今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
いま国内外で深刻な問題になっている「燃え尽き症候群(バーンアウト)」。リモートワークが進んだこととも関係していると言われ、その対応策や予防策に関心が集まっています。1年365日忙しく働いている印象がある入山先生は、燃え尽きを防いで生産性高く働くためにどんなことを心がけているのでしょうか?
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オンとオフの境目が溶けていく
こんにちは、入山章栄です。
いま、コロナをきっかけに「もう働くのが嫌になった」「働く意味が見出せない」という人たちが増えているのだとか。これは大変な問題ですね。
BIJ編集部・小倉
いま、「燃え尽き症候群(バーンアウト)」に陥る人たちが増えているそうです。リモートワークが増えてきたからか、オンとオフの境目がなく働き続けてしまい、どこかのタイミングで限界を迎えて燃え尽きてしまうのだとか。
これは日本だけでなく海外も同じで、アメリカでは従業員に「この休みを使ってパーティーしてきて」と1週間の休暇を与えるなど、燃え尽き症候群を防ぐ取り組みも始まっているといいます。
入山先生は1年365日ずっと働いているような印象がありますが、どうやって燃え尽きないようにされているんですか?
いや、実はそんなに一生懸命働いていないんですが(笑)。国際機関で働いている妻がフィリピンに海外赴任になり、子どもたちを連れていったので、いま僕は一人暮らしなんです。だから時間が自由になるので、夜になるとNetflixやAmazonプライムで映画を見たり、小説を読んだりすることもありますよ。
BIJ編集部・常盤
先生はあまり当てはまらないのかもしれませんが、バーンアウトの問題はいま国内外で大きなイシューになっているんですよ。
常盤さんも悩んでいるんですか?
BIJ編集部・常盤
幸い私は今のところ燃え尽きていませんが、ただ仕事とプライベートの境目が溶けていく感じはあります。誰かにストップをかけられないと、いつまでも働いてしまう。切り替えが難しいです。
BIJ編集部・小倉
僕も出社していたときのほうが一定のリズムができていたので、むしろ本も読めたし映画も見ていました。いまは夕食後もちょっと仕事をしてしまったりして、力の抜きどころが分からなくてストレスが溜まりますね。
なるほど。ずっと家にいるのに、1日単位で仕事とプライベートを切り替えるのは、そもそも無理がありますよね。
もちろん、それがうまくできる職種の方もいらっしゃると思います。例えば作家の方の中には、夜は遅くまで執筆をして朝は遅くまで寝ているなど、自分なりのリズムをつくっている方もいます。でもこれは基本的には仕事の内容が文章を書くことに限られているし、自分で仕事をコントロールできる、つまり上から仕事が降ってこないからこそ、可能ともいえますよね。
その点、組織で働いていると、なかなかそうもいかない。リモートワーク下において、1日の中でリズムを作るのは難しいのでしょうね。
だとすれば、僕の提案は以下のようなものです。それは「リモートでこれからも働く人は、時間軸の設定を変えましょう」ということです。
働き方が変われば、休み方も変わる
コロナ前までは職場に通っていたからこそ、「1日単位」でリズムを作れていましたよね。でもこれからリモートワークが定着する社会になれば、人の働き方も変わります。裁量的な仕事があり、兼業・副業も多くなるでしょう。そうであれば、自分で仕事の内容はある程度はコントロールできるようになる方も多いはずです。
ですから、むしろもっと長いレンジで時間軸を考えて、「この1カ月は夜も昼もなく働くけれど、次の2週間は徹底的に遊びます」というような、例えば「月単位」の時間の割り振り方ができるといいのかもしれません。
BIJ編集部・常盤
先生は「この2週間は何にも仕事しません」というように、オンとオフをきっちり切り分けられますか?
