世界最大のゲーム会社テンセントもメタバースへの投資を拡大している。
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「元宇宙爆発期或臨近」「元宇宙真的来了?」
中国の経済ニュースで思わず二度見してしまうタイトルが増えている。「元宇宙」はメタバースの中国語で、これらタイトルは「メタバース時代が本当に来るのか」といった意味だ。
フェイスブック(Facebook)がメタバース構築に向け今後5年で欧州連合(EU)域内で1万人を採用すると表明し、日本でも10月中旬、「メタバース」という言葉がついにヤフーニュース「トピックス」入りした。だが、実は中国ではテンセント(騰訊)やバイトダンス(字節跳動)がかなり前から仕込みを続けており、規制当局が警戒し始めた。
フェイスブックの社名変更報道で関連銘柄ストップ高
メタバースとは何か、についてはここでは詳細に説明しないが、おおむね「人々が集い、現実に近い体験ができる仮想空間」と捉えられている。昔からあった概念だが、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、IoT、クラウド、人工知能(AI)、5Gなどの技術の進展によって、実現できるのではという期待が高まってきた。
10月中旬にはメタバース企業への転換に舵を切ったフェイスブックが社名を「メタバース」に変更する可能性が報じられ、株式市場が大きく反応した。
中国では22日にスマホゲームの中青宝、AR/VR技術に強みを持つデジタル音声デバイスメーカーの共達電声がストップ高になったほか、AR/VR、ロボット、センサーなどを手掛ける子会社「海南元宇宙」を設立した宝通科技など、メタバース絡みの企業の株価が大幅上昇した。
中青宝はメタバース要素を取り入れた経営シミュレーションゲームをリリースすると発表し、注目を集めている。ゲームは100年前の中国にワープし、酒蔵のマネジャーとして白酒(バイジュウ)を醸造し経営を拡大するといったオーソドックスな内容だが、ゲーム内で配合したお酒をリアルの醸造所で受け取れる「リアルとバーチャルの融合」が売りだ。もっともリリース日など詳細は決まっておらず、コンセプトをどこまで実現できるかは分からない。
ロブロックス中国版配信するテンセント
ゲームプラットフォーム「ロブロックス(Roblox)」はコロナ禍のステイホームでユーザーを大きく増やした。
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中国では春先から2021年が「メタバース元年」になるとの報道が増えていた。市場規模が2030年に1兆5000億ドル(約170兆円)に達するというプライスウォーターハウスクーパース(PwC)の試算もたびたび紹介され、8月末から関連企業の株価が急騰していた。今月に入ってからは、「メタバースが利益を生み出すには数年かかる」「規制が追いついていない」などの慎重論も台頭してやや沈静化していたが、フェイスブックバズーカで、また騒がしくなった。
グローバルでメタバースが盛り上がったのは、米ゲームプラットフォーム「ロブロックス(Roblox)」が今年3月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場したことがきっかけだった。ロブロックスは、自らゲームを作って皆で遊べるのが特徴で、メタバースの実現に最も近い企業の一社と言われている。
実は中国ITのテンセントは2019年にロブロックスとの提携を発表し、2020年のシリーズGでも出資、中国での事業に向けて合弁会社を設立した。今年7月には、ロブロックスの中国版をリリースした。ロブロックスが上場しメタバースへの関心が高まるのに伴い、テンセントの野心も明らかになり、有望分野とみなされるようになったのだ。
このほか、テンセントグループで人気ゲーム『フォートナイト』の開発元であるエピック・ゲームス(Epic Games)は今年4月、メタバースの構築に向けソニーなどから10億ドル(約1100億円)を調達したと発表した。
今のところメタバースと最も親和性が高いビジネスはゲームだと見なされているが、テンセントの責任者がロブロックスと提携した理由を、「ソーシャル、エンターテインメント、コンテンツの融合というテンセントの方向性に合致している」と語ったように、大勢の人々がオンラインでつながるSNSも相性がいい。
フェイスブックのように大々的には発表しないものの、10億人のユーザーを擁するメッセージアプリWeChat(微信)の運営企業であると同時に、世界最大のゲーム企業でもあるテンセントがメタバースに投資を拡大することは非常に納得できるロジックであり、メタバース市場にとっては大きな支えになる。
バイトダンスはVRスタートアップ買収
フェイスブックがメタバース構築に大規模な投資を行う方針を発表し、注目が集まっている。
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ショート動画アプリTikTokを運営するバイトダンスも、メタバース参入を加速させている。
同社は今年4月、コンテンツプラットフォームとSNSの要素を持つ「REWORLD(重啓世界)」を展開する「代碼乾坤科技(Code Veiw Technology)」に1億元(約17億円)を出資した。
さらに8月末、VRヘッドセットで中国トップシェアの「Pico Technology(小鳥看看科技)」を50億元(約890億円)で買収したと報じられた。
VRはメタバース構築に欠かせない“没入感”を実現する技術で、フェイスブックも2014年にVR企業「Oculus(オキュラス)」を買収した。当時は話題が先行し実用性に乏しい機器だったが、角川ドワンゴ学園のN高等学校(N高)・S高等学校(S高)が今年4月から最新機器「Oculus Quest 2」でVR授業を提供するなど、活用シーンが広がってきた。
中国の報道によると、Picoはテンセントとバイトダンスの間で争奪戦になったため、買収価格が高騰したという。
バイトダンスはショート動画では6億人以上のユーザーを抱えているが、それ以外の事業は他の大手と競り合い、優位性を出せていない。有望技術に少額出資してグループの経済圏にどう組み込むか観察を続けるテンセントに対し、教育やECなど周辺事業とのシナジーを早期に高めてライバル企業に追いつくために、バイトダンスは買収という手段を選んだと見られている。
9月以降「メタバース」商標申請3000件
このように、フェイスブックが火をつける前から、ロブロックスの上場やテンセント、バイトダンスの投資で中国ではメタバースがバズワード化しており、企業データベース「企査査」によると、2021年9月以降これまでに「元宇宙(メタバース)」関連の商標が約3000件申請された。
もっとも、規制当局は投機的な動きを警戒し、中青宝など株価が急騰した企業に文書を送るなど牽制している。業界アナリストや専門家も、「孵化期」「萌芽期」「哺乳期」といった表現を用いて市場の不確実性を強調し、慎重な姿勢を崩さない。
音声メディア「Clubhouse」、あるいはフェイスブックが2年前にぶち上げたデジタル通貨「リブラ」は、一瞬にして世界で大ブームを起こしたが、飽きられたり行き詰まるのも早かった。リブラの場合は、華々しい発表が既存産業や規制当局の警戒心を招き、「包囲網」を形勢されてしまった。フェイスブックのメタバース砲も威力が大きいだけに、規制当局を刺激したくない中国企業にとっては、迷惑な話かもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。