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こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。
先日、ギャップ(Gap)が米ニューヨークとイスラエルのテルアビブを拠点とするCONTEXT-BASED 4 CASTING(コンテクスト・ベースド 4 キャスティング、以下CB4)というAIスタートアップを買収したことが報道されました。
CB4は、AIと機械学習を利用した予測分析と需要感知によって、Gapの売上促進や顧客体験の向上に貢献していくそうです。同社にはシリコンバレーでトップの実績を持つVC、セコイア・キャピタルが出資していたため、シリコンバレー界隈でも注目されていました。
今回はファッション業界でのAI活用事例をもとに、機会損失を減らし過剰生産を回避するための様々なアプローチを考察します。
ファストファッションの曲がり角
H&Mの店頭の様子。
Nokuro
ファストファッション業界は今、曲がり角に立っていると言われています。原材料のコットンの価格高騰(過去1カ月で18%上昇)によって株価も影響を受けているところが多く、サプライチェーン間で統一されたデータを持たない企業が多いため、生産の遅延が発生してしまう点も問題視されています。
脱炭素時代といわれる今、過剰生産されがちな商慣行を見直し、適正在庫率や需要予測を指標として持ちながら廃棄ロスをなくすことが業界全体に期待されています。同時に、コロナで加速したEC需要を取りこぼすことなく収益に転換させていくためのデジタル体制を組織で持ち合わせる必要もあります。
CB4はまず、店舗のPOSデータを取得し、そこに現れる日々の小さな変化をAIで検知します。そうして、棚ごとの商品・在庫を予測し、在庫切れによる機会損失を最小化するためのアナリティクス(分析)を提供します。
店舗ごとに、この「変化検知」を行うことで消費者需要の変化を予測し、同じような特徴が見られる店舗の店員に通知を送る……というのがCB4のシステムの特徴です。店長は、CB4から提示された複数の「売り上げが伸びない理由」のリストから適切なものを選択し、該当しないものは消去します。
この店長のアプリ上の行動データをAIで学習させることで、店舗ごとにカスタマイズした需要予測システムにすることが可能だといいます。CB4の需要予測システムは次第にその店舗特有のものにカスタマイズされていきます。店長が週に30分、CB4のアプリを使うことで、最大で純利益(ボトムライン)を2%復元できるとのことです。
「小売り実データ×AI」の新たなイノベーション
注:プロモーション映像の字幕は自動翻訳によるものです。
このCB4アプリが提案する「売り上げが伸びない原因」の例として
- 商品が棚に並んではいるが顧客の目に届かない位置にある
- 広告と値段タグの表示内容に誤差がある
- 商品が在庫倉庫に眠ったままになっている
- 在庫切れになっている
- 在庫情報と店舗情報に誤差がある
- 値段タグがついていない
- 商品の外観に問題がある(ふたが外れている等)
などが挙げられます(CB4ウェブサイトより)。
店長は、アプリを通して該当する原因を選択し、その改善をします。また、フランチャイズ展開をしているような大規模な小売店舗向けの機能として、複数店舗を管理する地域マネージャー用には異なるUIのアプリを提供しています。
このアプリ上では、どの店舗がうまくいっていて、どの店舗が問題を抱えているか、地域ごとの相対的なメトリクス(指標)が可視化され、タスクも細分化して表示されます。このように、「店舗ごとに顧客情報管理などを必要とせず」ただ「POSデータをアップロードして店長が週に30分ほどアプリを使うだけ」で大きなインパクトにつながる……というのが、このプロダクトの特徴です。
異常検知や変化検知などの技術的要素よりも、店長レベル、地域マネージャーレベル、エグゼクティブレベルで異なるデータを可視化させ、意思決定が簡易的に行えるようにしたUIの最適化、そしてPOSデータをアップロードするだけで解析できることを可能にしたインフラ設計のうまさが、CB4の成功の秘訣かもしれません。
通常、POSデータのアップロードは店舗ごと、または小売りごとにフォーマットが異なるケースが多いです。フィールドエンジニアを店舗にそれぞれ派遣して、データをとる手間が発生することも未だにあるのが現状です。
このような場合、店側にとっては作業の増加による負担が生じ、技術を提供するスタートアップにとっては人件費が増えてしまうことで、ビジネスモデルに拡張性がなくなってしまう点が大きな課題でした。そのため、お店側で簡易的にデータをアップロードできる仕組みを作ったことは、リテールデータを扱うビジネスとしては画期的だったと言えるでしょう。
