出典:キッズライン公式HP
ベビーシッターのマッチングプラットフォーム、キッズラインのシッターが乳児を激しく揺さぶる映像がTwitter上で拡散され、同社は10月10日、問題行為があったと認めることを発表した。さらに当該シッターは、キッズラインに2015年に登録し、6年間で735回のシッティングを実施した経験のあるシッターだったことが分かった。
子どもの健康状態に変化はなし、当該シッターは退会済み
キッズラインは、ベビーシッターと利用家庭のマッチングをするプラットフォーム運営会社。シッターの登録には審査やキッズライン社員による適切なシッティングが行なえるかどうかのモニタリングに合格する必要がある。
キッズラインはサービスに対する手数料を利用者から10〜20%、シッターから10%取っているが、派遣型のシッター会社と異なり、サービスに直接の法的責任を負わない仕組みで、トラブルの発生については原則、利用者同士で解決することになる。
今回問題が発覚したのは、2021年7月に撮影されたある映像がTwitter上で拡散されたことが発端。ベビーシッターがローチェアに乗る0歳児と見られる乳児を激しく揺さぶる場面と、大きく傾ける場面が映っている2つの映像が7月から投稿されていた。
10月9日前後に拡散され始め、現在、家の中にカメラを設置した保護者と見られる投稿主は当該ツイートとアカウントを削除している。
キッズラインは拡散により問い合わせが複数入ったことを受け、10月10日にホームページ上で不適切な保育があったことを認めた。同社によれば、当該映像については、ベビーシッターが利用された7月10日に、利用者から報告と映像の提出があり、同13日までにかけて双方へのヒアリング等を実施したという。
すでに当該シッターはキッズラインを退会したという(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
被害に遭った乳児について、キッズラインは「7月10日〜13日のヒアリングの際、お子様の状態に変化はないという点についてはご確認させていただいておりました」とし、健康上の被害はない模様だ。
今回、当該シッターがなぜ激しく揺さぶるような行動に出たのか、どのような保育知識を持ち合わせていたのかなどについてヒアリングの内容を問い合わせたところ、キッズラインは「派遣型でなく、マッチング型である以上、当社の立場上、取材者の皆さまへの回答が非常に難しい」と、筆者の取材に答えている。
内容は明らかではないが、ヒアリングの結果、次のような対応を実施したという。
「当社としては、その前後関係を含めどういう経緯であの映像の行為につながったのか、事実を確認し仲裁するためにも (利用者に対し)シッティング中の全体の映像を確認したいという依頼をしましたが、その提供は受けられませんでした」
「全体の映像は確認できなかったものの、すくなくとも断片的な映像だけでも不適切なシッティング行為は確認できたことから、両者ご納得の上で、返金、シッター退会となり、当社としての対応は一旦終了しておりました」
キッズラインは2020年もわいせつ事件を起こしたシッターを退会処分にしている。
735回のシッティングを実施してきた人物
今回のシッターは700回以上のシッティングを実施していたという(写真はイメージです)。
Shutterstock/polkadot_photo
キッズラインへの取材により、今回問題になったシッターは、2015年のサービス開始時にキッズラインに登録して以来、735回のシッティングを実施してきた人物であることが分かった。これまでトラブルの報告は1件のみで、「爪の切り方等に関するもので、虐待等をうかがわせるものではなかった」という。
利用者から得られる評価の平均は、5段階で4.97、中低評価(5段階の1〜3)は7回程度。
決して低い評価とは言えないが、2020年までは、キッズラインでは初回レビューが自動的に5となる仕様であったほか、誰が評価したかがシッターから分かる仕様になっていたため、低い評価をつけにくいという問題があった。
しかし2020年にわいせつ事件が起きたことで、現在は匿名で数件の評価がまとまって公開される仕組みに変更されている。
キッズラインは、当該シッターについて「それ(評価システム上、低評価をつけにくかったこと)を考慮したとしても、6年間の全体シッティング依頼回数等からみて当該シッターが過度に評価の低いシッターとは認識していなかった」とする。
今回の事案を受けて、これまでに当該シッターがシッティングを実施した家庭への調査や連絡は、特に実施していないという。
資格問わず、自社実績で乳幼児を保育
キッズラインで0歳児のシッティングを担当するには、保育士として0歳児担任経験が1年以上であること、看護師や助産師で産科やNICU、小児科病棟での0歳児対応経験が1年以上であること、保健師で母子分野経験年数が2年以上などに加えて、資格を保有していないケースでも他社(派遣型等)での0歳児ベビーシッター経験が100回以上あることなど、いずれかを満たすことが要件とされていた。
