提供:ウミトロン
持続可能な社会の実現とビジネスの両立に取り組む企業を表彰する新たなアワード「Beyond Sustainability 2021」。その中で、「日本のスタートアップが世界の海洋資源をテクノロジーで守る」と題したトークセッションを展開した。
登壇したのは、Next Coming部門で受賞したウミトロン共同創業者でマネージング・ダイレクターの山田雅彦さんだ。
シンガポールに本社を構え、水産養殖×テクノロジーに取り組む日本発のスタートアップは、世界のサステナビリティ向上のためにどのような取り組みをしているのか。ジャーナリストで前Business Insider Japan統括編集長の浜田敬子さんが聞いた。
「水の惑星のリソースをうまく使えているのか」
──山田さんは大学時代に宇宙の研究をし、商社、IT企業で働いていましたね。そこからウミトロンを起業するまでの経緯についてまずは教えてください。
山田雅彦さん(以下、山田):目の前のものに一つひとつ向き合っている中で結果的にここにたどり着いたというのが正直な回答です。
大学時代はエネルギーと人工衛星関連の研究室に所属していました。就職活動を始めた頃は日本の製造業の分野に少し停滞感があったので、技術にファイナンスを掛け合わせ、より早いサイクルで社会にインパクトを与えられるような仕事がしたいと考えていました。
そうした軸で就職先を探したところ、研究内容を活かして新しいビジネスを創出する機会がありそうだった三井物産に入社し、消費者に電力を販売する小売事業に携わりました。
そこでは、消費者の電力消費量を予測するモデルを作り、電力価格が変動する自由化市場で利益ヘッジできる仕組みを事業に取り入れていました。
この仕事を通じて、データを使えばレガシーな分野である電力事業を新しいビジネスモデルに変えられる可能性があると感じました。
さらに当時はUberやAirbnbなどが盛り上がってきた時代で、「既存産業×データ」の可能性に強い関心を持ちました。
これが「水産業×データ」のウミトロンの立ち上げにつながる第一歩です。
ウミトロン共同創業者の山田雅彦さん。新卒で三井物産に入社し、当時未上場であったAIスタートアップのメタップスに転職。同社上場の経験を経て、ウミトロンを現CEOの藤原謙さん、同CTOの岡本拓磨さんと共に創業。
出典:Beyond Sustainability
──水産業に注目したのはなぜですか。
山田:きっかけは単純です。宇宙から地球を見ると70%が海で私たちは水の惑星に住んでいるということが分かります。「この海という自然のリソースとテクノロジーを掛け合わせて新しい産業が築けないか」という考えから水産業に着目しました。
創業メンバーにも水産業や養殖業の経験者はいなかったので、最初は水産・養殖の現場に行って生産者に話を聞きました。
すると我々がこれまで全く知らなかった課題が出てきたと同時に、我々のやるべきこと、できることも見えてきました。
それらの積み重ねがウミトロンのミッションを形作り、これまで開発してきたプロダクトにつながっています。今も現場の声を聞くことで、我々の考えをアップデートしつつ、できること、やるべきことを再定義しています。
「海の匠」の餌やりをテクノロジーで実現
水産養殖向けスマート給餌機UMITRON CELL。スマホを活用して生簀の遠隔餌やり管理ができる。
提供:ウミトロン
──水産養殖の課題を解決するためにウミトロンが手掛けている中核の事業について、解説していただけますか。
山田:野菜や肉は農業や畜産業で以前から人が育てていたのに対して、魚を育てる水産養殖はこの一世紀で本格化した新しい産業です。
我々は水産養殖が未来のたんぱく質の需要を満たすために非常に重要な産業だと考えていて、ここにAIや衛星リモートセンシング技術を提供する事業に取り組んでいます。
──これまで水産養殖業者は魚を育てるために、毎日沖の生簀(いけす)まで行って餌を与えなければなりませんでした。今はタイマーを利用するなどして多少は自動化できている部分もありますが、ウミトロンではさらに魚の食欲に合わせて必要な量だけ餌を与える「UMITRONCELL」というサービスを提供しています。この技術はどのようなものでしょうか。
山田:カメラで魚が泳いでいる様子を撮影し、その遊泳行動のデータからAIで魚の食欲を解析、判定して、その結果に応じて餌の量を調整して与えるというシステムです。
もちろん生産者の中にも、自分の目で見て魚の空腹具合が分かる「海の匠」がたくさんいます。ただ、彼らは1日中ずっと生簀に張り付いて餌やりするわけにはいきません。
そこにUMITRONCELLのようなスマート給餌機と、それと連動したUMITRONFAIのような解析技術があれば、より少ない負担で最適な餌やりが可能となります。
インターネットがこれだけ高速で進化した理由は、オープンソースで知見が共有されてさまざまな技術が生まれ、組み合わさってきたからです。
一方で一次産業、特に水産業は全くデータが取れなかったので、スキルや蓄積されてきたノウハウがなかなか継承されず、匠がいなくなったらまたゼロからスタートというのを繰り返してきました。
そこをテクノロジーでサポートすることで、一次産業でもインターネットのように早いスピードで進化できるのではないかと考えています。
