【衆院解散・総選挙へ】岸田首相の“目玉政策”はどこへ…自民党の衆院選公約に「令和版所得倍増」「住居費・教育費支援」記されず

(左)岸田首相の総裁選での政策集(右)自民党の政策パンフレット

(左)岸田首相の総裁選での政策集(右)自民党の政策パンフレット

出典:岸田文雄公式サイト、自民党公式サイト

衆議院は10月14日午後に解散し、その後の臨時閣議で総選挙の日程が正式に「10月19日公示・31日投開票」と決まる。野党が憲法の規定に基づき開会を求め続けていた臨時国会は、新首相の選出のためようやく開かれたが11日間で終わり、事実上選挙戦に突入する。

解散から投開票まではわずか17日間で戦後最短。憲政史上でも異例の短期決戦となる。

2021年10月14日午後1時過ぎ、大島理森衆院議長によって解散詔書が読み上げられ衆議院は解散された。

2021年10月14日午後1時過ぎ、大島理森衆院議長によって解散詔書が読み上げられ衆議院は解散された。

衆院選インターネット審議中継

野党側はこの臨時国会での論戦のため、予算委員会の開催を求めたが、岸田文雄首相はこれに応じなかった。岸田氏は新内閣発足の勢いと、新型コロナ感染者数の減少のタイミングで、解散総選挙に打ってでる決断を下した。

「国民の信任を背景に、信頼と共感の政治を全面的に動かしていきたい——」

首相就任後の初会見で、自らが目指す政治と選挙への決意を語った岸田氏。

だが、「宰相の椅子」を掴むに至った自民党総裁選で掲げていた政策のうち、首相就任後の初会見、国会での所信表明……と、時が経るにつれて言及しなくなった政策が出てきた。また、自民党の高市早苗・党政調会長が10月12日に発表した衆院選公約の政策パンフレットにも記入されなかった政策が複数あった。

消えた「令和版所得倍増」

左ページ、最後の文章に「令和版所得倍増」の言葉がある。

左ページ、最後の文章に「令和版所得倍増」の言葉がある。

「岸田文雄政策集」より

まず、経済政策として掲げた「令和版所得倍増」だ。

岸田氏は総裁選での政策集のうち、経済項目「新しい日本型資本主義 新自由主義からの転換」の中でこの言葉を記した。

今こそ、成長と分配の好循環による新たな日本型資本主義の構築が必要です。そのため、「新しい日本型資本主義」構想会議(仮称)を設置し、ポストコロナ時代の経済社会ビジョンを策定し、「国民を幸福にする成長戦略」と「令和版所得倍増のための分配施策」を進めます。

岸田文雄政策集

そもそも「所得倍増」とは、岸田氏の出身派閥「宏池会」の創設者で池田勇人首相(任1960〜1964)が打ち出した経済政策で、戦後の高度経済成長に影響を与えた政策だ。

岸田氏はこれを「令和版」として再び掲げ、先人と自らを重ね合わせるかのようにアピール。これまでの安倍・菅政権とは一線を画し、「成長」一辺倒ではない政策で中間層の拡大を目指すものだと受け止められた。

岸田氏自身も総裁選立候補後の政策説明会でもこの言葉を使った。告示後の所見表明の中でも、こう述べていた。

中間層の拡大に向け、分配機能を強化し、所得を引き上げる「令和版所得倍増」を目指してまいります。

ところが、首相就任後の記者会見冒頭発言や国会での所信表明演説の中に、この「令和版所得倍増」の言葉はなかった。

自民党の衆院選公約の政策パンフレットの中にも、この言葉は記されていなかった。

抜け落ちた「住居費・教育費への支援」

「住居費・教育費の支援」は、総裁選で掲げた経済政策のうち「分配施策 岸田4本柱」の2つ目に記されていた。

「住居費・教育費の支援」は、総裁選で掲げた経済政策のうち「分配施策 岸田4本柱」の2つ目に記されていた。

岸田文雄公式YouTubeチャンネル/YouTube

岸田氏は、総裁選の所見表明の中で「令和版所得倍増」をどうやって目指すかについて語っていた。それが以下の言葉だ。

例えば子育て世代にとって大きな負担になっている住居費、教育費への支援、強化してまいります。民間に賃上げを求める以上、国自身も努力しなければなりません。賃金が公的に決まる看護師、保育士、介護士、こうした方々については公定価格を見直し、収入を思い切って引き上げます。

岸田氏、自民党総裁選での所見表明

この「住居費・教育費の支援」は、総裁選で掲げた経済政策のうち「分配施策 岸田4本柱」の2つ目に記されたものだ。

子育て世帯の住居費・教育費を支援

・中間層の拡大に向け、分配機能を強化し、所得を引き上げる、「令和版所得倍増」を目指す。

・特に、子育て世帯にとって大きな負担となっている住居費・教育費について、支援を強化。

岸田文雄政策集

だがこの住居費・教育費支援策も、首相就任後の記者会見冒頭発言や国会での所信表明演説の中にはなく、党の公約にも盛り込まれなかった。

国会で教育費支援に問われた岸田首相は「高等教育の無償化の中間層への拡充については、実施状況の検証を行い、中間所得層の進学状況等を見極めつつ機会均等の在り方について検討してまいります」(10月12日、参院本会議で公明党・山口代表への答弁)と述べるに留めた。

