ユーグレナの出雲充社長。
撮影:伊藤圭
持続可能な社会の実現とビジネスの両立に取り組む企業を表彰する新たなアワード「Beyond Sustainability(ビヨンド・サステナビリティ)」。
その中で「ユーグレナが考える『サステナビリティ・ファーストな経営』」と題したトークセッションを展開。気候変動に対する先進的な取り組みを表彰する環境部門の受賞企業ユーグレナの出雲充社長を迎えた。
ユーグレナは、2021年6月に長らく研究開発を続けてきた、使用済み食用油とユーグレナ(和名:ミドリムシ)等の油脂から作ったバイオ燃料「サステオ」による初のフライトを実現。8月には「会社の憲法」とも言える「定款」で定める事業目的を、SDGsを反映した内容に刷新するなど、サステナビリティを体現する経営に邁進している。出雲代表が考える、「サステナビリティ・ファーストな経営」とは? モデレーターはBusiness Insider Japan記者の三ツ村崇志。
社会全体でイノベーションを受け止める重要
——ユーグレナは2008年からバイオジェット燃料の開発を進めてきました。2021年6月に自社の燃料で初フライトを実現した瞬間は、どういった心境だったんでしょうか?
出雲充社長(以下:出雲):今日は絶対にその話を聞かれるなと思っていました。
こんなに大変なんだと。研究開発に10年以上の時間がかかり、研究開発費も100億円以上必要でした。こんなに大変だとは思わなかったです。
それでようやく、今年の6月にバイオジェット燃料で飛行機を飛ばすことができました。
ユーグレナは2021年6月に、自社のバイオジェット燃料を搭載した飛行機の初フライトを実現した。
提供:ユーグレナ
—— 商品名もついに決まりましたよね。
出雲:そうなんです。サステナブルなオイルで「サステオ」。
「サステオジェット」「サステオディーゼル」「サステオナフサ」。うちの作る燃料は全部「サステオ」というブランド名でいこうと決めました。
実は6月にフライトを実現する中で、一番大変だったのがフライトの日でした。
ここまでこれだけ大変だったので、「ようやく飛行機が飛びましたね」とか、「おめでとうございます」などと言っていただけるかなと思っていたのですが、記者会見のときには「1リットル1万円は高いですね」とか「本当に安全なんですか?」「2回フライトを実現しただけでは世界には全然追いつけないのでは?」というような質問があって……。
「いや、ちょっと待ってください。結構大変なんですよ!」という気持ちでした。
私は、その時に気付いたんです。
日本中のベンチャー企業やスタートアップは、同じように大変な思いをしてサービスやプロダクトを開発しています。初めてのものを作るのは大変なことです。10年以上かかった研究成果が世の中に出てきた時には、まず暖かく迎え入れてほしいなと。
でないと、ベンチャーや起業家の心が折れてしまうのではないでしょうか。
ユーグレナのバイオジェット燃料「サステオ」。
撮影:伊藤圭
—— 以前、出雲さんにインタビューさせていただいた際に「ベンチャー企業はゼロから1をつくることが仕事だ」とおっしゃっていたことが印象に残っています。まさに今年実現したフライトは、「ユーグレナで飛行機を飛ばす」というコンセプトの証明だったというわけですよね。
出雲:そう言っていただけると嬉しいですね。
社会はイノベーションを求めてベンチャー企業に期待します。ですが、実際にサステオジェットを作ったと言うと「(開発が)遅い」「(値段が)高い」となるわけです。
ベンチャー企業がやるだけではダメで、社会全体で新たなチャレンジを受け止めていくことがサステナビリティ、SDGsを実現していく中で大切なことだということを皆さんにもっと知っていただきたいと思います。
—— 安く大量にバイオジェット燃料を製造するのは、次のステップということですよね。実際、ユーグレナは2025年にバイオ燃料の商業用プラントをさせようと準備を進めていますね。
出雲:商業化は当然視野に入っていますし、どういうステップで進めていけばよいのか、考えを尽くしています。ここは乞うご期待で。
もう少しお時間をいただきますが、2025年には「こういうことだったんだ」と分かっていただけるようにしたいと思います。それがベンチャー、スタートアップの使命ですから。
サステナビリティ・ファーストとは「視点を高くする」こと
撮影:伊藤圭
——2020年の夏、ユーグレナはコーポレートアイデンティティを刷新して、「Sustainability First(サステナビリティ・ファースト)」いうように刷新されました。「サステナビリティ・ファーストにする」というのは、具体的にどういうことなんでしょうか?
