DXという課題は、単なるデジタル化だけではない。大切なのは“Digital Transformation”でも後者のほうであり、いかにして「トランスフォーメーション」を起こすかに掛かっている。
しかし、それ以前に、組織やチーム運営にとっての当たり前が守られていないケースが実はある。情報共有による格差をなくすことだ。誰もが同じだけの情報を持ち、意思決定をしやすくすることが、組織のスピードやアライメントの向上には欠かせない。それがリモートワークを含めたデジタル環境下において、課題としてより浮き彫りになった。
この現状に、スタートアップを中心として上場企業や大手企業でも導入が進み、欠かせないツールと目されているのが「Notion」で、この度、日本語β版をローンチする。Notionの日本第1号社員であり、日本でのゼネラルマネージャーを務める西勝清氏に、日本企業が抱える課題をNotionがいかに解決しようとしているのかを聞いた。
DXとハイブリッドワークのために、自分をデジタル化する
西勝清(にし・かつきよ)氏/Notion ゼネラルマネジャー日本担当。大学卒業後、シスコシステムズへ入社。セールス部門で多数の大手企業のグローバル展開プロジェクトに貢献、社長室戦略チームで事業企画や戦略策定を経験。2012年 LinkedIn Japanに立ち上げメンバーとして入社後、人事向け法人営業部門を統括。2019年 WeWork Japanに入社し、営業シニアディレクターとして戦略と組織を構築、事業拡大を牽引。オランダ・エラスムス大学ロッテルダム経営大学院 MBA。2020年9月よりNotion日本1号社員として、営業・マーケティング活動を始めビジネスオペレーション全般を担当。
「DX」やリアル/バーチャルを併用する「ハイブリッドワーク」に関して多くの日本企業が課題を抱えている。これまで以上にスピード感を持って変革を起こしていくためには、さまざまなことがデジタル化していく環境に合わせ、「働く自分たち自身がデジタル化しなければならない」と西氏は語る。
仮に、既存ビジネスにデジタルの力をかけ合わせて新しい価値を生むことをDXの肝要に置くならば、当然にデジタル環境に馴染んだ人物でなければ、その力は使いこなせない。
「日々、ビジネスモデルやツールに触れ、インスピレーションを受けるのが大事だと考えています。海外や日本のスタートアップで何が起きているのかを見て、聞いて、触ってみる。自社のビジネスと照らして考えてみる。そういった繰り返しが自分自身をデジタル化させる一助になると思いますし、私も意識的かつ強制的に触れるようにしています。幸いにNotionユーザーは感度の高い人が多く、交流がもたらしてくれるものも多いのです」(西氏)
DXにしろ働き方にしろ、スタートアップと既存企業が比較されるケースは多い。この両者の違いについて、西氏は「理想の状況に対するビジョン設定力」を挙げる。スタートアップは自分たちのビジョンへ向かってビジネスを作り上げていく過程におり、「もっとより良く」という理想の状況を常に求める。だからこそ、インスピレーションを受ける機会を欲することも、従来のやり方を変えることも厭わない。
「それこそ日本やシリコンバレーのスタートアップを見ていても、『理想の状況とは何か』を考える力がすごく強い。情報共有の仕方一つとってもそうです。新しいものからインスピレーションを受けて、それによって新しいゴール設定に更新されると、一気に作り変えていく。そのスピード感が強さにつながりますし、ビジネスの前進力も生む」(西氏)
情報のフロー化を、ドキュメント&ストックで是正せよ
NotionはCEOで共同創業者でもあるIvan Zhao(アイバン・ザオ)氏が、共同創業者のSimon Last(サイモン・ラスト)氏と共に「よりフレキシブルに自分が使いたいようなソフトウェアを、自分で組み立てた」という背景がある(実はファーストプロダクトをご破産にし、サンフランシスコから京都へ居を移して、日本でプロダクトを再生させたという裏話もあるのだが、今回は割愛する)。
「オールインワン・ワークスペース」であるNotionは、ゴール達成に寄与する理想の状況を創るためのツールで、高い機能性やカスタマイズ性がシンプルなデザインの上に載っている。西氏はNotionをレゴブロックに例えてくれた。すべてを自由に組み上げてもよいし、城や車のようにある程度決まったものを組み立ててもよいのだ。
Notionで可能なことを列挙すると、ドキュメント管理・編集、ファイル保存、データベース管理、タスク管理、カレンダー、Webクリップ、Wiki……と、おおよそデジタル環境における情報の集約場所として必要な機能は揃っている。これらを使う人が組み合わせ、組織におけるスムーズな情報共有やデータベース構築に役立てている。さらに、モノトーンを基調とした画面構成に、“emoji”を装飾に用いることなどが功を奏し、情報が見やすくツールの挙動がとても軽快であることも人気の理由となっている。
とはいえ、まったく手がかりのない状態ではとっつきにくいこともあり、最近では導入後のオンボーディング用テンプレートを配布するといった動きも見せている。これも日本ローカライズの一つの形といえるだろう。
Notionを使いこなせることで、チームや企業にどのような変化が起きるのか。数々の事例を元に、西氏が見出したのが「透明性の向上」だ。
「DXやハイブリッドワークを推し進めるためには、ビジネスのスピードアップと組織のアライメント向上が欠かせません。Notionを有用に使うユーザー事例を見ると、必要な情報を必要な人たちが共有できており、情報格差も起きにくい。誰もが同じ情報を持っているために透明性が高まり、信頼関係の上で組織も自走しやすくなります」(西氏)
また、ハイブリッドワークにつきものである「ビジネスチャット」は、レスポンシビリティが高い一方で、情報がフロー化し、散逸しやすいのも悩みの種だ。「情報はフローだけでなくストックも大切。ビジネスチャットとNotionは相互補完できる」と西氏は言う。
