先月のある午後、新卒で入社したばかりの20代の同僚2人とオフィスの食堂で話をしていた。フレーバー付き炭酸水を飲みつつ、上司の噂話をしたり、業務で起こったおもしろかったこと・イヤなことの話で盛り上がったり、自分が会社のトップだったらこうするのに、といった、同僚同士の会話にはよくある内容だ。
何の変哲もない会話だったが、これが2021年となると、同僚と一緒にいるということ自体がかなりレアな状況だったといえる。私はリモート勤務をしており、他の2人も常時オフィス勤務をしているわけではない。コロナ禍が収束に向かう中で多くの会社がそうしているように、いつ出社するのかということについて、会社は社員に任せてくれている。
「金曜に体を引きずるように出社する、というのが想像できません」と1人が言った。もちろんそう思っているのは彼女だけではない。コロナ禍に関する世論調査のHarris Covid Trackerによれば、Z世代(1990年代中盤以降に生まれた世代)の85%が、リモート勤務ができることを希望すると言っているのだ。
私は笑って、自分が彼女たちと同年代だった頃の話をした。ちなみに私は40代。出社しないという選択肢はなかった。たわいもない会話だったが、考えさせられた。オフィスという空間で過ごす時間、そしてそこで今までつくられてきた人間関係がなくなっていく時代に社会人になるとは、とても奇妙な感覚なのではないかと。
私が社会人になって経験した最初の仕事とその次の仕事で得られたものは、仕事そのものというよりも、社会人として他の人とうまくやるにはどうしたらいいかということの方が大きかった。そう大昔のことでもないが、家以外で一番長い時間を過ごしていたのが職場だったのだ。人間関係をつくって深め、その人間関係を通して成長できる機会を一番得られるところだった。
しかし今は、在宅勤務でそういった機会は消えてしまった。休憩スペースで同僚と会話したり、会議の合間やランチを食べながらおしゃべりしたり、仕事終わりに飲みに行って話すこともない。専門家によれば、まだ大人になる途中であるZ世代が、このことに一番打撃を受けるかもしれないというのだ。
リモート勤務する若手にとって、年長のベテランから仕事の要領を教えてもらえる機会が失われたという嘆きはよく聞く一方で、彼らの人間的な成長についてはあまり話題にのぼらない、と『Growing Up at Work(未訳:職場で大人になる)』を最近出版したヤエル・シヴィ(Yael Sivi)は言う。「職場は個人が成長する場所なのです」
他の人と机を並べて働くことで、人間関係がうまく行かないときにどう解決するか、といった他では得られない対人スキルを身につけることができる。こういった学びは仕事面で役立つだけでなく、よりよい友人・パートナー・親になること、またよりよい社会の一員になることにもつながる、とシヴィは言う。
Z世代は身勝手で社会不適合になる、ということを言いたいわけではない(言っておくが、Z世代の私の同僚は素晴らしい。賢くて活発で熱心だ。そしてハッとさせられるほど若い)。セラピストであり、エグゼクティブ・コーチングとしての顔も持つシヴィは言う。
「今の職場環境、バーチャル環境であっても若者が成長することは可能です。ただかなり意識的にならないといけません。自分を広げ成熟させる機会を意識的に求めていく必要があります」
毎日出社することで、人間としての学びになる
感情的、身体的、また生物学的な急成長期である思春期は、9歳とかなり早い時期から始まり、25歳くらいで終わる。思春期についての著書もある精神分析医のエリカ・コミサール(Erica Komisar)によると、この時期は脳の発達に2番目に重要な時期(最も重要なのは0〜3歳)だという。「大人の脳へと発達していくにあたり、変化、整理、選択が行われるのです」
この脳の発達には、環境や社会的なやりとりが大きく寄与するのだという。
「職場においては、自分が一番ではありません。自分より上の人とのやりとりや、思い通りにいかない時に感情をコントロールできるようにならなくてはいけません。
困難やストレスへの耐性を養ったり、衝動をコントロールできるようになったり、共感する能力や相手の意図を察する力を習得したり……成熟した人間に求められる要素ですね。要はアイデンティティの形成です。