実は僕自身が、最近、まとまった休みをとることの効能を実感したばかりです。
さきほども言ったように、妻と子どもたちがフィリピンに行っているので、今年の8月は僕もフィリピンに行こうと、丸々1カ月、完全に予定を空けていたんです。
ところが急に妻から連絡が来て、「私がちょっと間違えていた。あなたはフィリピンに来られません」と言う。
フィリピンはワクチン接種率が17%と低く、コロナの収束が見えないので、外国人の入国が一切アウトになっている。妻は国際機関で働いている関係で外交用パスポートを持っているので、子どもを連れて特別に入国できるけれど、一般のパスポートしかない僕は入国できないと判明した。
最初はがっかりしたのですが、「待てよ」と思い直しました。僕はこの2〜3年、葛西水族館のマグロのようにぐるぐると働き続けていた。そこへ約1カ月も予定がぽっかり空くなんて、奇跡じゃないか!と気が付いたのです。
これはもう思い切り休もうと思って、8月の2週間くらい、徹底的に休みました。というか、ダラダラしていました(笑)。朝はいつまでも寝て、夜はのんびりNetflixなどで映画を見て、そしてたまに家で昼からお酒を飲んじゃったりしていたわけです。
おかげでいま、すごくリフレッシュしています。だからこそ今はまた毎日ずっとグルグル働いています。でもおそらく11月くらいに、4〜5日まとめて休む時間をまた作ろうと思っています。
このように、ポイントは、リモートで働き方が変わったのだから「オンオフの切り替えも時間軸が変わった」という発想が、案外大事なのではないでしょうか。こんな時間の使い方が、燃え尽き症候群を防ぐためには大事な気がします。
“缶詰め”になったから書けた『世界標準の経営理論』
加えて言えば、まとまった時間を月単位で確保して集中して働くことは、働く上での生産性を上げるうえでも有用かもしれません。僕がこの必要性を実感したのは、この連載のベースにもなっている著書『世界標準の経営理論』を書いたときのことです。
これは800ページ、60万字というとんでもない厚さの本なのですが、この本も「毎日通常の仕事をしながら、空いた時間で書こう」と思っていたら、絶対に書けなかったと思います。
この本のもとになったのは『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』という雑誌の連載ですが、連載終了を記念して、当時の編集長をはじめ、知り合いの編集者たちが盛大なサプライズパーティーを開いてくれた。そこで僕は強烈な達成感を味わい、それこそ「燃え尽きて」しまったのです。
しかしその連載は書籍化する約束になっていました。そこで書籍の編集担当の方と一緒に、連載した記事を全部読み返すことにしました。ところが半日読み続けてようやく3分の1というほどのボリュームに、「これを編集し直して1冊の本にまとめるなんて、無理だな」と思ってしまったのです。結局1年ほどは放置。たまに編集者さんから催促されるけれど、「今忙しいので、すみません」と後回しにしていました。
そんな矢先、僕が当時出演していたある番組のディレクターさんから、面白い話を聞いたのです。
一流ミュージシャンですら予定をブロックする
当時の番組のエンディング曲はある有名なミュージシャンの曲だったのですが、その方は曲の書き下ろしを承諾すると、そこから半年先ぐらいまでのスケジュールを全部ブロックして、その曲が入ったアルバムづくりに集中したのだとか。
番組プロデューサーいわく、同じように何も他の予定を入れないで、曲づくりだけに専念する期間を設けるミュージシャンは他にもいるそうです。新曲をつくるとなると、「この〇カ月は他の予定は入れないで」といって曲づくりに集中するのです。もちろんアーティストの中にはそれをしない方もいて、でもそういう方はだいたい締切に遅れるというのです。
それを聞いて、僕は痛切に反省しました。「一流のミュージシャンですら、アルバムを1枚作るときはまとまったスケジュールを完全にブロックするのに、ましてや僕ごときが片手間でやれると思っていたことがおかしい」と。
そこでいろいろ試した結果、最終的に勤務先である早稲田大学のそばのホテルに、延べ2カ月ぐらいこもって、他には何もやらず、集中して原稿を書いたのです。結果、生産性は飛躍的に向上し、2019年末に刊行にこぎつけました。
先ほどの小倉さんの「いまは力の抜きどころが分からなくてストレスが溜まる」という話を聞いて思ったのは、いまや働き方が変わったので、我々もオンオフの時間軸の作り方が変わったのではないか、ということ。家で働くことでオンとオフの切り替えが難しくなっているのに、1日の中で小刻みに時間を分割して切り替えようとしても、うまくいかないことが多い。だから燃え尽きてしまうのではないかということです。
もちろんそういった働き方が1年のうち3分の1とか半分くらいあってもいいけれど、残りの半分ぐらいは、「2週間は徹底的に集中して働いて、1週間は徹底的に休む」というようにできると、リモート時代の働き方に適しているのではないかと思います。
BIJ編集部・常盤
職場の条件や仕事の内容にもよると思いますが、いずれにしても、成り行きで1日を過ごしてしまうのではなく、時間の使い方に意識的になったほうがいいですね。
読者のみなさんも入山先生のお話をヒントにしてみてくださいね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。