出雲:「視点を少し高くする」「時間軸を長くする」ということでしょうか。
サステナビリティというのは難しいものではなく、これだけなんです。
視座がうんと高い人は、自分よりも大きなもの、例えば所属する会社や家庭、地域やコミュニティ、国や地球まで見える範囲を広げることができると思います。1ミリでも良いので視点を高くすると、いろいろなものが見えるようになります。
多くの方がサステナビリティは「脱炭素」などの地球環境に関する課題解決との親和性が高いものだと感じていると思いますが、それだけではありません。
視点を高くすることで、バイオ燃料だけでなくゴミや食品などさまざまなサステナビリティに気付くことができます。
見据える時間軸も自分のことだけだと、今日、明日、来週、来月程度と非常に短くなってしまいます。理想は次世代まで考えることです。時間軸が長くなるとサステナビリティが自分ごとになってくるはずです。
ユーグレナは健康食品や化粧品も販売している。2020年には、最高未来責任者(CFO:Chief Future Officer)の小澤杏子らが主導し、ペットボトル製品の全廃、2021年までに石油由来のプラスチックを50%削減する方針も発表している。
撮影:伊藤圭
——具体的に事業に落とし込むにはどういったイメージを持てば良いのでしょうか?
出雲:例えば、私は学生の頃にバングラデシュへ行きました。
そこで、栄養失調で困っている子どもたちを目の当たりにしたことで、栄養豊富なユーグレナを持っていこうと、会社を設立しました。
当社が今、バングラディッシュでやっているユーグレナ入りクッキーを給食として配る活動が、今年や来年の売り上げに直接つながるわけではありません。しかし、バングラデシュには日本よりも多い1億6000万人もの人々が暮らしています。インフラが整備されれば、経済成長はすごいスピードで進むでしょう。
二酸化炭素の排出量をネットゼロにする目標は、2050年がターゲットになっています。その頃には日本と同じくらいバングラデシュも成長していると思います。
給食でユーグレナ入りクッキーを食べていた世代がバングラデシュ の中核を担う時が来るはずです。2050年には、ユーグレナを使ったバイオ燃料や化粧品などの市場も、日本よりインドネシアなどのASEAN諸国や、アジア、アフリカの方が大きくなっていると思います。
会社の時間軸が来年で終わりなら、日本で事業をすればいい。でも、長い時間軸で考えると、今バングラデシュでしている事業はどんな競合戦略よりも良いと言えます。
ユーグレナクッキーを食べる、バングラデシュの子どもたち。
提供:ユーグレナ
会社の憲法「定款」を変える意味
——バイオジェットに限らず、SDGsに沿った事業を推進していこうとする中、ユーグレナは2021年の8月に会社の憲法とも言われる「定款」の事業目的を、SDGsを反映した内容に刷新したと聞きしました。これは、どういった意味があるのでしょうか?