「1億円の壁の打破」も……

首相として初めて会見する岸田文雄首相。(2021年10月4日)

首相として初めて会見する岸田文雄首相。(2021年10月4日)

Toru Hanai - Pool/Getty Images

他にも消えた言葉がある。

金融所得課税(株式の配当や株式の売買時に課される税金)の見直しなど「1億円の壁の打破」だ。

岸田氏は「4本柱」にはなかったが、総裁選を通じて「成長と分配の好循環」を目指す方法の一つとして政策集に記していた。

しかし、これも首相就任後の記者会見冒頭発言にはなかった。このときは、報道陣からは質疑応答で「1億円の壁」打破に関する考えを問われて、以下のように応じた。

新しい資本主義を議論する際に、成長と分配の好循環を実現する、分配を具体的に行う際には様々な政策が求められます。


その1つとして、いわゆる「1億円の壁」ということを念頭に、金融所得課税も考えてみる必要があるのではないか。様々な選択肢の1つとしてあげさせていただきました。


当然それだけではなくして、例えば民間企業において、株主配当だけではなくして、従業員に対する給与を引き上げた場合に優遇税制を行うとか、様々な政策、さらにはサプライチェーンにおける大企業と中小企業の成長の果実の分配が適切に行われているのか。


下請けいじめという状況があってはならない。こういったことについても目を光らせていくなど、様々な政策が求められると考えています。


ご指摘の点も、そのひとつの政策であると思っています。

岸田首相、10月4日記者会見

だが、その後の所信表明演説では言及されず、10日に出演したフジテレビ「日曜報道 ザ・プライム」では「当面は触ることは考えていない」と語り、軌道修正を図った。12日に発表された党の公約にも記されなかった。

「所得倍増、なぜ所信表明に入れなかった?」

国民民主党の玉木雄一郎代表(2021年10月12日)

国民民主党の玉木雄一郎代表(2021年10月12日)

衆議院インターネット審議中継

自民党総裁選からわずか2週間あまり。こうした岸田氏の“変遷”を野党は厳しく批判した。

10月12日、衆院本会議での代表質問。国民民主党の玉木雄一郎代表は以下のように質した。

岸田総理は自民党総裁選で「令和版所得倍増」を公約として掲げ、ニュースなどでも大きく取り上げられました。総裁選パンフレットの表紙にも掲げられた、文字通り「看板政策」でしたが、先週の所信表明演説には「所得倍増」の言葉がどこにもありませんでした。


なぜ所信には入れなかったのですか。誰かの反対で入れられなかったのでしょうか。


そもそも総裁選で主張されていた「令和版所得倍増」とは、いくらの所得を、いつまでに倍増させる計画でしょうか。その具体的な方策も含めてお聞かせください。

国民民主党・玉木代表、10月12日衆院本会議での代表質問

これに対し、岸田首相は「私の経済政策の基本的な方向性を申し上げたもの」であり「旗は一切おろしておりません」としながらも、所信表明では言及しなかった理由は答えなかった。

「令和版所得倍増」についてお尋ねがありました。総裁選挙で掲げた「令和版所得倍増」は、一部ではなく、広く、多くの皆さんの所得を全体として引き上げるという私の経済政策の基本的な方向性を申し上げたものです。


こうした政権の旗は一切おろしておりません。岸田政権では広く国民の所得を減らすべく成長と分解の好循環による新しい主義の実現を目指します。


このため所信表明演説でも述べた通り、働く人への分配機能の強化、看護・介護・保育などの現場で働いてる人々の収入の増加などに取り組んで参ります。


成長の果実はをしっかり分配し、はじめて次の成長が実現します。成長と分配の好循環を実現し、国民が豊かに生活できる経済を作り上げてまいります。

岸田首相、10月12日衆院本会議での代表質問への答弁

問われる「選択的夫婦別姓」への姿勢、公明・山口代表も「実現を」

日本共産党の小池晃・書記局長(左)と公明党の山口那津男代表(2021年10月13日)

日本共産党の小池晃・書記局長(左)と公明党の山口那津男代表(2021年10月13日)

参議院インターネット審議中継

加えて、総裁選の政策パンフレットには記されていなかったものの、「選択的夫婦別姓制度」について岸田氏の姿勢が代表質問で問われた。

岸田氏は自民党総裁選への立候補表明時、Business Insiderの質問に対し「引き続き議論を」と答え、慎重な立場を崩さなかった。

これは総裁選の当初、自民党最大派閥に所属する安倍元首相など、保守派の支持を意識しての発言と思われた。

ただ、岸田氏自身は党内でもリベラルな派閥「宏池会」の会長だ。3月に発足した自民党内の「選択的夫婦別姓制度を早期に実現する議員連盟」にも、呼びかけ人の一人として、野田聖子少子化相らと共に名を連ねている。

総裁選でも軌道修正を図った場面があった。毎日新聞は、岸田氏が9月15日に出演したBS-TBS番組で「導入を目指して議論をすべきだ」と述べ、導入に意欲を示したと伝えている。