「餌やり」の何が問題なのか
司会のジャーナリスト・浜田敬子さん(左)と山田さん。
出典:Beyond Sustainability
──水産養殖の餌やりを最適化することで、何が解決するのでしょうか。
山田:餌の問題は2つあって、1つは環境問題です。
魚の食べ切れない餌が海底に沈むと海中は栄養過多になり、プランクトンが大量に発生して海の生態系が崩れ、環境破壊につながります。
2つ目は、餌の原料は主にカタクチイワシなどを砕いた魚粉を使用しており、天然資源の乱獲につながるリスクがあります。
魚の空腹時だけ適切な量の餌をあげられれば、海の環境汚染を防ぐと同時に、自然界の水産資源を守ることにも貢献できます。
──世界の水産養殖業者の間では、水産資源を守ろうという意識は強まっているのですか。
山田:確実に強まっています。
例えばタイのエビ養殖は、海水を陸上に引き入れているのでマングローブ林の破壊につながります。
エビは世界中の人が好きな食材なので、年々消費量が増え続けています。タイの生産者は自分たちが儲かるだけではなく、エビ養殖のサステナビリティを高めなければならないと言っています。
彼らの技術とウミトロンのテクノロジーを組み合わせ、排水や抗生物質の使用をゼロにして、生産性も改善するプロジェクトに取り組んでいます。
特に海外の生産者は持続可能性の改善のために養殖のやり方自体を変えようという意識がすごく強い。それに感銘を受けた我々も、生産性の改善に一緒に取り組んでいます。
一人の消費者のアクションが産業全体を動かす
ウミトロンの自社ECサイト「うみとさち」。ここから魚を購入できる。
「うみとさち」ウェブサイトより画面キャプチャ
──環境に配慮したサステナブルな養殖で育てた魚を、「うみとさち」という自社ECサイトやスーパーで実際に販売もしています。なぜ自分たちで魚の販売もしようと思ったのでしょう?
山田:きっかけは新型コロナです。コロナにより、魚の消費量の半分を占めていた外食産業が大打撃を受けました。
さらに悪いことに日本全国の生産者は東京五輪の開催を見込んで普段より多めに魚を養殖していました。それがほぼ消費できなくなり、魚が余ってしまったのです。
生産者がいかに環境や労働に配慮して努力を続けても、魚が売れずに生活ができなければ持続可能な産業には育ちません。
我々は水産養殖業に関わるスタートアップとして、自分たちに知見があるかどうかに関わらず、生産者が今困っている課題に向き合うべきだという議論が起こり、自社で魚の販売を始めることになったのです。
──消費者の意識としても、同じ消費をするなら環境や人権に配慮した商品を選びたいというように変わってきています。流通業界の人の意識はどうでしょう。
(写真はイメージです)
Reuters
山田:これだけ環境問題も顕在化しているので、どの産業でも持続可能性を高める必要があります。
とはいえ、それを分かっていても自分たちがまずは生活できなければ社会貢献や公益活動をするのは難しく、なかなか一歩踏み出せないのが現状だと思います。
今までお話ししてきたようなサステナビリティとビジネスが両立するという事例を作ることも、我々のミッションの1つです。だからこそ生産者、流通企業、小売企業と連携・協力を進めています。
──そのために消費者にしてほしいことはありますか?
「全国チェーンのスーパーでは消費者の声を大事にしています。『うみとさちやサステナブルな認証を取得しているシーフードはありますか?』と売り場で聞いてみることが、産業全体をより良くすることにつながると実感しています」と山田さん(写真はイメージです)。
BeautifulBlossoms/Shutterstock
山田:まずは現状を知ってもらうために、環境問題やウミトロンのことを調べてほしいですね。
その次に実際に小さい行動でも良いので、アクションしていただけるとありがたいです。
それは例えばスーパーで魚を買うとき、「うみとさち」の魚をはじめ、国際的なサステナブル認証であるASC・MSCラベルの付いた「サステナブル・シーフード」を購入してみることでもいい。
「水産養殖をもっとクールに」
──最後に今後の展望を教えてください。
山田:目指したい姿は2つあります。
1つは世界中の養殖を再現可能にすることです。
知恵が伝達されずに餌やりなどの生育プロセスが最適化されない状態が繰り返されないように、いろんな知を集結して養殖を進化させたい。
そのためには我々が世界中の国にテクノロジーを提供することでデータを蓄積できるプラットフォームを作る必要があると考えています。
もう1つは、どういった養殖を再現可能にするか。
「持続可能な水産養殖を地球に実装する」という我々のミッションの通り、バリューチェーン全体でのサステナブルな水産養殖モデルを実現したいです。
そのためには、天然資源が回復可能な養殖生産を確立することに加え、最新のテクノロジーが導入される集積地として水産業をもっとクールに、水産養殖に携わる人々の現場での肉体労働を減らし、知的労働を増やす。
さらに、消費者を巻き込みながらサステナブルなシーフードを安定的に届け続ける。
天然資源と人の両方のリソースの面で、持続可能な水産養殖の実装を目指していきます。
(文・山下久猛)