ディズニーの映像配信サービス「Disney+」は、10月27日に大規模なリニューアルを行う。それを控え、同社は東京都内で「APACコンテンツ・ショーケース」と題したプレスイベントを開催した。
都内で「APACコンテンツ・ショーケース」と題したプレスイベントを開催、10月27日以降に配信となるコンテンツを公開した。
撮影:西田宗千佳
APACコンテンツ・ショーケースは名前の通り、日本だけでなく、韓国・中国・タイ・シンガポールなど、アジア太平洋地域(APAC)諸国向けのコンテンツを一挙に発表する場だ。同じ時間に、ネットを通じ各国でイベントが開催されていた。Disney+の新作コンテンツをめぐって「アジア地域向け」に発表の場を設けるのは、長いディズニーの歴史の中でも初のことだ。
APAC向けに大規模イベントを開催したのは、日本を含む各国でDisney+がリニューアルを控えているからではあるが、その背景にあるのは「各国からのコンテンツ調達」の強化だ。
キーワードは「ディズニーだけじゃない」だ。
自社コンテンツを強みとしてきたディズニーが、ネットフリックスやアマゾンとの競合を背景に、本格的に「総合型映像サービス」へと踏み出したのである。
新サービス「STAR」でディズニーらしくない作品もカバー
APACコンテンツ・ショーケースでは、ディスニーが国内で新たに制作するドラマやアニメが多数発表された。その中でも、これからのDisney+の位置付けを象徴していたのが、人気ホラーコミック「ガンニバル」(原作・二宮正明氏)のドラマ化だ。
漫画ゴラク連載のホラーコミック「ガンニバル」をドラマ化。Disney+を通じ世界配信する。
撮影:西田宗千佳
日本でドラマなどのコンテンツ制作を統括する成田岳氏は、「ディズニーがホラー、というと意外と思われるかもしれません」と話す。
そして、さらに別の言い方もする。
「我々は『ディズニーだけじゃない』。ディズニーの作品は大切にしながらも、ディズニーと聞いて多くの方々が考える“範ちゅう”を超えていきたい」(成田氏)
ウォルト・ディズニー・ジャパンの エクゼクティブ ディレクターの成田岳氏。フジテレビ出身で数々のドラマをチーフディレクターとして制作後、2017年にはネットフリックスで日本制作のコンテンツ開発を手がけたのち、2019年よりディズニーへ。
撮影:西田宗千佳
ディズニーらしからぬ作品をディズニーが制作するには、もちろん理由がある。それが「STAR」の開始だ。
STARはディズニーの配信ブランドの中でも多様なドラマや映画、バラエティを配信する「総合エンターテインメント」。アメリカなどでは2021年2月にDisney+の一部としてスタートした。日本においては、この10月27日のリニューアルから始まる。
元々STARブランドは1991年に香港で生まれた衛星放送事業だった。が、買収劇の末にFOXグループ傘下となり、さらに2019年にディズニーによって21世紀FOXが買収された結果、ディズニーグループのものとなった。その後、国際的な動画配信ブランドとして生まれ変わって今に至る。
記者会見の冒頭、ビデオメッセージの形で登壇した、ウォルト・ディズニー・カンパニー・アジア・パシフックのプレジデント、ルーク・カン氏は、狙いを次のように語った。
ウォルト・ディズニー・カンパニー・アジア・パシフックのプレジデント、ルーク・カン氏。
写真提供:Disney
「Over the Top(注:ネット上で成立するサービスのこと)のストリーミングの世界は、映像ビジネスにおいて急速に中心的な位置付けになりつつあります。(STARの開始により)このエコシステムの中で、当社は中心的な役割を果たすことができるでしょう」(ルーク・カン氏)
Disney+といえば、ディズニー傘下のコンテンツ群が強みだ。ディズニーのクラシックタイトルにマーベル、スターウォーズと、たくさんのファンがいる作品群を独占しているからこそ、多くの人々が加入する。
