中国で電力不足の影響が産業セクターに広がっている。
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「中国の気候って日本と比べてどう?」と時々聞かれるが、国土の広い中国は地域によって全く違う。
ロシアに近い黒竜江省は既に1日を通した最低気温が氷点下に下がっており、同省ハルビン市では10月中旬に暖気(セントラルヒーティングシステム)の提供が始まった。遼寧省や北京市でも11月に入ると暖気が稼働し、暖かい室内で過ごせるようになる。
言い換えれば、中国はこれから大量のエネルギーを必要とする季節に入る。足元では電力不足が深刻化しており、習近平政権と中国経済にとって重要政策である環境対策と電力の安定供給をどう両立するのか、文字通り「試練の冬」になりそうだ。
電力制限、信号も工場も止まる
世界の関心が不動産大手・恒大集団の経営危機に集まっていた9月下旬、中国では別の危機が進行していた。
瀋陽市、長春市など東北地方の大都市で停電が発生していることが、住民のSNSへの投稿で明らかになったのは9月23日ごろ。携帯電話の電波が受信できない、信号が止まって交通渋滞が起きているなど、影響の大きさが徐々に明らかになった。
さらに吉林市のインフラ企業が「(中国国有の送電企業である)国家電網の指示により、不定期、事前通知なしで電力制限をすることがある。2022年3月まで断続的な停電、断水が続きそうだ」と発表し、市民の不安が一層高まった。
遼寧省の鋳型メーカーは突然の停電で工場の換気システムが止まり、従業員23人がガス中毒で病院に運ばれた。
9月末になると、北京や上海の一部地域でも計画停電が始まるなど、電力不足の影響が全土に広がり、企業活動にも少なからず制約が出ている。
PM2.5問題機に環境対策着手も……
中国では2013年頃からPM2.5による環境汚染が深刻化し、対策に追われた(北京市・天壇公園、2017年12月撮影)。
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突然に見える電力不足だが、恒大問題と同じように長期的で複雑な背景がある。
まず、中国政府の環境対策への取り組みをおさらいしよう。2010年代前半、中国の大気汚染が世界的な社会問題になった。汚染物質PM2.5の排出を抑制するため、政府は民生部門・産業部門の両方でさまざまな対策を行った。
2014年11月に北京でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を開催したときには、周辺の交通や工場の稼働を制限して青空を出現させ、「APECブルー」と呼ばれるようになった。中国政府はそれを「常態ブルー」にするため、「煤改電」「煤改气」(石炭から電力・天然ガスへの転換)を進めた。
例えば当時の暖気システムの熱源は旧式の石炭ボイラーだったため、暖房シーズンになると北京や東北部の空は灰色になり、視界が雲っていたが、この2~3年で電力・ガスへの転換がほぼ完了したという。石炭の生産も抑制し、老朽化して安全性に不安がある炭鉱は閉鎖していった。
とは言え、エネルギー源の転換や使用抑制は簡単ではない。
中国の電力はなお火力発電が中心で、国家統計局によると2021年1-8月の全国発電量に占める火力の割合は71.9%に達する。欧州を中心に世界が低炭素社会に向かう中で、中国の二酸化炭素(CO2)排出量は2018年、2019年と増加した。
拘束力のある環境目標、電力不足招く
習近平国家主席は2020年9月に、温室効果ガス削減の数値目標を国際社会に宣言した。
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環境対策に力を入れる姿勢を示しながら、長期的な数値目標の提示を避けて来た中国政府が態度を変えたのは2020年9月だ。
習近平国家主席は国連総会でビデオ演説を行い、「中国は2030年までにCO2排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラル(注:CO2の排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすること)の実現を目指す」と宣言した。
習主席はさらに、海外で新たな石炭火力発電プロジェクトに着手しないことや、他の発展途上国で環境に優しい低炭素エネルギーのプロジェクトへの資金支援を強化する方針も示した。
その後、習主席は国際会議の場で、低炭素社会への取り組みについて積極的に演説を行っている。アメリカのトランプ前大統領がパリ協定離脱に舵を切ったタイミングでもあり、ここでも米中の綱引きがあるわけだ。
ともあれ、国際社会に数値目標を明言したことは大きな意味があり、IT大手のアリババやテンセント、物流最大手の順豊ホールディングスなど、著名企業がカーボンニュートラル実現のためのロードマップを相次ぎ発表した。
地方政府も国から突き付けられた目標の達成を迫られた。
中国政府にとってエネルギーの効率的な利用は長年の課題であり、実は前政権時代の2006年に策定された第11次5カ年計画で電力消費の抑制制度が導入され、地方政府に拘束力のある目標が課されていた。今年に入って低炭素社会がスローガンになると、目標未達の省・区が多いことも注目され、地方政府が今年の夏以降に電力抑制を始めたことが、今回の電力不足の原因の1つとされる。
また、政府の環境対策強化と同じ時期に起きたのが、コロナ禍からの経済回復による電力需要の増大と、それに伴う石炭価格の上昇だ。
中国は新型コロナウイルスの起源を巡りオーストラリア政府と対立したことから、昨年9月に豪州から石炭の輸入を非公式に禁止した。主要輸入国であるオーストラリアからの輸入が止まったことで、それまでも上昇基調にあった石炭価格はさらに上げ幅を拡大した。だが、電力価格の統制を受けている発電事業者は、原価の上昇分を電力に上乗せできない。利益を圧迫されることを嫌った発電事業者が石炭火力発電の拡大を渋り、電力不足が加速した。
当面は市民生活を優先
電力不足で市民生活や企業活動が混乱していることを受け、中国政府は当面は環境より電力を優先する方針を決めた。
国務院新聞弁公室は10月13日の定例記者会見で、中国北部の電力使用がピークを迎え、水量の減少で水力発電が落ち込む今冬、電力負荷が過去最大となる見通しを示し、民生部門への電力供給に万全を期すと表明した。
鉱山を監督する当局も、安全性など条件を満たした炭鉱153カ所で年2億2000万トンの増産を認めると発表した。
一方で習主席は10月14日、国連のイベントでビデオ演説し、「環境に優しい低炭素の交通輸送方式の構築を加速させる」と強調した。
中国は2022年に北京冬季五輪を控え、「APECブルー」に続く「オリンピックブルー」を実現するためにも、石炭抑制、温室効果ガス排出抑制という大方針は修正しづらい。国家発展委員会の幹部は「民生部門の電力使用量は全体の20%に満たず、今回の電力不足の影響は避けられる」と不安の沈静化に努めるが、多くの地域で工場の操業は制限を受けており、電力不足が国内経済へに与える影響は、10-12月期に限ると恒大問題を上回ると見られている。
恒大問題も電力問題も、解決するためには複雑に絡み合った矛盾を慎重に解きほぐす必要がある。問題の深刻さは明らかでも、先は見通しにくい。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。