REUTERS/Brendan McDermid
いま最も重要なグローバルイシューの一つは、間違いなく気候変動と温暖化対策でしょう。その流れを追い風に業績を伸ばしているのが、イーロン・マスク率いる電気自動車(EV)メーカー、テスラモーターズ(以下、テスラ)です。
テスラの株価は2020年の1年間で8倍にも伸びており(前回参照)、本稿執筆時点の時価総額は90兆円以上です(編集部注:テスラの時価総額は2021年10月25日に1兆ドル(約113兆円)を超えた)。
90兆円超と言えば、日本人にも馴染みの深い国内・アメリカ・ヨーロッパの伝統的な主要自動車メーカー時価総額上位7社の合計よりも大きい額。いくら「脱炭素化」への世界的トレンドの後押しがあるとはいえ、マーケットはなぜこれほどまでにテスラを高く評価しているのでしょうか?
(注)ステランティスはPSAとフィアット・クライスラー・オートモービルズが合併して生まれた多国籍自動車メーカー。
(出所)2021年10月12日時点の株価をもとに各社の時価総額を筆者算出。
その理由は、自動車業界にこれから起こる2つの地殻変動に着目することで浮かび上がる——これが前回お話しした内容です。
第1の地殻変動とは「脱炭素化」。脱炭素を進めるためにはディーゼル車からEV車への移行が欠かせないので、テスラにとってはまたとないチャンスです。
では次に、これから自動車業界に起こるであろう第2の地殻変動、「コネクテッド」とは何でしょうか? 本稿はここから話を進めていくことにします。
第2の地殻変動:コネクテッドにおけるテスラの強み
ここ最近、自動車業界の未来を読み解くうえで「CASE」という言葉が注目されています。CASEとは次の4つの頭文字をとったもので、コネクテッド(C)が実現することで、自動車の自動化(A)、シェアリング(S)、電動化(E)が機能するという考え方です。
- Connected(コネクトテッド)
- Autonomous(自動化)
- Shared(シェアリング)、Service(サービス)
- Electric(電動化)
2000年以降、PCなどIT機器の製造業の多くは垂直統合のモデルからグローバルでの水平分業の体制へと変わり、それに伴ってモジュール化での生産が中心となってきました。その典型例がアップルの製品です。また、ソフトウェアの進化とともにSaaSやシェアリングといった動きも台頭してきています。
自動車業界はこれまで、こうした変化を経験せず垂直統合の構造のままでしたが、今後は水平分業、モジュール化、そしてシェアリングを活用した動きがますます活発化していくでしょう。これこそがまさにCASEの意味するところであり、その動きを他社に先駆けていち早く捉えているのがテスラなのです。
では、CASEのC(コネクテッド)によって、EVではどんなことが可能になるのでしょうか?
ここで参考になるのがスマートフォンです。スマホでは、OSが定期的にアップデートされたり、アプリを通じてさまざまなサービスが受けられますよね。フリーミアムモデルで機能が制限されている場合でも、課金をすることで追加機能が利用できるようになります。
EVも、基本的にはこれと同じようなことができます。つまり、EVを購入した後でも、事後的に機能をアップデート可能になるのです。
例えばテスラ車では、インフォメーション(情報)とエンターテインメント(娯楽)を組み合わせたインフォテインメント機能を事後的にアップグレードすることができます。
しかも、事後的にアップグレードできるのはこうしたソフト面だけではありません。バッテリーの容量や暖房シートの実装など、テスラ車はハード面のアップグレードでさえもできてしまいます。
なぜそんなことが可能なのか。原理は簡単で、例えば低価格モデルの「Model S 60」には、高価格モデルである「Model S 75」に搭載されているのと同じバッテリーが最初から搭載されています。ただし、低価格モデルではバッテリー容量が20%に抑えられるよう、ソフトウェアで調整されているのです。暖房シートへのアップグレードも同様です。低価格モデルにももともと暖房シートが組み込まれていて、利用制限がかかっているだけなのです。
こうしたしくみによってはるかにシンプル化した生産ラインは、サプライチェーンに大きな影響を与えます。1つのラインでEVを量産し、容量の制限を変更するだけで、低価格モデルにも高価格モデルにもなりえるからです。
つまり、従来の自動車メーカーと比べると、テスラは飛躍的に高い生産効率でEVをつくれることになります。それだけでなく、EVを販売した後も、顧客がソフト、ハードのアップグレードを望めばそこから追加的に収益を上げられるというわけです。
減価償却費が大きい企業はEBITDAで実態把握
ここまで読み進めたところで、もしかしたらこんなふうに思っている方もいらっしゃるかもしれません。
「EV販売後にも収益機会があるのは分かったけれど、テスラが黒字化したのはごく最近のこと。しかもその大半は規制クレジット(前回参照)によるものだ。本当にテスラはこの先も儲けることができるのだろうか?」
確かにテスラはこれまで、当期純利益ベースでは赤字続きでした。しかし、本当に見るべきは当期純利益なのでしょうか?
