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欧州委「自画自賛」グリーンボンド発行を素直に喜べない理由。脱炭素はどこまで市民生活を犠牲にしていいのか

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10月12日、ベルギー・ブリュッセルの欧州委員会本部でグリーンボンド(環境債)発行について記者会見したハーン欧州委員(予算・総務担当)。

REUTERS/Yves Herman

欧州委員会は10月12日、新型コロナで打撃を受けた経済を立て直すための「欧州復興基金」の原資(の一部)に充てるため、グリーンボンド(環境債)を発行して120億ユーロ(約1兆6000億円)を調達したと発表した。

発行条件は15年(償還期限は2037年2月)、利回りは0.453%とされた。

欧州委員会が発行する債券は需要が高く、今回も募集額の11倍超(1350億ユーロ)もの応募が殺到した。

ハーン欧州委員(予算・総務担当)は、このたび発行したグリーンボンドに投資需要が集中して価格が上がり、結果として利回りが同条件の債券より0.025%低くなったことを指摘。

昨今「グリーニアム」と呼ばれるそうした(グリーンボンドの価格が上がり、利回りが低くなる)現象は、金融市場による持続可能な社会づくりへのコミットメントを示すものだと自信を見せた。

しかし、欧州の行政府と位置づけられる欧州委員会がそのように扇動することで、グリーンボンドは「みなが買うから上がる。上がるから買う」自己実現的なプロセスをたどることになる。

欧州委員会のやっていることは、いわば「自分の尾を追う犬」と同じではないだろうか。

グリーンボンドの背後に「政治的意図」

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欧州委員会本部前にたなびく欧州旗。

REUTERS/Yves Herman

グリーンボンドをめぐる欧州連合(EU)の動きには、政治的な色合いが強く感じられる。

欧州復興基金の規模は総額7500億ユーロ、将来の物価上昇を勘案して8000億ユーロの原資調達計画が織り込まれている。

うち最大2500億ユーロは、2026年末までにグリーンボンドを通じて調達する予定。基金の設立時点から掲げられている方針で、そこにはEUとしてサステナブル・ファイナンス市場における地位を確固たるものにしたいという政治的意図が明確に読みとれる。

欧州委員会は2021年7月に「サステナブル・ファイナンス戦略」を公表し、それと併せて「欧州グリーンボンド基準」を設定する規則案を提示した。

2030年の温室効果ガス排出削減目標の達成に必要な資金の多くを民間投資で賄うとしている欧州委員会にとって、グリーンボンドはその重要な手段となる。

端的に言えば、(1)脱炭素目標達成のために(2)民間主導の投資で資金を調達(3)そのためにはサステナブル・ファイナンス市場が必要なので(4)行政主導で市場を整備する、という戦略的発想で、その手はじめに欧州復興基金の枠組みを利用しようというわけだ。

「欧州グリーンボンド基準」を設定した目的についても、環境保護をかたる詐欺まがいの行為(いわゆるグリーンウォッシング)を排除するためとの建前はあるが、一方で欧州基準をグローバルスタンダードに仕立て上げたいという本音(野心)も見え隠れする。

実際、2020年時点で世界全体のグリーンボンド発行額のうち半分がEUに集中し、EUがルールメーカーになるのはすでに既定路線とも言える。

資金の集まるところに雇用も収益も生まれやすくなるのだから、EUが熱心になるのも当然だ(もちろん、地球の気温上昇を心底懸念している胸中もあるのだろうが)。

グリーンボンドと市民の日常生活の関係

過去の寄稿でも指摘したが、脱炭素のペースが速すぎるために供給不足が先行して商品価格の上昇を促し、それに応じて各国の中央銀行が金融引き締め(究極的には利上げ)への道筋を検討し始めているのが現状だ。

(グリーンボンドへの高い投資需要による)「グリーニアム」を背景に低い利回りで資金調達できたとしても、(グリーンボンドによって促される)脱炭素に向けた取り組みの結果、企業活動にとって資本コストになる政策金利が引き上げられるのであれば「元の木阿弥」ではないだろうか。

例えば、ユーロ圏の域内金利はいまインフレ懸念に対応して確実に上昇している。

賃金に変化はないのに身の回りの商品価格だけが上がっていく「悪いインフレ」を鎮圧するために、中央銀行が金融引き締めに動く展開で、それは一般市民にとってちっとも良い話ではない。

そうした一般市民も巻き込んだ「短期的な弊害」に対して得られる「長期的な利得」は、地球の気温が下がることに尽きる。しかし、果たしてこの両者は釣り合っているのだろうか。

地球温暖化を抑制することの重要性に疑義を呈するつもりはないが、問題はそのペースだ。

天然ガスが前年比7倍になったり、それに伴って電気料金が押し上げられたり、実生活への甚大な影響に耐えてまで地球の気温を下げることにどうしてもコミットしなければならないとしたら、地球上の人間は何のために生きているのかという根本的な疑問も沸いてくる。

環境問題を考えることは人類の責務、といった誰も反論できない正論を振りかざすだけでなく、いまを生きる人々の生活をどれほど犠牲にしていいのかという議論も並行して行うべきではないか

欧州委員会が今回グリーンボンドを通じて集めた資金は、その用途としてグリーン社会移行のための研究・開発活動、グリーン社会移行を支えるデジタル技術、エネルギー効率向上など9分野が設定されており、市民の日常生活の安定化に使われるわけではない。

しかも、脱炭素と引き換えに日常生活のインフラが動揺している現状があるにもかかわらず、何の措置も講じず、情報発信すらしないのは、責任ある行政府の対応とは言えない。

化石燃料へのある程度の依存を短期的に容認するとか、そうでないなら、グリーンボンドで調達した資金の一部を商品価格の安定化などに転用するとか、何かしら方法があるのではないか。

未来の地球環境を懸念し、理想を追求していく姿勢はもちろん重要だが、いまを生きる人々の生活以上に優先順位が高い取り組みなのかどうか、落ち着いて吟味してから動く必要があると筆者は考えている。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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