しかし逆説的には、「ディズニー」で思い出すような作品に興味がない人は、Disney+に加入しづらい、ということでもある。ネットフリックスやアマゾンには、ディズニー関連作品はないものの、バラエティに富んだ作品がある。
「勝者総取りではない」世界での勝ち方
動画配信の世界的プラットフォームとして先行するネットフリックス。同社も「日本制作」の体制を強めている。写真は4月に東宝スタジオで開かれた「バーチャルスタジオ」の技術説明時のもの。
撮影:西田宗千佳
映像配信ビジネスは、競合企業との「共存」がありうる独特の世界だ。
現実問題として、アメリカでも日本でも、2つないし3つを契約する世帯が多く、そういう意味では、キャラが立ったDisney+は選ばれやすいサービスではある。だが、他にも競合サービスは増えており、サービス間での椅子取りゲームを勝ち抜くには、他社と同じように幅広い品揃えは欠かせない。
今回のイベントを国ごとでなく、APACという括りで開いたのも、幅広い作品ラインナップ構成、という考え方から来るものだ。
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 代表取締役社長のキャロル・チョイ氏は「重要なことは、より多くのショーを取り揃えること」と話す。
ウォルト・ディズニー・ジャパン社長のキャロル・チョイ氏。
撮影:西田宗千佳
ディズニーの本拠地はハリウッドだ。そのため、ディズニーと聞いて思い浮かぶコンテンツも、基本的にはハリウッド生まれである。
一方で、ネットフリックスはハリウッドでもコンテンツを調達しつつ、世界各国からオリジナル作品を集め、「それがどの国のものか」をあまり強くアピールすることなく、世界中の国々に配信することでヒットを生み出している。
9月に公開され世界的ヒット作となったネットフリックス作品「イカゲーム」も、こうした競争環境の中で生まれた。
アメリカの目線で見れば、過去に英語以外の言語のコンテンツがヒットすることはあまりなかった。しかし、ゲームのルールは変わった。
吹き替えをちゃんと作った上で、ハリウッド作品と並ぶ形で配信すれば、ちゃんと世界的なヒットが生まれるのも見えてきている。
ディズニーと組むテレビ局
日本での番組調達は、主に2つの方向性に分かれる。
1つはドラマだ。前述の「ガンニバル」のほか、俳優・松尾論氏原作のエッセイ「拾われた男」のドラマ化が進行中だ。
松尾論氏原作のエッセイ「拾われた男」のドラマ化発表の様子。
撮影:西田宗千佳
もう1つは「アニメ」。といっても、ディズニー関連作品などではなく、通常のアニメである。
アニメーション責任者の八幡拓人氏は、「日本のクリエイティビティを尊重し、自信作をそのまま世界へ届ける」と説明する。自社のIPを使うわけではなく、日本のアニメをそのまま調達し、世界配信する。
特徴的なのは、ディズニーの番組調達において「テレビ局との連携」が軸になっている、という点だ。
「拾われた男」では、キーパーソンとなる主人公の兄役を草彅剛さんが演じる。NHKとの共同制作。
撮影:西田宗千佳
10月27日から配信される「TOKYO MER〜走る緊急救命室〜」はTBSで7月に放送されたドラマ。「拾われた男」も、NHKとの共同制作である。また、アニメ「四畳半タイムマシンブルース」は、フジテレビが幹事社となる製作委員会の出資で制作されるものの、定額配信についてはフジテレビ系のFODではなく、Disney+での独占配信になる。
テレビ局とそこに紐づく制作会社は、日本における最大の映像コンテンツ制作拠点である。
ネットフリックスも、2015年の参入当初はテレビ局とのアライアンスを重視していたが、その後テレビ局自身が配信を強化したこともあってか、関係性は薄れていた。だが、このタイミングにきて、テレビ局がディズニーという外資を生かし、世界展開を前提としたコンテンツを作り始めているのは興味深い動きといえる。
テレビ局や制作会社も配信事業者を敵とするのでなく、ビジネスパートナーとして利用する時代が本格的にやってきていることを感じさせる。
(文、写真・西田宗千佳)