例えばこの連載の第49〜50回で取り上げたアマゾンは、業績は赤字であっても継続的にキャッシュフローを生んでいました。では、テスラはどうでしょうか?
こんなときに便利なのが「EBITDA(イービッドディーエー/イービットダー)」と呼ばれる指標です。EBITDAとはEarnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortizationの略。初めて耳にする方には長たらしくてちんぷんかんぷんかもしれませんが、それぞれの単語を翻訳すると、意味するところがお分かりいただけるはずです(図表3)。
つまりEBITDAとは「金利、税金、減価償却、無形固定資産の償却を控除する前の利益」を表しており、EBITDAを見ることによって企業が生み出す本質的なキャッシュフローの源泉を知ることができます。製造業のように減価償却費が大きい企業や、固定資産に多額の投資をしている企業を分析する際によく用いられる指標です。
EBITDAの計算式も覚えておきましょう。先述のとおりEBITDAは「金利」「税金」「減価償却」「無形固定資産の償却」の4つを控除する前の利益を指しますが、営業利益の時点ですでに減価償却と無形固定資産は差し引かれ、残りの2つ(金利は営業外損益にて、税金は税引後当期純利益にて)は差し引かれる前ですから、以下のようなシンプルな式でEBITDAを計算することができます。
EBITDA = 営業利益 + 減価償却(※1)
日本の会計基準では、利益は売上総利益、営業利益、経常利益、税引前当期純利益、税引後当期純利益と5種類あります。そこにEBITDAの立ち位置を書き入れると、図表4のようになります。
なお、減価償却費はキャッシュアウト(資金流出)を伴わない費用です。そのため、仮に営業赤字であったとしても、減価償却費用が多額に計上されたことが原因で営業赤字になったのであれば(=仮に減価償却費がなければ営業黒字になるのなら)、実際にはキャッシュは手元に残ることになります。
例えば、物流を含めた固定資産に巨額の投資をしているアマゾンならこんな具合です(図表5)。営業利益とEBITDAには大きな差があることが分かりますね。
(出所)AMAZON.COM, INC. FORM 10-Kより筆者作成。
では本題に戻って、今度はテスラのEBITDAを見てみましょう(※2)。
(出所)Tesla, Inc., Quaterly Disclosureをもとに筆者作成。
図表6の通り、テスラのEBITDAは過去5年間で常にプラスです。しかも、EBITDA/売上高(売上高に占めるEBITDAの割合)は2017年以外、10%を超えています。もちろんここには規制クレジット(以下、クレジット)による貢献分も含まれていますが、売上高に占める割合はわずか5%程度。例えば2020年のEBITDA/売上高は18.4%ですから、クレジット5%を差し引いても13%以上のEBITDA/売上高を確保している計算になります。
つまりテスラは、本業が生み出すキャッシュフローにおいて、実態としてはすでに長年にわたって十分な黒字を出し続けているというわけです。
ではなぜテスラは2019年度まで最終赤字だったのかというと、ひとえに減価償却費が大きいからです。2019年度の例で言うと、太陽光発電、工場、土地建物、無形固定資産などの減価償却費が約22億ドル計上されており、これは売上高の約8.8%に相当します(※3)。
会計上は、利益を上回る減価償却費が計上されれば赤字になってしまいます。しかし、減価償却費とはあくまで過去の投資額の按分であって、キャッシュアウトを伴う費用ではありません。したがって、テスラのように減価償却費の大きい企業の本質的な収益力を見抜くには、営業利益や当期純利益ではなく、EBITDAを把握することが重要なのです。
ちなみに、トヨタの2021年3月期のEBITDA/売上高は、自動車等セグメントで10.5%、連結では14.1%です。テスラのそれは18.4%ですから、「乾いた雑巾を絞る」と言われるほど合理化を進めているトヨタの自動車等セグメントと比較して1.7倍以上、連結と比較して1.3倍以上高いことが分かります。この収益性の高さは驚異的ですね。
今後EV市場が拡大すればするほどテスラには「規模の経済」が働きますから、その分コスト削減が期待できます。さらに先述した、ソフトとハードのアップデートを通じた顧客からの継続的な課金もあります。
