イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今回は40代前半の中間管理職の方からのお悩みです。さっそくお便りを読んでいきましょう。
佐藤様、初めまして。私は新卒で入社したIT系の企業で、営業を数年やったのち、10年以上人事の仕事をしております。30代の終わりで課長職にも登用いただき、はや4年ほどが経ちました。産休や育休は利用しつつも、キャリア重視でこれまで仕事をして参りましたが、35歳を超えたあたりから、体力の急激な衰えを感じています。
20代の頃は新卒採用などの繁忙期に月の残業が100時間を超えてもピンピンしていたのに、もはや見る影もありません。健康診断で問題はなくとも、長引くリモートワークの影響もあるのか、定時の時点でもう椅子に座るのもしんどくなってきました。それでも管理職として労働時間は増えています。
佐藤様は外交官というハードな仕事ののち、作家として年に何冊も本を出されております。どのようにしたら、精力的にデスクワークに取り組めるのでしょうか?
(machi、40代前半、女性)
「体力の衰え」は年齢のせいじゃない?
シマオ:お便りいただき、ありがとうございます! 40代にもなると体力の衰えを感じるって話、会社の先輩からもよく聞きます。僕も、最近は徹夜すると翌日は何もできません……。カラオケでオールした翌朝から講義に出ていた大学時代とは違うな、って思います。でも、年齢による衰えはどうしようもないですよね?
佐藤さん:私は、machiさんの本当のお悩みは「体力」とは別のところにあるのではないかと思いますよ。
シマオ:えっ、どういうことですか?
佐藤さん:身体面の不調であれば医師に相談すべきですが、健康診断では問題がないとのこと。精神面含め、ご本人の仕事の状況など詳細をお聞きしないと断言はできませんが、machiさんはおそらく今の仕事がつまらないと感じてしまっているのではないでしょうか。
シマオ:でも、30代の終わりで課長になるなど、けっこう充実したキャリアを歩んでいらっしゃるように思いますけど。
佐藤さん:まさにそこです。40代初めで中間管理職としてさらなるキャリアが見込めるとなれば、普通はやりがいを感じて、さまざまなプレッシャーも含めて楽しみながら仕事をこなしている時期のはずです。
シマオ:気力体力ともに充実して、みたいな時だと。
佐藤さん:はい。例えば私のその年代、外交官として仕事をしていた頃を考えても、首脳会談の前ともなれば月に300時間以上の残業なんて当たり前でした。ただ、やりがいを感じていたので、それが苦痛だとも思いませんでした。もちろん、健康管理も含めて仕事のうちという前提ですし、過労死などが出ていることを考えるとそうした状況が推奨される訳ではありません。
シマオ:佐藤さんは体力ありそうですからね……。
佐藤さん:人それぞれ体力の違いはあるでしょうが、比較的高度な仕事において40代というのは、やりたいこととできることのバランスが取れてくるいい時期のはずです。それがしんどいとすれば、案外、その理由は別のところにあり、体力のせいだと思い込んでしまっているのではないか、というのが私の推測です。
シマオ:別のところ、というのは具体的にはどんなことでしょうか?
佐藤さん:例えば、machiさんは結婚・出産というライフプランと仕事のキャリアを両立されている様子が伺えますが、その一方で会社の中でこの先自分がどこまで行けるかということが見えてきてしまったのではないでしょうか。部長にはなれるかもしれないけど、経営層までは届かなそうだ。つまり、天井があることに気づいてしまった、ということなどが考えられます。
シマオ:先のことが見えてしまったがゆえに、モチベーションが下がって、仕事もペースダウンしてしまったということですね。このあたりは、実際にお話を聞いてみないことには事実は分かりませんが、確かにありそうです。
今の仕事以外のことに目を向けてみる
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シマオ:すると、体力の問題でないとすれば、どう対処すればよいでしょう?
佐藤さん:一つはいい意味でのあきらめです。大きな会社になるほど組織の力学が働くので、キャリアは個人の能力だけの問題ではなくなります。それを全て自分の問題だと捉えようとすると、心が折れてしまうでしょう。ですから、プライベートも充実させて、仕事でもそれなりの地位につけたら、自分は十分幸運だったと思うことです。
シマオ:でも、それってなんだか老け込むみたいじゃないですか?
