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「2割がどうしても職場に戻ってこない」アメリカ労働現場の深刻度。ワクチン拒否、感染恐怖の問題は根深く…

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アメリカで雇用市場回復の勢いが鈍っていることを懸念する声が高まっている。懸念が正しいかどうかはともかく、この労働市場の停滞はなぜ起きているのか。

Shutterstock.com

アメリカで雇用市場回復の勢いが鈍っていることを懸念する声が高まっている。

注目された9月の雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比プラス19.4万人。市場予想の中心(プラス50.0万人)を大幅に下回った。こうした動きは8月に続いて2カ月連続となる。

この数字を受けて、年内が既定路線と見られていた金融緩和の縮小(いわゆるテーパリング)に疑義を唱える向きも出始めているが、筆者はそう思わない。

毎月の雇用統計はそもそも振れが大きすぎて、単体では使いものにならない。

例えば、大きな失望をもたらした8月分は、発表時のプラス23.5万人から36.6万人へと上方修正されている。また、その前の7月分についても、速報値のプラス94.3万人から109.1万人に上方修正された。

つまり、7月分で14.9万人、8月分で13.1万人、合計28.0万人が後日上乗せされたことになる。

今回発表された9月分は市場予想の中心に比べてマイナス30.6万人の下振れなので、7・8月の上乗せ28.0万人を加えて考えれば、雇用回復の勢いが落ちたとまでは言えない。

実際、3カ月平均と6カ月平均をそれぞれ見てみると、50~60万人程度の増勢を維持できている【図表1】。

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【図表1】アメリカの非農業部門雇用者数変化の推移 。3カ月平均(黒線)と6カ月平均(赤線)。

出所:Datastream資料より筆者作成

もちろん「もっと強くなるはずだった」という見方もあるだろうが、ここまで確実性が高まった金融緩和縮小への期待を修正するほどの話ではないように思う。

弱いのは労働「需要」ではなく労働「供給」

アメリカの労働市場では賃金の上昇傾向が明確で、それが消費者物価指数(CPI)や個人消費支出(PCE)デフレーターなど一般物価の上昇につながっている様子が見てとれる。

「9月になれば失業保険の上乗せ給付が失効し、多くの労働者が求職活動に復帰し、非農業部門雇用者数も増える」という予測もあったが、少なくとも9月はそうならなかった。

雇用者数が予想より伸びなかったのは、上乗せ給付の失効に合わせて求職活動に復帰した人に仕事がなかった、という労働「需要」の弱さより、そもそも求職活動に復帰した人が少なかったという労働「供給」の弱さに起因している。

前者は(就労機会の創出が不足している状況ゆえに)金融政策や財政政策の縮小を否定する材料になり得るが、後者はそうではない。後述するように、労働者の「価値観」にもかかわる部分であり、問題の根は深い。

この点を考えるうえでは、米労働省が公表する雇用動態調査(JOLTS)が参考になる。

年初来、アメリカの労働市場では毎月のように求人数が過去最高を更新しており、非農業部門労働者数の増勢が衰えた8月分も、求人数は(前月比では減少したものの)非常に高い水準が続いた。

下の【図表2】に見えるような求人数の勢いが唐突に途切れるとは考えにくい。

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【図表2】アメリカの非農業部門、宿泊・飲食、教育医療における求人数の推移。

出所:Macrobond資料より筆者作成

感染拡大で深刻な影響を受けた宿泊・飲食や教育・医療といった業種では、上図からも一目瞭然のように急激に求人数が増えているが、9月時点でなおコロナ危機発生前の7~8割程度しか職場に戻ってきていない。

この数字は労働市場全体についても同じことが言える。現状、コロナ危機前の雇用水準を回復できているのは運輸・倉庫業くらいだ。

「自発的な離職者数」が過去最高を更新する理由

労働需要(=求人数)があるのに、労働供給(=雇用者数)が出てこないのはなぜなのか。

さまざまな見方があるものの、例えば、ワクチン接種義務化の動きが報じられるアメリカでは、ワクチンを受けていない(≒ワクチンを打ちたくない)ので職場復帰「できない」という事情はあり得る。

いまでも部分接種率(=少なくとも1回は接種を受けた人の全人口に占める割合)が60%台半ばにとどまっている(10月9日時点)ことを踏まえれば、まったく接種していない残りの30%超が職場復帰できていない層と一部が重なる可能性はある。

そのほか「感染を恐れて職場復帰できない」「賃金情勢が強いなか、低賃金労働に戻らず熟慮して求職したい」など、労働者が自発的な理由で離職している可能性も考えられる。

求職者数の増加を尻目に、自発的な離職者数は過去最高が更新される状況が続いており、職場復帰が進まない理由として上記のような現実があることは間違いないだろう【図表3】。

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【図表3】アメリカの自発的離職者数の推移。

出所:Macrobond資料より筆者作成

労働者の価値観を変えられるのか

このように見てくると、足もとのアメリカの労働市場の停滞はやはり労働「供給」に原因があることがわかってくる。

しかし、そうわかったところで、ワクチン接種を拒否する層や感染に怯える層を無理やり職場に引き戻す手段はない。

例えば、宿泊・飲食・娯楽などのサービス業では「賃金が低いのに感染リスクは高く、割に合わない」と受け止められ、採用が難しくなっている事例が報じられている。

人手が足りないのに賃金が上がらないケースはなかなか想像できないので、そうした採用難の業種での賃金上昇がこれからどれほどの規模感で起きるのかは、ある意味で注目と言えるだろう。

そうした賃金上昇の可能性を前にしても、感染への恐怖を抱く層はなお大都市から(就労機会が遠のく)郊外への移住を進めるケースも多いと聞く。

そのような労働者の価値観にかかわる問題を、財政・金融政策の拡大で解決することは難しく、パンデミックに正式な終息宣言でも打たれない限り、根本的な解決は困難と思われる。

いつまでも引きこもっていては生活が成り立たなくなるので、長期的には職場復帰する日が来るだろうが、目下警戒されているインフレ高進の背景には、供給不足やエネルギー価格の高騰以外に、労働者の価値観変化もあることは知っておいていいだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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