もいるだろう。
しかし、国が男性育休を推進するからという理由だけで育休取得を進めようとすると、取得率の向上自体が目的化し、数日だけでもとにかく取得を促す、といったことも起きかねない。もちろん「例え数日であっても、 まずは育休を取得する文化を作ることが、男性の育児参加が進むための大切なステップ 」という意見もあるだろう。
ただ、いずれにしても必要なのは、まずそれぞれの企業で、男性育休の目的は何かをしっかり定めること。その上で、取得率だけでなく、その実態や中身、「質」に目をむけていくこと。
そうして初めて、男性育休の本来の姿、つまり「男性の育児参加」が 、本当の意味で根付いていくのではないだろうか。
(文・松尾れい)
松尾れい:1980年生まれ。佐賀県出身。大学卒業後、化粧品会社の営業やテレビ局のディレクターなどを経験。現在は企業広報に従事しながら、フリーライターも務める。プライベートでは1児の母。関心分野は、働き方。不妊治療の経験から、女性のヘルスリテラシー向上には特に強い関心あり。