他の先進国に比べ、遅れをとっている日本の選択的夫婦別姓の議論。新政権で流れは変わるのか?
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10月31日に投開票を迎える衆院選の公示に先立ち、18日に日本記者クラブで開かれた党首討論会では、印象的だった光景がある。選択的夫婦別姓制度(以下、夫婦別姓)の導入とLGBTへの理解促進について問われた時だった。
2022年の通常国会に選択的夫婦別姓を認める法案提出への賛否を聞かれると、自民党の岸田文雄首相(自民党総裁)以外の8党首は勢いよく挙手したが、岸田首相はテーブルに両ひじをついたまま。同じくLGBTへの理解を促進する法案の提出にも挙手をせず、自民党の多様性に関する政策への消極姿勢が際立った。
岸田首相はもともと夫婦別姓を推進する議連の呼びかけ人の1人にもなっていた。だがその後、総裁選出馬に当たっては「引き続きしっかりと議論すべき」とトーンダウンする。
党首討論でも「国民の皆さんの意識がどこまで進んでいるのか考えていくことが重要」と述べるにとどめた。この“後退”は、別姓反対を掲げる自民党内の保守派議員たちへの配慮とも指摘されている。
なぜ別姓問題は必ず問われるようになったのか
近年、選挙で必ず候補者に問われる質問となった夫婦別姓問題。
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夫婦別姓や同性婚・LGBTへの差別禁止については今回の党首討論だけでなく、先の自民党総裁選でも各候補は賛否を問われ、この数年国政選挙でも候補者に聞かれる質問の定番となった。
今回の衆院選で夫婦別姓制度の実現を公約にも盛り込む党も目立つ。NHK選挙Webに掲載された各党のジェンダー・多様性に関する公約を見ると、自民党とN党以外は別姓制度実現を掲げている。
なぜ別姓問題はこれほどクローズアップされるようになったのか。それは、夫婦別姓はこの問題だけにとどまらない、政治家の価値観を象徴するテーマになってしまっているからだ。
政治学者の中島岳志さんは、政治家を「価値とリスクのマトリクス」を使って分類している。内政面での政治家の仕事は、大きくお金の配分と価値観に分けられるからだという。
お金の配分とはリスクを個人で負担するのか社会で負担するのか、つまり行政サービスを縮小して市場に任せるのか、税金は総額として大きくなるが公共のセーフティネットを充実させるのか、ということだ。
一方で選択的夫婦別姓導入やLGBTの人への差別解消などは、お金の配分では解決できない。中島さんは政治家をその価値観において「リベラル」と「パターナル」に分類。パターナルとは家父長制の家長のように強い力を持って個人の価値の問題まで介入する考えで、個人の多様な生き方より伝統的な家族観などを重視している。
選択的夫婦別姓は「選択的」とあるように、別姓を望む人だけが別姓を選択できる制度だ。にもかかわらず、反対・慎重派の国会議員などでつくる議員連盟「『絆』を紡ぐ会」では、「夫婦同姓は子育てや夫婦親族の相互扶助の環境づくりの土台」として、あくまでも旧姓の通称使用拡大で、と訴えている。
早稲田大学の棚村政行研究室と選択的夫婦別姓・全国陳情アクションが、全国の20代〜50代の男女約7000人に調査した結果では、別姓制度への賛成は7割にのぼるが、その中には、自身は同姓を選択するが別姓支持という人も約3割存在する。
つまり実際別姓を選択する人は多くて3割ほど。夫婦別姓は、こうした少数だが現実に困っている人たちを救おうとするかどうかという姿勢、さらには家族観が多様化する中で、その多様性を認めるかどうかのリトマス紙のような役割を果たすようになってきている。
自民でもっとも多い「どちらとも言えない」のワケ
所信表明演説に臨んだ岸田首相。夫婦別姓に関しては総裁選出馬以降、トーンダウンしている。
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今回の衆院選に際し、朝日新聞社と東京大学・谷口将紀研究室は共同で、衆院選の各候補者にさまざまな政治課題についての考えを聞いている。調査には候補者1051人中974人が回答。全体では夫婦別姓への「賛成寄り」が7割にのぼるが、自民党に限ると「反対寄り」が上回っている。それでも2017年の前回衆院選時と比べると、反対寄りの候補者は9ポイント減少し、賛成寄りは8ポイント増えている。
ただ、自民党で目立つのは「どちらとも言えない」という候補者がもっとも多いことだ。「どちらとも言えない」と答えたのは44%。反対寄り(33%)や賛成寄り(23%)を上回る。この「どちらとも言えない」という回答は今の自民党を象徴しているように見える。
7月に行われた都議選ではもっと顕著だった。ほとんどの自民党候補者が夫婦別姓に対しては「回答なし」と答えたのだ。政治家の価値観を知る上で重要な指標となる質問に、なぜ回答できないのだろうか。
私は総選挙前の10月上旬、都議選の自民党候補者だった61人のうちNHKのアンケートで「回答なし」を選択した51人中、メールアドレスを公開している46人に、「回答なし」の理由を聞くアンケートを送った。
回答があった7人の中で代表的な意見が「6月の都議会で全会一致で『選択的夫婦別姓制度に係る国会審議の推進に関する意見書』を採択したので、本件についてはまず国会において議論を進めていくべきだと考えている」というものだった。つまり自分たちの賛否はともかく、「まず国会での審議を」というものだ。
上記の理由に個人の考えを追記している回答もあった。
