撮影:今村拓馬
「そんな子どものオモチャみたいなの、誰が乗るの」
Luup社長の岡井大輝(28)が新時代の交通インフラを担うモビリティとして電動キックボードを提案したときの反応は、大抵冷たいものだった。
省庁や国会議員にデータを見せながら、「公共交通機関で市民の生活を支える前提は崩れる。市民が自力で移動できるインフラを新たに設計しなければ、人口減少社会を乗り越えられない」と力説しても、けんもほろろ。窓口に連絡をしたきり、そこから先に話が進まない。ようやく会えたとしても、「オモチャ」扱いで本気にされない。
「考えてみれば当然なんですよね。決裁者は自転車にも長らく乗っていない世代の方がほとんどでしたし、若くて実績のない僕らが信用されないのは仕方ないよなと」(岡井)
日本各地30カ所で実証実験
沖縄県宜野湾市で行われた実証実験の様子。東京都心部だけでなく、観光地でも実験は行われた。
提供:Luup
岡井が取った策はLuupが描く未来を説明することで主語を広げるというものだった。
「自分たちだけが『必要です』と言い続けても、聞く耳を持ってもらえない。日本国民が必要性を感じていると証明することが近道だと考えました」
その具体的行動が、日本各地30カ所以上で行ってきた実証実験だ。公道での実証実験を始めるには、まずは私有地を使って安全性を確かめる必要があった。そこで、自社開発の電動キックボードを持ち込み、各地の住民が実際に乗って生活の足としての利便性を体感できる機会をつくっていったのだ。そのステップはかなり泥臭い。
「どうやったら安全性を検証できるかを警察庁・国交省と相談しながら方法を決めるのですが、とにかくこれ以上細分化できないというシンプルな条件まで落とし込んでから、一つひとつ証明していきました」
まずは公園の敷地内にコーンを置いて半径5メートルほどの距離を進むだけ。それで事故が起きないと確認されたら、コーンの数を増やして半径10メートルに。さらに、公園の全区域でも安全に乗れることが確認されたたら、大学の敷地内など「私有地だが擬似的な公道の環境がある場所」で。そして、ようやく公道での実証実験が認められる。これを全ての対象地域で繰り返してきた。
「仮に『なんでいきなりやったんだ』と指摘されたとしても、『一つ前に、こういうステップを踏んで安全性が確認されたからですよ』と説明できることが大事。誰の目から見ても、これ以上ないくらい徹底して石橋を叩くプロセスを踏んで、関わる行政や警察の方々が批判されることのないように慎重に進めてきました。日本で新しいことを始めるときには絶対に必要な作法だと思っていたので」
2019年4月に発表した全国5自治体との連携協定でLuupへの注目は一気に高まった。
提供:Luup
実証実験に踏み出すターニングポイントとなったのは、2019年4月に発表した全国5自治体(静岡県浜松市、奈良県奈良市、三重県四日市市、東京都多摩市、埼玉県横瀬町)との連携協定。
高齢化が進むベッドタウンや観光都市など、特徴の異なる自治体の首長が東京に集まって一斉に記者会見したシーンは、「短距離移動のインフラになる新しいモビリティが広がることは、日本全体の価値向上に寄与する」というテーマの有用性を可視化した。提携のねらいについて、浜松市の鈴木康友市長は当時このように語っている。
「政令指定都市でありながら、広大な市域に都市部と中山間地を抱え、バス路線の廃止などによって移動手段の確保が課題となっている。今回の実証実験が国内外からの観光誘客、市民の交通利便性の向上につながればと考えています」
もう一つ、連携協定によって証明できたのが「組織としての信用」だ。通常は大企業と結ぶことが多い連携協定の相手にLuupを認めた自治体が少なくとも5つある。この事実によって、「一定の契約を形に残してもいい」と思わせる最低限の信用がある会社というお墨付きを得られた。
CM競争するならユーザーに還元したい
岡井が会長を務めるマイクロモビリティ推進協議会のコロナ前の様子。週に1度の定例は欠かせない。
提供:Luup
同時に進めていたのが、業界団体の設立準備だ。mobby ride、EXxなど同業他社に声をかけ、マイクロモビリティ推進協議会を立ち上げた。今では長谷川工業や、Birdなども協議会に参画している。「規制が緩和されるまでは協力し合って、一緒に市場を大きくしよう。大きい市場で、大きく競争できるように、今は足並みを揃えよう」と旗振り役となったのは岡井だ。
2019年の立ち上げから2年、協議会全企業との週に1回のミーティングを欠かさず続けている。省庁との対話を共有し、意思決定は協議会メンバーの承諾を得ながら丁寧に。公平性が大事だ。
「僕らの目的は、新時代の交通インフラをつくることであり人類の前進なので、一人勝ちしようという考えはないです。みんなで盛り上げて、いい意味での競争をすればいいと思っていて。
投資が分散するよりも、同じ目的を持ったプレイヤーが結集するほうが、経済合理性は高いですよね。ほぼ同じサービスを展開している競合がお互いにCM競争しているお金って、無駄じゃないかなと思うことがあって。インフラを目指すなら、もっとユーザーに還元できるお金の使い方を僕はしたい」
自治体との連携。同業者との連携。この“つながる力”こそが、岡井の最大の強みなのだろう。さざなみを大きな波へと変え、小さな乗り物の存在感を高めていった。
波は、国にも到達した。2021年4月には、経産省による「新事業特例制度」を使った電動キックボードの実証実験をスタートし、国内で初めて「ヘルメットなし」「自転車レーンや車道の一部での走行」が認められた。これは従来の「原付」ではなく「特殊小型自動車」(時速15km制限)の扱いになったことによる変化だ。
マナー違反や違法キックボードの横行も
ナンバープレートをつけない電動キックボードの公道使用は違法なだけでなく、事故の際に自賠責保険も適用されないなど、リスクも高い(写真はイメージです)。
Herrndorff image / Shutterstock.com
急速な普及が進む半面で、一部の利用者のマナー違反にも頭を抱えている。その機体がLuupのものでなかったとしても、代表企業として批判の目を浴びることもある。
運行状況はGPSで追い、悪質なユーザーに対して利用制限をかけることもできるが、全ての法令違反行為に対して直接指導できる立場にはない。警察の協力のもとで安全運転講習会を実施するなど、事業者としてできる手は考えうる限り打ちながらも、新しい交通インフラに対する社会全体のマナーリテラシーをいかに上げていくかも課題だ。やるべきことは山積している。
「忘れてはいけないのは、全てはより安全でより便利なプロダクトを届けるための活動であるということ。決してロビーイングの会社になってはいけない。規制を適正化した結果、誰の役にも立たないプロダクトを売りつけるのでは本末転倒なので。主従を見失わず、誠実にものづくりをすることが大事なのだと、最近強く感じています」
(▼敬称略、第4回に続く)
(▼第1回はこちら)
(文・宮本恵理子、写真・今村拓馬)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。