佐藤さん:単に消極的に考えるのではなく、仕事以外のことに目を向けて、人生の時間の使い方のバランスを変えてみるということです。「疲れ」を感じるということは、どこかで時間の使い方のバランスが悪くなっているということですから、仕事においては自分のやるべき範囲を決めて、それ以外は周囲の人にうまく権限委譲をしていく。そして、家族のことや趣味など、別のところにエネルギーを向けていくのがいいかもしれませんね。
シマオ:今の仕事がつまらなくなっているのだとすれば、転職するという道もあるのでしょうか。
佐藤さん:単に会社を変えればうまく行くかといえば、その可能性は低いでしょう。どんな組織も多かれ少なかれピラミッド型をしていますから、上に行ける人数は絞られる。その理由は必ずしも個人の問題だけではありませんが、上に行けない人にとってはプライドを傷つけられることもあるでしょう。これはどの会社でも起こりうることです。
シマオ:じゃあ、現状を維持するしかないんですかね……。
佐藤さん:まったく別の仕事を選ぶという選択肢もあると思いますよ。組織で上に行くことを目指すのではなく、自分のやってきたことを活かせる仕事を選んでみる。例えば、machiさんは女性総合職として結婚・出産をしたうえで人事の管理職をされている。ですから、今度は自身がロールモデルとなって、そうした女性のキャリア教育を主眼とした仕事に携わってみる、という道は考えられます。
シマオ:それは新たなやりがいを得られるかもしれませんね。
佐藤さん:例えば、アイドルでデビューした人の一部は、年齢を重ねると俳優になりますが、そういう人の中には映画やテレビだけでなく、舞台に活躍の場を求める人も少なくないように思います。そして、そういう人ほど厳しい芸能界で生き残っていく。やはり、お客さんの前に出て触れ合うことの面白さを感じたことがそうさせるのかもしれませんが、あれもキャリアパスを考えた上での選択肢です。
シマオ:アイドルに学ぶキャリアパス、面白そうです!
佐藤さん:永作博美さんなんて典型ですね。アイドルの生き残り方を調べると非常に参考になるのですが、それはまた今度詳しくお話ししましょう(笑)。
良質な眠りのために、佐藤さんが使っているあるモノとは……
シマオ:佐藤さんは現在60代ですよね。さすがに昔と比べて体力の衰えを感じることはないんですか?
佐藤さん:実際、体の不調はありますが、仕事において体力の衰えを感じたことはないですね。私にとって、作家という仕事は面白いし、ストレスも感じません。
シマオ:スゴイなあ……!
佐藤さん:そんな珍しいことではありませんよ。企業の経営者などを見てみれば、60代、70代の人はざらにいますが、年齢で体力が衰えたと言っている人はほぼいません。もちろん、肉体労働であれば年齢が如実に関係してくることもあるでしょうが、デスクワークにおいては少なくとも60歳くらいまでは体力を維持することは可能です。
シマオ:そういう「体力」の維持で、佐藤さんが気をつけていることってあるんですか?
佐藤さん:外務省時代から、健康管理も仕事のうちと考えてきましたから、睡眠をちゃんと取ることは意識していました。休暇には旅行をするなどしてリフレッシュすることも大切です。
シマオ:睡眠の質を上げるために何かやってらっしゃるんですか。
佐藤さん:ベッドと枕は寝心地のよいものを使います。それから寝酒はしないことですね。眠りの質が良くないと感じている人には、知らず知らずのうちに睡眠時無呼吸になっている人も多いですから、心当たりのある人は一度睡眠外来など医療機関で診てもらうことをおすすめします。ちゃんと医者にかかった上であれば、睡眠導入剤などを使用しても構わないと思います。
シマオ:なるほど。ちなみに僕はこないだ新しい枕を買いました。低反発でいい感じです。佐藤さんはどんな枕を使われているんですか?
佐藤さん:私は須坂の刑務所(長野刑務所)で作られているそばがらの枕を使っています。東京拘置所では一般に支給される枕とは別にその枕を購入できるのですが、非常に具合が良かったので、それからずっと愛用しているんです。
シマオ:こ、拘置所の枕ですか!?︎ 最後は意外なお話になりましたが、machiさん、ご参考になりましたでしょうか。お体には気をつけつつ、ご自身の「疲れ」がどこから来ているのかをじっくりと考えてみて、新たなお悩みが見つかりましたらまたご連絡くださいね。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は11月3日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)