当てはまらない場合は原則として登録時は原則3歳児以上しかシッティングできないが、その後、実績と経験により段階的に(シッティング可能な子どもの年齢を)引き下げるなど個別判断をしている。
当該シッターは資格保有や他社実績の要件にはいずれも当てはまらなかったが、数百回の実績を踏まえ、0歳児を担当していたという。
今回、たまたま映像で確認できたために不適切な保育が判明したが、キッズラインでの実績は必ずしも保育の専門家ではない、シッターサービス利用者の評価をもとにしたもの。
とりわけ保護者不在時の乳幼児の保育は、直接サービスを受ける子どもが声を上げられない中で、家族が限られた情報をもとに評価しているにすぎない。
自社での実績をもとに、リスクの高い乳児の保育を認めるのが適切であったかどうかは検討の余地がありそうだ。キッズラインはこの点について「本件事象に限らず、随時、見直しを実施しておりますので、そちらを継続していきます」としている。
広がる不安、求められる情報開示
キッズラインを巡っては2020年にわいせつ行為で2人の逮捕者が出ており、適切な情報公開が必要と言える。
Shutterstock/Koshiro K
保育事故に詳しい寺町東子弁護士は「一般的には、他人に有形力を加えた場合で、怪我が生じていれば傷害罪、生じていなければ暴行罪が成立し、犯罪が疑われる場合には誰でも告発をすることができる」とした上で、今回の2本の動画を見てもらったところ、次のように述べる。
「今回、一本目の動画で赤ちゃんの体が浮く場面、2本目の動画でベビーラックを持ち上げて赤ちゃんが上にズレる場面は、かなり乱暴ではあるが、赤ちゃんがベビーラックに乗っているので、首がグラグラではないのと、遠心運動がさほどかかってないので、現実的に傷害の危険があったとは言い切れず、暴行罪に該当するか否かはグレーゾーン」
つまり、今回の行為が犯罪として報告されていない点においてキッズラインの対応が不適切だったとは言い切れないとの見方だ。
キッズラインによると、当該シッターはキッズライン退会時に、マッチング型シッターや個人として働く際に必要になる自治体への個人事業主としてのシッター開業届は廃止したという。
ただ、キッズラインを巡っては、2020年に預かり中の子どもに対するわいせつ行為で2人の逮捕者が出ている。今回の不適切な保育については、映像が拡散されたためにキッズラインが公表するに至っただけで、他にも不適切な保育がされている可能性があるのではとの不安が、SNS上で広がっている。
キッズラインは、筆者の取材に対し、2020年の強制退会者は12件あり、このうち不適切な保育を理由にしたものは3件だったことを明らかにした。「今後定期的に公表していく予定で検討している」とする。
また、再発防止策として選考プロセスにおける見極め強化、テクノロジー活用やカメラ活用の促進、利用者・サポーター双方の意識向上のための啓蒙活動、発生後の「早期解決」のための専任チーム組成による初動スピード向上などを実施するという。
SNS上で話題になってはじめて公表するのではなく、適切な情報開示と再発防止策が求められる。
内閣府へは10月10日報告
キッズラインは最大の補助先でもある内閣府に、7月に発生した今回の一連の騒動を今月に入って報告した。
Shutterstock/Osugi
キッズラインは内閣府の企業主導型ベビーシッター利用者支援事業の補助金対象として、最大の補助先となっている。今回事件を起こしたシッターは内閣府補助金事業の対象ではないというが、2020年のわいせつ事件を踏まえ、キッズラインに対しては特に監視が強化されている。キッズラインは騒ぎが広がった10月10日に内閣府に報告をしたという。
内閣府はキッズラインについて、次のような認識を示す。
「情報の収集及び確認を行うとともに、定期的に審査・点検委員会に報告し、意見を求めることとしている。また特に、必要な事項については、随時、内閣府に報告・協議をもらうことになっている。今回の事案については、ベビーシッターの問題行為への対応について、ホームページに見解を掲載したことで、補助対象事業者として情報提供を行ったものと認識している」
2020年、わいせつ事件が起こったことに加え、シッターが自治体に提出することが義務付けられている届出がキッズラインによって確認されておらず、201人が無届のまま働いていたことが明らかになるなど不祥事が続いた。いわば信頼回復の途上の問題行為の発覚だった。
キッズラインが他社をしのぐシッター数で広範な利用者の需要に応じることができてきたのは、マッチング型の中でも資格保有者のみを対象とするキズナシッターなどの他社サービスとも異なり、資格を保有していないケースも条件によって認めるなど、プラットフォーム上でのシッターサービス提供者の門戸を広げてきたゆえでもある。
利用者はリスクを認識した上で企業やシッターを選ぶ必要がある。マッチング型でシッター需要の受け皿としての裾野を広げることの引き換えに、質の確保がなおざりになるビジネスモデルの難しさが、動画拡散をきっかけとする今回の問題行為の発覚で、改めて露呈したと言えそうだ。
(文・中野円佳)