南アフリカのクルーガー国立公園に生息する、牙のあるアフリカゾウ。
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- モザンビークの内戦中、軍隊は象牙を集めるためにアフリカゾウを絶滅寸前まで追い込んだ。
- その結果、内戦中とその後では、牙のないゾウの割合が劇的に増加したことが分かった。
- このことは、ゾウが生存率を高めるためにすばやく進化したことを示している。
プリンストン大学(Princeton University)の進化生物学者、シェーン・キャンベル‐ステイトン(Shane Campbell-Staton)はそれまで、キャリアのほとんどをトカゲの研究に費やしていた。しかし、2016年のある日の午前3時、彼はYouTubeを見ていてアフリカゾウに関する動画に出くわした。その動画では奇妙な傾向が述べられていた。モザンビークのゴロンゴサ国立公園(Gorongosa National Park)では、多くのメスのゾウに牙がないというのだ。
通常、アフリカゾウのメスで牙のない個体は2%しかおらず、これは珍しいことだった。興味を持ったキャンベル‐ステイトンは、ゾウを研究している同僚に尋ねてみたが、まだ誰もこの謎を調べていないことが分かった。すると、プリンストン大学の生物学者、ロバート・プリングル(Robert Pringle)が、この現象を自分で調べてみないかとゴロンゴサ国立公園にキャンベル‐ステイトンを誘ってくれた。
「『はい、やります』と返事をするまで1.5秒しかかからなかった」とキャンベル‐ステイトンはInsiderに語った。
YouTubeの動画を見た7カ月後、彼はアフリカでヘリコプターに乗ってゾウの数を数えていた。ゴロンゴサ国立公園で撮影された過去の映像と現在の個体数を比較した結果、彼とプリングルは結論を出した。牙のないメスのゾウの数が約30年間で劇的に増加していたのだ。1977年から2004年の間に牙のないメスの割合は18.5%から33%に急増していた。
この研究結果は、2021年10月21日発行のアメリカの科学誌『サイエンス(Science)』に掲載された。
ゾウは内戦の犠牲になった
この新しい研究によると、ゾウの牙がなくなる傾向が強まったのは偶然ではないという。
1988年、ケニアのツァボ・イースト国立公園で象牙の密猟者に殺されたゾウの死骸。
William F. Campbell/Getty
モザンビークは1977年に血みどろの内戦に突入した。双方の軍隊はアフリカゾウを狩り、象牙を売って15年に及んだ戦争の資金源にした。その結果、1992年までに、ゴロンゴサ国立公園内のゾウの数は90%以上も減少してしまった。そして、内戦中、国立公園内では牙のないメスの数が3倍近くに増え、メスの2頭に1頭が牙を持たない状態になっていた。
牙のあるゾウが密猟者に狙われていることを考えると、牙のない象の方が生き延びる可能性が高いことは納得できる。
この傾向は内戦が終わっても続いていたが、牙のないメスのゾウが生まれる割合はやや減少したという。1995年から2004年の間に同国立公園内で生まれたメスのゾウは3頭に1頭の割合で牙がなかったが、内戦が始まる前は5頭に1頭だった。研究者たちの計算によると、1972年から2000年の間、牙のあるメス1頭に対して牙のないメスは5頭が生き残ったことになるという。
この結果は、密猟が急速な進化をもたらしたことを示している。
「偶然だけでこれだけの変化を起こすのは、絶対にあり得ない」とキャンベル‐ステイトンは話している。
オスのゾウの致命的な特性
しかし、研究者たちはなぜ牙がなくなるのがメスだけなのかを不思議に感じていた。
ゴロンゴサ国立公園以外のアフリカゾウの個体数がもっと多い地域でも、牙のないオスの逸話はごく少数だ。このことは、牙がないことは、性別に関連した遺伝であることを示している。
研究者たちは、国立公園にいる牙のあるメスと、牙のないメスの両方のゲノム配列を解析した結果、AMELXと呼ばれる、牙のない状態を引き起こす可能性のある優性遺伝子を特定した。
AMELXは、母親から子孫へとX染色体で受け継がれ、人間もその遺伝子を持っている。人間ではその遺伝子が破壊されると歯がもろくなり、女性は歯の成長が鈍くなるとキャンベル‐ステイトンは話す。一方、人間の男性がX染色体上に破壊されたAMELX遺伝子を受け継ぐと通常は死んでしまうという。
研究者たちはアフリカゾウでも同じことが起こりうると考えている。オスのゾウが破壊されたAMELX遺伝子を受け継ぐとそのゾウは死んでしまう。しかしその変異した遺伝子はメスのゾウの場合は牙をなくすだけなのだ。
牙の消失は、生態系全体に影響するかもしれない
南アフリカのクルーガー国立公園の牙のないアフリカゾウ。
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牙がなくなることは重大な問題ではないと思えるかもしれないが、この傾向はアフリカゾウの生態系全体に影響を与える可能性があるとキャンベル-ステイトンは言う。
「牙はゾウにとって、木の皮を剥いたり、地面を掘ったり、地下水を発見したりするための多目的なツールだ」と彼は話す。
「牙がなければ、ゾウの行動が変化する。樹皮を剥くことができないので、木を押し倒すこともなくなる」
アフリカのサバンナに生息する他の動物たちは、こうしたゾウの行動に依存している。ゾウが木を押し倒すことで、草原の植物のための新しいスペースができ、それが他の種の生息地となるのだ。牙のあるゾウが減っていることは、そのプロセスの妨げになってしまう。
「これは人間の活動が、『生命の樹』全体の、種の進化の軌道を変えていることを示す例だ」とキャンベル・ステイトンは述べ、「人類は、5つの大量絶滅以外では、地球の歴史上、最も影響力のある進化上の圧力だ」と付け加えた。
南アフリカのクルーガー国立公園で、道路を横断するアフリカゾウの群れ。
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モザンビークの内戦が終結して久しいが、牙のないメスの割合が内戦前のレベルに戻るには100年かかるかもしれない。
「密猟の圧力がなくても、2%に戻るにはおそらく5、6世代、あるいは7世代くらいかかるだろう」とキャンベル-ステイトンは話す。
もちろんそれは、「台無しにしてしまった」この1世代よりもはるかに長い時間だと彼は付け加えた。
(翻訳:大場真由子、編集:Toshihiko Inoue)