「個人的見解としては、別姓には賛同しかねる。理由としては夫婦親子同氏、いわゆるファミリーネームがなくなることへの懸念。社会における基礎単位としての証、家族としての一旦感はもちろん、子どもの利益など家族のあり方が根本的に変わるさまざまな問題を内包しているから」(匿名希望で回答)
国会議員の反対・慎重派にも通じる主張だ。
だが、こうした「個人的には反対」の意見を堂々と表に出せないのはなぜなのだろうか。アンケートに答えてくれた中の1人で、先の都議選では自民党から立候補して落選した高橋恵海さんが取材に応じてくれた。
無党派層とコア支持層の間での葛藤
「明らかにジェンダー政策、夫婦別姓など多様性政策への関心は有権者の間で高まっている」そう話す政治家もいる(写真はイメージです)。
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高橋さんは江東区議を3期務めた後に、都議選に挑戦。もともとは「なぜ女性が3歩下がらなければならないのか」とブログに書くほど、ジェンダー平等の必要性を感じていた。
だが、ブログの内容について支持者から注意されたことや、保守派の勉強会に参加するうちに、個人としての意見を表で言うことを控えるようになったという。
「個人的には選択肢は多い方がいいと思っていますが、古くからの自民党支持者には、別姓なんて絶対にダメだという人もいます。いい活動をしていても、別姓に賛成しているだけで支持してもらえないこともある。一方で、私が支持を訴えているお母さんたちは別姓賛成の人も多いんですが、無党派の人たちは選挙に必ず行くかどうかは分からないから、どうしてもコアな支持者を固める方向になってしまうんです」
7月の都議選で自民党は結果的には第1党に返り咲いたものの、当初目標としていた自民単独で50議席には遠く及ばない33議席にとどまった。
要因として大きかったのはもちろんコロナ対策や五輪対応への批判だっただろう。
だが、品川区選出都議の森澤恭子さん(無所属)は2月の森発言以降、明らかにジェンダー政策、夫婦別姓など多様性政策への関心は有権者の間で高まって、それが追い風となったと私の取材で話していた。夫婦別姓に後ろ向きな候補者には「ジェンダー逆風」が吹いたとも言える。
一方、自民党から立候補した高橋さんは公約やウェブサイト、メディアのアンケート、チラシなど「形に残るもの」では賛否の言及を避けつつ、街頭などでは夫婦別姓も含めて自民党を変えたいと訴え、手応えを感じていた。
でも結果は落選。夫婦別姓に対して態度をはっきりさせなかったことは、「当落に多少関係していると思う」と話した。
「ママ同士の会話で『高橋さんって保守なんだよね』と言われていると聞こえてきましたから。保守の人たちは別姓を認めてしまうと、戸籍制度の廃止にまで向かうと主張して譲らないのですが、時代の空気は確実に変化しています。自民党はもう少し個人の選択に対して、いろんな立場を認めてもいいと思います」
保守にとっては「踏み絵」
保守の考えに詳しい古谷さんは、夫婦別姓は歴史認識などと比べ、保守派にとって重要なイシューではなかったというが。
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保守派の論客である作家の古谷経衡さんによると、保守派の中で夫婦別姓は靖国参拝や歴史認識、憲法改正ほど議論もされて来ず、重要なイシューではなかったという。
「脱原発と同じで、この10年ぐらい夫婦別姓やLGBTなどに過剰に反対するのは、リベラルの人が賛成しているから、ということに尽きます。リベラルが言うことは全部反対、アンチで成り立っているので、主張の根拠も弱いのです」
古谷さんは夫婦別姓やLGBTへの理解促進が、ある意味保守の中での「踏み絵」のような役割を果たしていると言う。
「安倍・菅政権で保守は勢いがあると思われていますが、実は不安の方が大きい。#MeTooなども起き、日本でも確実に世論は世界標準になっていて、保守派は自分たちはマイノリティになりつつあるという恐れがある。すると自分たちの中で“裏切り者”が出ないように踏み絵をさせる。それがたまたま別姓であり、LGBTだったのです。自民党候補者が『回答なし』『どちらとも言えない』を選択しているのは、そうした踏み絵を避けているとも言えると思います」
変化を起こすために必要なこととは
ますます純化していく保守派。ジェンダー問題など価値観の変化を求めるには、若い世代の意思表示と投票が不可欠だ。
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保守派は世論の変化を脅威を感じ、ますます保守に純化し、強硬な態度に出ているというのだ。では、どうしたら変化は起きるのだろうか。
政治とジェンダーの関係に詳しい上智大学の三浦まり教授は「第2次安倍政権以降、自民党はよりイデオロギー的に純化し、長期政権を維持するために自民党のコアな支持層に配慮した政策をより重視するようになった」と指摘する。岸田首相が夫婦別姓でトーンダウンしていったのも、そうした層を無視していては党運営ができないという証左だという。
さらに夫婦別姓はLGBT差別禁止、同性婚、女系・女性天皇制と並んで、コア支持層や自民党保守派が死守すべき4点セットとなっているので、自民党内部からの自発的な変化は望めないと指摘する。
「となると、これらの問題を変化させるには政権交代しかないわけですが、多くの有権者が選挙の時に気にかけるのは経済的な問題です。こういう価値観の問題が大事だと思って政権交代を、とまで思う人はそれほど多くない。多様性をより強く望んでいるのは若い世代ですが、その世代の投票率は低い。選挙とはこうした価値観の選択なんだ、と認識して選挙に行く人が増えれば、変化は起こると思います」
(文・浜田敬子)