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脱炭素の潮流のなか「原発返り」推進するフランス・マクロン大統領の思惑…COP26が10/31開催

ダンピエール・アン・ビュリーの原子力発電所

フランス中北部ダンピエール・アン・ビュリーに立つ原子力発電所。間近には住宅がある。

REUTERS/Benoit Tessier

フランスで「原発返り」とも言える動きが加速している。

マクロン大統領は10月12日に「フランス2030」と呼ばれる300億ユーロ(約4兆円)規模の脱炭素化投資計画を発表した際、10億ユーロ(約1321億円)を投資し、小型モジュール炉(SMR)と呼ばれる最新鋭の原子炉による原子力発電所の建設を推し進めると表明した。

また10月18日付のフランスの日刊紙『フィガロ』によると、マクロン大統領はクリスマスまでに従来型の欧州加圧水型炉(EPR)を6基新設する構想を表明するという。「フランス2030」にEPRの新設計画が盛り込まれなかった理由は、従来型のEPRでは時代へ逆行している印象を有権者に与えかねないことを憂慮したためのようだ。

かつてマクロン大統領は、2035年までに14基の原発を廃止し、フランスの電源構成に占める原子力の割合を75%から50%にまで引き下げるという意向表明していた。しかし一連の脱炭素化の潮流や、このところの天然ガス価格の高騰などの「エネルギー危機」を受けて、マクロン大統領は従来の脱原発路線を大々的に転換することになった。

有権者の原発に対する意識にも変化が出ているようだ。世論調査会社Odoxaが9月末に国内の有権者に対して実施した調査によると、発電手段として「原発が望ましい」とした回答者は全体の51%と前回2019年12月調査より17%ポイント増加、代わって「風力が好ましい」とした回答者は全体の63%だが、前回より17%ポイント減少したという。

フランスの「お家芸」である原子力産業

マクロン大統領

10月12日、フランス2030の投資計画をプレゼンテーションするフランスのエマニュエル・マクロン大統領。この投資計画のなかで、小型モジュール炉(SMR)導入の推進を表明した。

Ludovic Marin/Pool via Reuters

もともと原発大国として知られるフランスにとって、原子力産業はまさに文字通りの「お家芸」だ。フランスのみならず世界最大の原子力産業企業でもあるオラノ(Orano)が、当然、マクロン大統領が表明したSMR(小型モジュール炉)やEPRの建設を担うことになる。オラノに関しては、旧称であるアレヴァ(Areva)の方が良く知られた名前だろう。

アレヴァは元々、フランス政府系の原子炉メーカーであるフラトマムとドイツの総合電機大手シーメンスの原子力部門が統合してできた複合企業体であり、フランス電力(EDF)から原発の受注を独占してきた。一時は原発プラントの輸出でも名を馳せたが、フィンランドでのEPR事業の失敗などから、次第に多額の損失を計上するようになった。

アレヴァ

REUTERS/Philippe Wojazer

2011年には東日本大震災に伴い、福島第一原子力発電所事故が発生し、原子力産業全体の経営環境が悪化した。

最大の顧客であるEDFとの対立もあって、アレヴァは2015年に国有化され、経営再建プロセスに入ることになった。2018年2月にオラノとして再出発したが、引き続きフランス政府の強い管理下にある、典型的な国営企業である。

マクロン大統領が「フランス2030」の中に直接盛り込まなかったEPRは、オラノの前身であるアレヴァがかつて中心となって開発したものだ。EPRの新設を前面に押し出せば、それはオラノに対する産業支援に他ならないと、フランス内外で批判に晒されてしまう恐れがある。その意味では、SMRに拘る方が確かにイメージは良いだろう。

それに世界では今、多くの国がSMRの開発にしのぎを削っている。

オラノとしても、またそのオーナーであるフランス政府としても、原子力産業の新しい動きに後れを取るわけにはいかない。脱炭素化の潮流を追い風に、マクロン大統領は「フランス2030」を通じて、原子力産業の実質的な支援に乗り出したわけである。

大統領選を見据えた保守派への配慮

原子力発電所1

現在のマクロン大統領の経済観からは、フランスに伝統的な国家介入主義(ディリジスム)的であり、ドゴール主義(ゴーリズム※)的な性格が強く窺える。

就任当初、大統領は硬直的な労働市場改革など新自由主義的な経済政策を提唱していたが、彼が大転換を果たした背景には、来年の大統領選を見据えた保守派の有権者に対する配慮があるのだろう。

フランスでは今、2022年4月の大統領選を控え、選挙ムードが盛り上がっている。

大統領選はこれまでどおり「二回投票制」で行われ、4月10日の第一回目の投票で候補が上位2名まで絞られ、24日の決選投票で大統領が選ばれる予定である。まだ出馬を表明していないマクロン大統領だが、続投を狙うというのが有力な見方だ。

各政党は続々と大統領候補を擁立している。

名実ともにマクロン大統領の最大のライバルである極右政党・国民連合のマリーヌ・ルペン党首は、今回も早々に出馬を表明した。しかし国民連合の「世俗化」を嫌う保守強硬派がフィガロ紙の元政治記者、エリック・ゼムール氏に期待を寄せるなど、これまでとは違う流れが出てきている。

また中道右派の有力政党である共和党の場合、ミシェル・バルニエ氏ら6名が名乗りを上げており、候補者がまだ一本化されていない状態にある。

保守派の候補が乱立してまとまりを欠く中で、自身の人気も低迷しているマクロン大統領がこの「原発返り」の動きを通じて、自ら保守派にアプローチを仕掛けている点は見逃せない。

フランスの保守派の中には、伝統的にディリジスムやゴーリズムの思想に対する支持が根強い。そうした人々にとって、国際競争力がある国策産業をフランスで育成することは正に悲願である。それに保守派の中には原発推進派が多いことも確かだ。つまるところ「原発返り」は、保守派の有権者に対して格好のアピールになるわけだ。

ゴーリズム:第18代フランス大統領シャルル・ド・ゴールの愛国主義的政治思想。経済統制による開発を肯定している。

気候変動対策めぐる利害と思惑

脱炭素化などの気候変動対策は、既に国際政治そのものになっている。

10月末には、英国はスコットランドのグラスゴーでCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催される。ホスト国である英国のジョンソン首相はその面子をかけ、洋上風力発電やゼロカーボン倉庫の建設に向けた野心的な投資計画を矢継ぎ早に公表した。

このタイミングでマクロン大統領が「フランス2030」を公表したのは、そうした英国に対する強い対抗意識があるからだろう。盟友ドイツは依然として組閣協議が続いており、退任が決定しているメルケル首相では強いメッセージを発することができない。欧州連合(EU)の盟主として英国に太刀打ちできるのは、今はフランスだけだ。

同時に、この「フランス2030」の中で述べられているSMR建設計画は、フランスの、そしてマクロン大統領が掲げる事情が色濃く反映されている。長期を見据える気候変動対策であるからこそ、さまざまな利害や思惑の坩堝(るつぼ)と化している。だからこそ、気候変動対策は紆余曲折を経ることになるのではないだろうか。

とはいえ、そうした紆余曲折は必ずしも悪いことではない。

物事を進める際には、適宜見直しのステップが要るものだ。問題は、そうした見直しの際に弾力的な意思決定をできるかどうかにある。

山頂を目指すにしても、天候や地形に応じてルートを変えることはごく自然なことだ。それに、無事に下山できなければ意味がない。

(文・土田陽介


土田陽介:2005年一橋大経卒、2006年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。

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