アップルのティム・クックCEO。今回の発表では「音楽とMac」が大きなテーマになっていた。
出典:アップル
10月19日、アップルがオンラインイベントで新しいMacと音楽関連製品群を発表した。
Macについては別記事を参照いただきたいが、音楽についても見逃せない動きがあった。完全ワイヤレス型ヘッドホンのベストセラーである「AirPods」がリニューアルし、スマートスピーカー「HomePod mini」もカラーバリエーションを増やした。
そして大きいのは、月額480円と、非常に安価に始められる「Apple Music Voice Plan」という新料金プランが、日本でも間もなくスタート※することだ。
この新料金を用意したアップルの狙いは、Apple Musicを使った「会心の一撃」ではないか。その理由を分析してみよう。
※アップルは「この秋の後半に開始」としている
「新型AirPods」との連携でApple Musicを引っ張る
ハードの面でもサービスの面でも、音楽はアップルの収益を支える大きな柱であり、継続的な価値向上は必要不可欠なものだ。
アップルの音楽関連ビジネスの主軸は実は意外かもしれないが「ヘッドホン」だ。
発表された新型AirPods。第3世代モデルになる。
出典:アップル
AirPodsシリーズの全世界での市場占有率は、2020年には29%で世界シェアトップ(アメリカの調査会社・カウンターポイント調べ)。日本市場でも、今年8月末の段階で4割を超えている(調査会社BCN調べ)。
一方、サービスとしてのApple Musicは、SpotifyやAmazon Musicなどのライバルとの激しい競争状態にある。世界シェアではトップはSpotify、2位がApple Musicと言われている(カウンターポイント調べ)。日本では、価格面で優位なAmazon Prime Musicがトップで、SpotifyとApple Musicが僅差で2位を時に入れ替わりながら争っている、という状況だ(ICT総研調べ)。
この状況でアップルが音楽サービスの売り上げをさらに伸ばすには、AirPodsというアップル独自の強力な武器を生かすのが近道だ。
AirPodsシリーズには、ノイズキャンセル機能付きの完全ワイヤレス型イヤホン「AirPods Pro」、ヘッドホン型の高級モデル「AirPods Max」があり、さらに、ベーシックな「AirPods」がある。
AirPodsは2016年末に発売され、2019年に音声アシスタント「Siri」を声で呼び出す機能に対応した「第2世代」が登場したものの、そのデザインや機能はあまり変わっていなかった。
今回、5年を経てデザインを一新したわけだ。AirPods Proに近い形状になったがノイズキャンセル機能はなく、価格も2万3800円と、3万円をこえるProに比べれば抑え気味だ。
第3世代AirPodsは、デザインがAirPods Proに近くなり、動作時間や空間オーディオ対応など、多数の点が進化した。
出典:アップル
今回AirPodsが刷新されたのは、Apple Music最大の差別化点となっている「空間オーディオ」に対応するためだ。
空間オーディオとはドルビーアトモス(Dolby Atmos)形式で提供される楽曲のこと。左右の「ステレオ」で音を伝えるのではなく、「音がなる場所」を仮想的な空間に配置し、そこからの聞こえ方を再現する。結果として、従来よりも広がりのある音を体験できる。
AirPods ProやAirPods Maxは動きセンサーを搭載しており、頭の動きに合わせて音の伝え方を微調整することで空間オーディオの質を高めている。第3世代AirPodsはその機能を取り込んできた。
これで、同社の主力ヘッドホンが空間オーディオ対応になり、「AirPodsを使っているならApple Musicを」というアピールがしやすくなった。
格安の「Voiceプラン」が空間オーディオ非対応の理由
一方、また別の側面もある。
今回アップルは、ハードだけでなく新たなサービスも発表した。それが格安のApple Music料金プラン「Apple Music Voiceプラン」だ。
価格を下げた「Apple Music Voiceプラン」が登場。日本でもこの秋から、月額480円で提供される。
出典:アップル
アップルはこのプランを「Siriで音楽を気軽に楽しむためのもの」だと説明している。
と言ってもこのプランは、別にSiri専用というわけではない。また、気分やアクティビティに合わせたプレイリスト機能も、実際のところVoiceプラン専用ではない。
通常プランとの違いは、次の4つの点がポイントになる。
1つ目は「ダウンロードできない」ということ。楽曲は通信がある場所で、ストリーミングのみで聞ける。
2つ目は「アップル製品以外で聞けない」こと。他のプランではWindowsやAndroidからも、アマゾンのスマートスピーカー「Echo」からも聞けるが、Voiceプランは聞けない。
3つ目は「空間オーディオと高音質なロスレスには対応しない」こと。つまり、Apple Music最大の差別化点の1つに対応していないのだ。
4つ目は、「価格」だ。月額480円と、個人向けプラン(月額980円)の半額になっている。
つまり、Voiceプランとは、実質的な「低額プラン」ということになる。
Voiceプランと他のプランの違い。空間オーディオや他社デバイスサポートなどが主な差になる。
出典:アップル
すべては「HomePod mini」の再起のために
この低価格化戦略には、もちろん狙いがある。
それは、同時に発表された「HomePod mini」に現れている。ハードとしての変化はないが、今回カラーバリエーションを一気に追加している。
HomePod miniは、ハードウエアに変化はないようだが、カラーバリエーションが追加になっている。
出典:アップル
HomePod miniはスマートスピーカーなので、操作は音声で行う。Siriでの音楽再生機能は重要な機能だ。
ここで、HomePod miniの特徴とVoiceプランの特徴を並べてみると、ちょうど補完的な関係にあることがわかる。
HomePod miniが「通信できない場所」にあることはまずないし、ダウンロードでの再生も必要ない。空間オーディオにもハード的に対応していないので、そこもあまり意味がない。
むしろ重要なのは、Voiceプランを「音声で簡単に使い始められる」ことだ。iPhoneの画面から契約するのではなく、音声で「Voiceプランの利用を開始」と言えば、それだけで無料体験がスタートする。気軽に使ってもらうには、価格が安くシンプルに使えることが重要だ。
サービス価格も、HomePod miniの競合を考えると合点がいく。HomePod miniの競合はアマゾンの「Echo」であり、アマゾンの音楽サービスが広く使われているのは、価格が安くてEchoと連携しているからだ。
アップルはスマートスピーカー市場でシェアがいまだ低いままだ。いまから勝つには、「会心の一撃」といえる競争力の強化が必須だ。そう考えていくと、価格面と機能面でApple Musicを強化するのは必然だ。
そして、音声操作で音楽が使いたいシーンは他にもある。Apple Watchをつけ、エクササイズをしながら音楽を聞きたい時や、自動車を運転している最中などだ。
音声操作で音楽を聞きたいのはスマートスピーカーだけではない。Apple Watchも重要な市場だ。
出典:アップル
Apple Watchが好調であること、「噂」としてアップルが自動車市場を狙っていることを考えると、Voiceプラン向けの機能拡張の意味も、またより味わいが変わってくる。
(文・西田宗千佳)