でも自分の部屋で一人ぼっちで仕事をしていると、そういったスキルを身につけられません」
私は20代でかなり成長した。もちろん、家賃を払ったり自分で洗濯したり、自活するうえでの現実もその一因ではあった。ただ、毎日会社に行ってさまざまな年齢層・経歴・意見の人たちと毎週40時間以上を過ごしてきたことの方が大きい。直に経験したことは身につく。
Slackで30代と40代の同僚にも聞いてみたが、同意見だった。内容はさまざまだったが、「オフィスに毎日行くことで、人として勉強になる」というテーマは同じだった。
「親と同世代の同僚2人がひどい喧嘩を始めたから割って入ったことがあるよ」
「最初の仕事を始めて1年経って、大嫌いだった人が私が欲しかったポジションに昇進したんだ。その日の午後は涙をこらえるのに必死だった」
「最初の上司がイヤな人で、みんなが距離を置いていた。先輩たちがその人とどう接するのかを見て、相手を尊重する姿勢を見せつつしっかりと線引きをするにはどうすればいいのか学んだんだ」
職場で身につけられるのは、仕事の仕方だけではない。
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「職場とは、競争と友情が混ざり合う奇妙な場所だ」と言うグレンダ・D・ショー(Glenda D. Shaw)は、著書の『Better You, Better Friends(未訳:よりよいあなた、よりよい友)』で、職場での人間関係について一章割いている。
「信頼できる人もいれば、警戒しなければいけない人もいるでしょう。ありのままの自分でいられる相手もいれば、本当の自分を隠さないといけない相手もいる。また、誰が信頼できて誰が利己的なのか、時にはつらい方法で、知ることもあります」
Zoom上でこうした経験をすることは可能だが、自然にできるものではない。他の人と物理的に一緒にいることが大きな意味を持つことがあるのだ。ショーはこう記している。
「本当なら対立やコミュニケーションの問題を解決しなければならないときに、リモート勤務だと、その場から消えたり、特定の人を避けたりすることがあまりにも簡単にできてしまうのです」
職場の人間関係を意識的に築くには
もちろん、オフィスとは個人が悟りを開くような神秘的な場所、というわけではない。また、一部のアメリカ企業の経営者が言っていることとは裏腹に、創造性やイノベーションという面ではあまり望ましくない場所とも言える。
さらに、フレキシブルに公私のバランスを変えられるかが重視されるようになり、それにはきちんとした根拠がある。社員に勤務時間、勤務地、勤務方法の裁量を与えると、仕事の満足度・やる気・生産性が上がるということをさまざまな研究が示しているのだ。
ただ個人の成長という意味では、リモート勤務による意図しない影響が特に若い人に出てくるかもしれない、と、ジョージタウン大学マクドノー・ビジネススクールのジャニン・ターナー教授(Jeanine Turner)は言う。
「自分が何を逃しているかすら認識していないわけですから、20代の人にとっては大ごとです。失われているものが何か分からないのに、それを積極的に求めようとするのは困難です」
ではZ世代はどうしたらいいのか? 仕事での人間関係の構築を意識することだとターナー教授は言う。さまざまな部署の社員に自分からコンタクトをとり、可能であれば対面で同僚と過ごせる時間をなんとかつくる。違う部署の人とでも、共有ワークスペースにいることで大きな学びになる体験や会話が生まれることがある。
また、気まずい状況でも逃げたくなる気持ちに負けないことが必要だと、教授は言う。「イライラさせられる人と会いたくない、やりづらい相手は避けたいと、人間は何をしたくないかで行動を決めてしまいがちです。だからメールで済ませようとしたり会議でもカメラはオフにしたりする。でも本当は、そういった難しい状況や対話を乗り越えてこそ人間は成長できるのです」
コミュニケーションを効率的にすることや、誰かと接したくないという気持ちを優先して近視眼的な決断をすることが、長期的に大きな差になってくることを認識するように、とターナー教授は言う。
「自分が組織に対してどれほど影響力を持てるかは、構築する人間関係次第なのです」
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)