出雲:会社の定款というのは国の憲法と同じで、時代に合わせて変えていくことを経営者は絶対にサボってはなりません。
以前の定款の事業目的の1つに「航空運送事業をします」と書いてありました。
航空運送事業をするのだと皆さん分かると思いますが、一方で航空運送事業は本来CO2を大量に出してしまうものです。ヨーロッパでは「飛び恥」という言葉で、電車などでも短時間で行ける場所へ飛行機で向かうのはとんでもないことだと言われるようになっています。
定款に「航空運送事業」と書いたままでは、「飛び恥だからダメです」と言われる時代になっているんです。
今回の定款の改定で、このような時代の変化に合わせて、社会に気候変動などに対する答えを出すことが当社の存在価値であると書きました。
そうすると航空運送事業をする会社ではなく、脱炭素しなければならない時代に航空会社が生き残るためのカーボンニュートラルなバイオジェット燃料を作ってお届けする会社なのだとお伝えできます。「航空運送事業」と書いてあるだけだと、そこは区別できません。
我々がやっている航空運送事業というのはカーボンニュートラルに資するサステオジェットを製造することですので、投資家とのコミュニケーションも分かりやすいし、生活者、消費者、飛行機に乗ってくださる方にも個人の株主にも説明しやすいじゃないですか。
今後、いろいろな会社がSDGsに沿った定款に変更していくのではないかと思います。
撮影:伊藤圭
——自らの事業価値を問い直した結果、よりSDGsに寄せて定款を直されたということですね。
出雲:そこまで難しいことを考えていたわけではないんです。社会の変化に即して、対応する。社会の変化の方がずっと早いので、ぼーっとしていると会社が取り残されてベンチャー企業としての意味がなくなってしまいますから。
——ただ、新しい定款の事業目的は、事業内容が抽象的なようにも思います。何をやる会社なのか、分かりにくくなることは企業として問題ではないのでしょうか?
出雲:初めは皆さん同じことをおっしゃるんです。でも、定款が会社の在り方を決めます。
その会社に就職しようとしている学生からすると気候変動問題解決のためにアクションする気があるのか、定款を見て分からなかったらこれほど不安なことはないですよね。SDGsに沿ってサービスを提供するという、定款やトップが言っていることと事業内容が一致していればユーザーも安心できます。
この定款が分かりやすいという時代が2025年に来るはずなんです。
——2025年に何があるのでしょうか?
出雲:2025年になると、生産年齢人口の2人に1人がミレニアル世代とZ世代になります。ミレニアル世代・Z世代の特徴はあえて言うなら2つあります。
1つが「デジタルネイティブ」、もう1つが「ソーシャルネイティブ」であるということです。そして彼ら・彼女らは、持続可能な社会を作りたいと考えている。
ベターキャピタリズムのためにも、持続可能でなければやっていけなくなると肌感覚で分かってるのがミレニアル世代以降なんです。
今は、彼ら・彼女らが社会の中核にいないので「サステナビリティ・ファースト」な社会になっていません。ですが、悲観的になる必要はありません。
2025年にはマジョリティになり、意思決定をしていくことになります。社会や政治もガラッと変わりますよ。
そうなれば、全ての会社が「サステナビリティ・ファースト」に沿った定款へと変更するのではないでしょうか。変えなければ、消費者に商品やサービスが選ばれず、優秀な学生が1人も入ってこない。そんな会社は潰れてしまいますから。
その前に、我々は少し先取りをしているというわけです。社会に未来をお示しするのがベンチャー、スタートアップの使命ですから。
—— 若い世代を中心に、大きな波となっているのは取材をしていても感じています。最後に、そういった社会変化の中で、ユーグレナがどう「サステナビリティ・ファースト」を体現していこうとしているのか、改めて「決意」をお願いします。
出雲:ベンチャー企業やスタートアップは、社会が進んでいく方向を先取りして身を持って体現する役割を持っています。もちろん、たくさん失敗もすると思います。
それでも、我々は「サステナビリティ・ファースト」を当たり前に受け入れてもらえるよう、より多くのチャレンジをしていこうと思っています。
しかし一方で、ベンチャー企業を動かしているのも人間です。長い目でイノベーションに対して包摂的に受け止める社会になってほしいなと思います。
そういう社会になれば、日本にもまだまだチャンスがあると思います。
(構成・柳瀬綺乃、編集・三ツ村崇志)