ところが、それも首相就任後に“先祖返り”している。

共同通信によると、自民党の衆院選公約の政策集の原案には「夫婦の氏に関する具体的な制度のあり方についてさらなる検討を進める」との一文が記されていたが、これが削除された。

高市早苗政調会長は記者会見で「公約が後退したわけでは決してない」と強調。旧姓を通称として使用拡大する考えを重ねて示した上で「国民の間にさまざまな議論がある。納得感を得られるよう丁寧に議論したい」と語った。

共同通信・10月12日

日本共産党の小池晃書記局長は、13日の参院本会議での代表質問で、岸田首相に選択的夫婦別姓制度への姿勢を質した。

半年前に早期実現を呼びかけながら、手の平を返した対応はあまりに無責任ではありませんか。


いまやどの世論調査でも、選択的夫婦別姓の導入への賛成意見が多数です。幅広い国民の理解にもかかわらず導入を阻んでいるのが自民党内の強硬な反対派です。


総理の聞く耳というのは、国民の声ではなく党内反対派に対するものなのでしょうか。

日本共産党・小池書記局長、10月13日参院本会議での代表質問

これに対し、岸田氏は「私は政治家として、選択的夫婦別氏制度の制度に賛成の方の声にも、反対の方の声にもしっかりと耳を傾けてきたつもりであり、それらの声を踏まえた上で本件は引き続きしっかりと議論すべき問題であると考えている」と述べるに留めた。

連立与党を組む公明党の山口那津男代表も、小池氏同様に参院の代表質問で選択的夫婦別姓の法制化を求めた。

また、通常国会で自民党の反対で法案提出が断念された超党派による法案「LGBT理解増進法案」にも言及。「早急な成立が求められる」と述べた。

本年3月、各国における男女平等を数値化したジェンダーギャップ指数が発表され、日本は156カ国120位という結果となりました。


一つの要因として、近年国民の関心が高まっている選択的夫婦別姓制度の有無が指摘されており、法務省によれば夫婦別姓が選べない国は日本だけです。


結婚により改正するのは96%が女性であり、女性の活躍促進の観点から、婚姻後の仕事のキャリア維持など、さまざまな理由で希望する夫婦が、姓を変えることなく結婚できるよう制度導入を実現すべきと考えます

公明党・山口代表、10月13日参院本会議での代表質問

しかし岸田首相は、選択的夫婦別姓制度について「私が目指すのは多様性の尊重される社会。全ての人が生きがいを感じられる社会」としつつ、「さらなる検討を進める」と述べるにとどまり、具体的な法制化について言及しなかった。

「LGBT理解増進法案」についても「性的指向、性自認を理由とする不当な差別や偏見はあってはならない」としつつ、「多様性が尊重され、すべての人々がお互いの人権や尊厳を大切にし、いきいきとした人生を享受できる共生社会の実現に向け、引き続き多様な国民の声を受け止めしっかりと取り組んで参ります」と答弁。こちらも法制化を目指すかどうか、明言しなかった。

持論の後退は、総裁選の「呪縛」か

自民党の高市早苗政調会長。

自民党の高市早苗政調会長。

REUTERS

上で挙げたもの以外にも、公約集の政策パンフレットには科学技術顧問の設置、党改革の象徴として掲げた役員の任期制限(1期1年・3期まで)などが見あたらなかった。

「健康危機管理庁の設置」は「健康危機管理の強化」となり、省庁新設案は消えた。

一方で、岸田氏の総裁選政策集にはなかった「核融合開発の推進」や「相手領域内での弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」を含めた抑止力向上が政策パンフレットに記されるなど、党公約には保守派の声が反映された形だ。

党の政権公約の取りまとめ役である政調会長は高市早苗氏。安倍元首相らの支援を受けて、岸田氏と総裁の椅子を争った随一の保守派だ。選挙の公約策定の要である政務調査会には会長代行は総裁選で高市陣営の選対本部長だった古屋圭司氏などが名を連ねる。

結局、岸田首相が本当にやりたい政策は何なのか。総裁選に勝利しても、党内5位の派閥「宏池会」の領袖では党内派閥の論理や有力者の意向に右往左往せざるをえないのか。

総裁選の決選投票で高市氏を支持した保守派の支持を受けたことも、岸田首相が持論を封印する「呪縛」となっているという見方もある。安倍・菅政権下では「政高党低」と呼ばれる官邸主導の政治が進んだが、岸田政権となって一転「党高政低」になったかのようだ

自民党が政権を維持すれば、岸田首相は自らが総裁選で掲げた政策を本当に実行できるのだろうか。

4年ぶりの政権選択選挙。旧民主党から政権交代し、9年近くにおよぶ自民党政権への評価にもなる。すでに各党が公約を発表しつつある。小選挙区の各候補者の政策、発言にも耳を傾けて一票を投じたい。

【国政政党の公約・政策パンフレットまとめ】

自由民主党

立憲民主党

公明党

日本共産党

日本維新の会

国民民主党

れいわ新選組

社民党

NHK党

(文・吉川慧

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