「みんなが同じ情報を持っていると意志決定の速度も高まります。かつての自分自身を振り返ると、チームメンバーからの提案にどこかズレを感じることがありました。その理由こそ、実は私からメンバーに情報を伝えきれていない部分があったからだとわかりました。組織の規模の大小を問わず、スピードを上げるための情報共有は、改めて見直されるべきポイントなのだと感じます」(西氏)
導入企業で生まれた成果
導入企業からも、Notionによる情報ストックの効果を実感する声が挙がる。
ニュースアプリの「SmartNews」では、まずはクーポンチームのオペレーターたちの複雑な業務をマニュアル化したいと、2019年3月に利用を開始。導入を促進したスマートニュース Product Designerの山本興一氏は、「それまで使っていたいくつかのツールは情報をストックするのには適しておらず、あってもエンジニア向けのツールが多かった。クーポンチームのオペレーターには既存のツールを使いこなすのが難しいスタッフもいて、そういうひとでも使えるツールとしてNotionは最適」と語る。
その後も社内でエバンジェリストのようにいくつかのチームに働きかけた後、2020年1月には全社で導入することになった。
全社での導入の際には「ワークスペース」は増やさないというルールを徹底。
「Official Information」には、ミッションやOKR、組織図、社内ルールといった、会社の管理側からの情報がまとまっており、「Workspace」ではスタッフ全員が自由に編集できるようにしているという(現在は新型コロナウイルス関連の情報を集約するものも期間限定で置いている)。
「Workspace」はディビジョンの数だけ山本氏が用意。そのなかではそれぞれが独自に活用している状態で、自発的に運営されている。「すでにディビジョンごとにエコシステムができている状態。すごく整備されているページも多くて、新しいメンバーのオンボーディングには寄与しているはず」と山本氏も語る。
「昼会のログを毎日更新しているディビジョンもあれば、デザインチームでは自身の進捗をひたすら上げているページもある。それぞれが自分のログを残していくと結果的にそれがコミュニケーションになるというのがNotionのいいところ」(山本氏)
Notionはデザイナー、プロダクトマネージャー、エンジニアという職種から火が付いていったツールだ。これからNotionを始める上でも、まずは小規模導入やチーム単位での「理想の追求」から始めてみるとよいだろう。
日本発の生産性向上モデルを、世界へ輸出する
すでに全世界にユーザーを抱え、日本でも支持を集めるNotionだが、今なぜ改めて「日本語β版」としてのローンチを打ち出すのか。そこには、西氏が考える日本でのローカライズを進めるために避けられない課題と、そして密かなる好奇心があった。
「海外発のツールが日本でローンチされ、製品の説明やガイドを読んだり、サポートを受けたりすると、いずれかのタッチポイントで『やはり日本企業の運営とは違うな』という違和感を覚えることが少なくありません。ウェブページの文言の一部が多少おかしかったり、サポート対応のクオリティが物足りなかったりと、感じるポイントは人それぞれです。
しかし、そういった違和感を覚えるボーダーラインがユーザーにセットされている以上は、期待を下回ってはならないと思います。私の経験上、本当のローカリゼーションを実現するためにも違和感の除去は重要な点として位置づけています。Notionは京都で生まれ、ホスピタリティを意識したサービスだけに、あたかも国産ツールだったかのように受け取ってもらえるようにするべく、徐々に日本向けの対応を拡充していきたいと考えています」(西氏)
Notionの日本ローカライズには頼もしい援軍がいる。それが既存ユーザーのコミュニティだ。「Notion Tokyo」や「Notion Kyoto」など都市名を冠したコミュニティなど、コミュニティメンバーは1,200名を超え、Slackや定期的なミートアップで交流している。また、積極的にツールを広めるNotion公認アンバサダーの他、YouTubeやnoteを通じて「Notionの便利な使い方」などを発信するユーザーも増えているという。
「コミュニティに先行レビューを依頼し、フィードバックを重ねてきました。細かな文言を含めて『Notionらしくない』とユーザーが感じるような部分を取り去りたかったんです。Notionというブランドがグローバルに持っているイメージや空気感を保ったまま、日本でのローカリゼーションを実現するためにも必要でした」(西氏)
「国産ツール」のようになったNotionが日本企業へ浸透していった先で、西氏は「日本発の業務改善モデルを輸出したい」と目論む。Notionには作成したテンプレートをシェアできる機能があり、配布や販売も可能だ。日本企業がNotionの優れた使い方で組織を改善できた場合、そのテンプレート自体をシェアすることで、日本全体の生産性が向上できるのではないか、という見立てである。
「いずれは海外企業が『日本企業のこのテンプレートを使うと生産性が向上できるらしい』と使い始めたら面白いですね。ナレッジワーカー分野における働き方のダッシュボードやオートメーションのためのテンプレートを日本発で打ち出せれば、相対的に日本の国力が下がってきていると言われる現状に一矢報いることも出来る。日本がグローバルビジネスにおいてもリスペクトを失わないために、Notionが貢献していきたい」(西氏)
その夢はまさに、新時代におけるトヨタ式の“Kaizen”を思わせる。当然その手前には、日本企業間での切磋琢磨もありえる。スタートアップで生まれたアイデア生産テンプレートが大企業を変えることがあれば、大企業発のオペレーショナルエクセレンスなテンプレートがスタートアップビジネスを磨き上げるかもしれない。その時代に、日本でDXという言葉は、すでに遺物となっていることだろう。