Gapのチーフグロース・トランスフォーメーション・オフィサー兼戦略的成長オフィスの責任者を務める、サリー・ギリガン(Sally Gilligan)氏はCB4の買収に関してこのように述べています。
「我々は、人工知能と機械学習がファッション業界の未来を形作ると信じています。
当社は過去にCB4のワールドクラスのデータサイエンティストと一緒に仕事をした経験があり、彼らの技術が販売や在庫、コンシューマー・インサイトにインパクトを与えるだけでなく、幅広く応用することでさらなる価値を引き出して顧客体験を向上させる可能性を秘めているということを理解しているのです。」
Gapは2021年に入り、3Dでバーチャルに試着できる技術を提供するスタートアップを買収するなど、技術投資に積極的です。今後は店舗ごとのデータを収集し顧客満足度や売上の向上に貢献するCB4の技術がさまざまな領域で活用されそうです。
過剰生産しない、Z世代向けファッションコマース・FINESSE
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「来季はこの商品が売れるだろう」という需要予測をたててトップダウンに生産、在庫管理を行う従来のファストファッションのモデルは過去のものになるのかもしれません。
「ファッショントレンドは、パリやニューヨークのデザインハウスが作っていく時代から、ソーシャルメディアを中心に生まれる時代になった」という考えのもと、こうしたビジネスモデルからの脱却を試みるスタートアップも生まれています。
FINESSEは、Z世代を対象にしたファッションコマースで、「あなたたちが何を生産するかを決める。過剰生産も無駄も一切排除。」をモットーにしたLAに拠点を置く2019年創業の会社です。プレシードラウンドの資金調達で、454万ドル(約5億2000万円)を調達しました。
同社CEOのラミン・アーマリ(Ramin Ahmari)氏は金融業界出身の起業家です。投資銀行では自然言語処理を用いてTwitterなどの情報を解析し、株価の変化予測などに使っていた経験から、同じことがファッションでも可能だと考えたと言います。
具体的には、Z世代がインスタグラムなどのコミュニティで使う顕著な言語特性に注目。これらを分析して、特定の製品の好みや、次のファッショントレンドを定義するその他の重要な要素を判断します。
トレンドのデータ分析自体は新しい技術ではないものの、FINESSEは、機械学習アルゴリズム内で時系列分析、自然言語処理、コンピュータービジョンを組み合わせ、Z世代が最も望んでいるファッショントレンドを常に提供するとのことです。
具体的には、まず、上記の情報を組み合わせてデータ分析を行い、Z世代が求めていそうなファッションをプロトタイプとしてバーチャルに作り出します。これを3タイプ、週に一回の頻度でウェブサイトやインスタグラム上に展開し、ユーザーが欲しいかどうかをクリック一つで投票します。その結果、最も人気があるものが予約注文数に基づいて生産されるという仕組みです。
なお、その際には洋服のサンプルが中国のパートナー工場で作成され、そこでモデルが試着し、最終的な承認を経て生産となるとのこと。従来のアプローチでは、工場のあるアジアと、デザイン・設計・購入を管理するヨーロッパ及び米国のチーム間でサンプル交換やその他のコミュニケーションを行う必要があるため、リードタイムが約5カ月ほどかかっていたらしいのですが、FINESSEではこの生産方法でリードタイムを25日に短縮することができたと主張します。
投票画面のイメージ。
出典:FINESSE
自分の好みのスタイルに投票すると、総投票数が確認できて面白い。注文後2週間で郵送されるとのこと。
出典:FINESSE
これは、大量生産のファストファッションとは異なるマーケットを狙い、サステナブルでトレーサビリティがあり、かつ、自己表現のツールとしてのファッションを重視する特定のZ世代に支持を受けているようです。とはいえ、主流マーケットでどれだけこのビジネスモデルが当てはまるかは、今後検証すべき事項と言えるでしょう。
このように機会損失を最小に抑えながら過剰生産をどのように回避するか、という根本的な課題解決にAIを使って挑む会社は、ファッション業界にも増えています。
特に、市場が求めるものを予測し、求められるだけの量を素早く生産するという「受注生産型AI主導モデル」は技術的にも興味深いものです。
脱炭素や環境保護の観点からも、その価値は大きいと言えるのではないでしょうか。
(文・石角友愛)