スマホが社会の構造を変えたように、EVも社会の構造を変えるポテンシャルを持っています。そのトップランナーであるテスラ車はさしずめ、2007年に初お目見えしたiPhoneのようなものかもしれません。
まだガラケーやブラックベリーが主流だったところへiPhoneが登場したことで、10年後の社会はどうなったでしょうか。同様にガソリン車からEVへ、これから起こるであろう変化を想像すれば、テスラの「PER 1084倍」という驚きの数値に表れている株式市場の期待の高さも、あながち行きすぎとは言えないのではないでしょうか。
テスラにはすべての要素で追い風が吹いている
この連載の第51回でお話ししたように、企業価値は究極的には「将来生み出すキャッシュフロー」と「割引率」の2つによって決まります。そして、将来生み出すキャッシュフローは「売上の成長」と「投下した資産から生み出される利益構造」から構成されます。
(出所)マッキンゼー・アンド・カンパニー『企業価値評価 第6版』(ダイヤモンド社、2016年)を参考に筆者作成。
これらをテスラに当てはめてみると、テスラには企業価値を構成する要素すべてにおいて追い風が吹いていることに気づきます。
- キャッシュフロー:キャッシュフローの構成要素となる「売上の成長」と「投下した資産から生み出される利益構造」は後述するようにともに高く、将来生み出すと予想されるキャッシュフローは大きいと考えられる。
- 割引率:テスラはクレジットで大きな収益を上げていることからも分かるとおり、気候変動リスクに十分に対応できており、リスクを表す割引率は他の自動車メーカーよりも低いと考えられる。
- 売上の成長:「脱炭素化」「コネクテッド」という2つの地殻変動により、今後テスラの売上はさらに増加していくことが見込まれる。実際、テスラの2021年12月期第2四半期の売上高の伸び率は前年比98%増と、2倍近く増えている。
- 投下した資産から生み出される利益構造:テスラのEBITDAは18%と、トヨタはじめ他の自動車メーカーよりも高い。
テスラはすでに、気候変動とテクノロジーの進展がもたらす社会の来たるべき大変化に向けて準備万端の態勢で臨んでいます。あとはいかにスケールさせていくかです。
既存の自動車メーカーが今後、サプライチェーンをはじめ過去に築いてきたレガシーの大変革を迫られることを考えれば、テスラは圧倒的な先行者利益を手にしていると言えるでしょう。
テスラが見据える未来のカタチとは
「私は、トヨタを『自動車をつくる会社』から、『モビリティカンパニー』にモデルチェンジすることを決断しました。すなわち、世界中の人々の『移動』に関わるあらゆるサービスを提供する会社になるということです」(※4)
これはトヨタの豊田章男社長の2018年の発表内容です。
経営学では事業を展開する領域のことを「事業ドメイン」と呼びます。この豊田社長の発表はまさに、トヨタが「自動車をつくる会社」から「モビリティカンパニー」へと、事業ドメインを変えた瞬間でした。
他の自動車メーカーも見てみましょう。フォードのホームページには「Our Purpose」として、次のことが書かれています。
We are here for one purpose, to help build a better world, where every person is free to move and pursue their dreams.(※5)
私たちは、すべての人が自由に移動でき、夢を追いかけることができる、より良い世界を築くお手伝いをいたします。
このように、フォードでもキーワードは「移動」です。そして、フォードの事業ドメインもやはり移動であることが分かります。
では、テスラの事業ドメインはどうでしょうか? 同じように「移動」でしょうか、あるいは「電気自動車」でしょうか。
実はどちらも違います。2006年時点のマスタープランに、テスラはこんなふうに記しています。
「ご存知のように、テスラモーターズの最初の製品は、テスラ ロードスターというハイパフォーマンス電動スポーツカーです。しかしながら、私たちが長期的には、手頃な価格のファミリーカーを含む様々なモデルを生産しようと計画していることをご存知でない方も少なくはないでしょう。
なぜこのような計画を立てているかというと、テスラモーターズの包括的な目的(そして私がこの会社に出資している理由)が、採掘しては燃やす炭化水素社会から、私が主要な持続可能ソリューションの1つであると考えるソーラー発電社会へのシフトを加速することだからです」(※6)
ここからもお分かりのように、もともとテスラは「炭化水素社会からソーラー発電社会へのシフト」をミッションとしており、これこそが事業ドメインの起点になっています。その実現のために不可欠なもの、それがEVなのです。
この考えは現在、さらにアップデートされています。テスラのホームページにはこんなことが書かれています。
Tesla’s mission is to accelerate the world’s transition to sustainable energy.(※7)
テスラのミッションは、世界の持続可能エネルギーへの移行を加速させることです。
このようにモビリティ(移動)ではなく、エネルギーに重心を置いているのがテスラなのです。
つまり、テスラにとっては持続可能エネルギーへの世界的な移行が本命であり、電気自動車さえも持続可能エネルギーへ移行するための手段だということです。
そう考えると、テスラが排出量取引で大きな収益を上げていることも同じく手段であり、テスラのミッションとも合致していることが分かります。
他にもテスラは「Powerwall」という家庭用蓄電池を販売しています。これは家庭での太陽光発電で得られた電気を蓄電できる装置で、アメリカはもちろんすでに日本にも導入されており、世界で20万台以上を設置することに成功しています(※8)。テスラのミッションを知らなければ、EVメーカーであるテスラがなぜ家庭用蓄電池を?と疑問に思うところですが、同社のミッションを踏まえればそれも納得です。
今後私たちの生活の中で、電気自動車はどのくらい普及していくのでしょうか。そして電気自動車が普及した未来には、テスラが目指す持続可能なエネルギー社会は本当に実現するのでしょうか。
PCやスマホが社会や経済の景色を一変させたような大変化を、私たちは遠くない将来にもう一度経験することになるのかもしれません。
そのとき、テスラとその他の自動車メーカーはどんな競争を繰り広げているのか——この業界からはしばらく目が離せそうにありません。
※1 減価償却費には、無形固定資産の償却費も含みます。
※2 テスラの決算書(FORM 10k)にAdjusted EBITDAが掲載されています。定義は以下のとおりです。なおテスラでは、Adjusted EBITDA を計算する際、stock-based compensation(株式報酬型 ストックオプション)も控除前利益として考慮に入れられています。
「Adjusted EBITDA is defined as net income (loss) attributable to common stockholders before interest expense, provision (benefit) for income taxes, depreciation and amortization and stock-based compensation.」
ちなみに、図表5のグラフは上記Adjusted EBITDAを採用しています。
※3 この減価償却費に加えて、以下に記載の通り、株式型ストックオプション報酬838百万ドルがEBITDAに足し戻されて計算されています。「We recorded stock-based compensation expense of $838 million in the year ended December 31, 2020 for the 2018 CEO Performance Award compared to $296 million in the prior year.」
※4 トヨタ「アニュアルレポート2018 社長メッセージ」。
※5 フォードHPより。
※6 テスラモーターズ「テスラモーターズ秘密のマスタープラン(ここだけの話です)」2006年8月2日。
※7 テスラモーターズ「世界を持続可能なエネルギーへ。」より。
※8 テスラ公式Twitterより。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。