出典:Neste
世界で排出される二酸化炭素のうち、最も排出量が多いのは、発電事業由来のものです。
だからこそ今、再生可能エネルギーなどの非化石燃料を利用した発電方法への移行が世界中で進んでいます。日本でも、エネルギー政策が脱炭素戦略の1丁目1番地と言われているのはそのためです。
しかし、本当にカーボンニュートラルを目指すには、すべての分野で脱炭素化を進めていかなければなりません。
世界の二酸化炭素排出量と運輸部門の内訳。
出典:NEDO技術戦略研究センターレポ ートTSC Foresight Vol.37
世界で2番目に二酸化炭素を排出している領域は「運輸」。
自動車やトラック、船、鉄道に飛行機と、あらゆる乗り物を動かすには「燃料」が必要です。
運輸部門の約半数を占める普通自動車ではEV化が進んでいるものの、重機はもちろん、船や航空機など、燃料を必要としている乗り物は他にもあります。そう簡単に電動化できない業界でも脱炭素を進めていく上で、重要な位置づけとなっているのが「バイオ燃料」です。
とりわけ航空業界では、ヨーロッパを中心に電車などでも行ける近距離への移動に航空機を利用することが「飛び恥」と批判されています。
ICAO(国際民間航空機関)やIATA(国際航空運送協会)では、2050年までに2005年と比較して二酸化炭素の排出量を半減させることを目標として掲げています。その実現に向けて、「持続可能な代替航空燃料」(SAF:Sustainable Aviation Fuel)である、バイオジェット燃料への移行を加速させようとしています。
9月にはアメリカのバイデン政権が、2050年までに航空部門(軍事・非軍事双方)で使用される燃料を全てSAFにする目標を発表しています。
そこで10月の「サイエンス思考」では、脱炭素戦略で欠かせない「バイオ燃料」の基本や、日本国内でも注目が高まってきた「バイオジェット燃料」について、エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の技術戦略研究センターレポートをもとに、紐解いていきます。
二酸化炭素の排出量を「差し引きゼロ」にするバイオ燃料
トラックに積み込まれるサトウキビ。
REUTERS/Paulo Whitaker PW/JJ
バイオ燃料は、サトウキビやトウモロコシなどの植物やミドリムシなどの微細藻類など、さまざまな生物資源(バイオマス)から作られた燃料の総称です。
勘違いされることもありますが、バイオ燃料であっても、燃焼させた際には化石燃料と同様に二酸化炭素が排出されます。
ただし、原料が植物の場合、燃焼させたときに発生する二酸化炭素の量が、その植物が成長する過程で光合成をして吸収してきた二酸化炭素の量と相殺されることから、二酸化炭素の排出量は「差し引きゼロ」(カーボンニュートラル)と考えられます。
もちろん、バイオ燃料を製造したり、輸送したりする過程でもエネルギーを消費するため、すべての工程を踏まえると、二酸化炭素の排出量を完全にゼロにすることはできないかもしれません。
しかしそれでも、地下深くから掘り出した化石燃料を大量消費し、大気中の二酸化炭素濃度をどんどん高め続けてきた現状を考えると、バイオ燃料の利用はこれ以上の地球温暖化を抑制するためには非常に重要な手段だといえます。
3つのバイオ燃料
出典:NEDO技術戦略研究センターレポ ートTSC Foresight Vol.37
「バイオ燃料」は、その原料に応じて「第1世代」「第2世代」そして「次世代」という3つのカテゴリに分けて考えることができます。
第1世代のバイオ燃料は、サトウキビやトウモロコシなど、食料としての需要もある原料を使って製造された燃料です。世界を見渡せば、すでにガソリンや軽油などの代替燃料として導入が進んでいるといいます。
ただし、第1世代のバイオ燃料は、食べられる植物を原料としているという点が批判的に見られることがあります。
この先、世界的に人口が増加していくことが予測されている中で、食糧生産と競合するような燃料を利用することは、世界の食糧不足・食料価格の高騰にもつながってしまう恐れがあるからです。
そこで研究開発が進められてきたのが、第2世代のバイオ燃料です。
第2世代のバイオ燃料は、植物の中でも食べられない部位(非可食部)を使って作られたバイオエタノールなどの燃料を指します。原料供給の点で食料と競合しないため、第1世代のバイオ燃料よりも社会的に受け入れられやすいと考えられており、世界では実証段階から商用段階へと進み始めています。
第1世代で抱えていた課題をクリアした第2世代。
しかし実は、さらに広くバイオ燃料を利用していくことを考えると、第1世代、第2世代どちらでもクリアできていない課題がありました。
バイオ燃料を使っているとはいえ、基本的には化石燃料由来の燃料と混合したものが使われている。
bunyarit/Shutterstock.com
化石燃料由来のガソリンなどの成分は、基本的に「炭化水素」(炭素と水素からなる有機化合物)です。その一方で、第1世代、第2世代のバイオ燃料として利用されているバイオエタノールやバイオディーゼルの成分は、どちらも炭素や水素に加えて酸素が含まれています。
燃料として使えるとはいえ、化石燃料由来のもともと使っていた燃料とは成分が異なることから、既存のインフラや自動車などを第1世代や第2世代のバイオ燃料だけで動かそうとするには無理がありました。
そのため、第1世代や第2世代のバイオ燃料は、化石燃料由来のガソリンと混ぜ合わせて使うことが前提とされています。
2017年の技術戦略研究センターレポートの資料によると、自動車メーカーによっては約10%程度までバイオ燃料を混合して使用できることが保障されているといいます(世界的にはバイオ燃料の混合率を高める議論がなされています)。
ただしこれでは、燃料の9割は従来どおり「化石燃料由来」となり、温室効果ガスの排出削減への寄与は限定的です。また、航空機の燃料である「ジェット燃料」は、自動車用の燃料と比べて規格が厳しく、第1世代、第2世代のバイオ燃料では代替できませんでした。
こういった課題から研究開発が進められてきたのが、「次世代バイオ燃料」です。
航空機にも使える、次世代バイオ燃料
持続可能な航空燃料(SAF)で運航されるエールフランスの航空機。
REUTERS/Eric Gaillard
次世代バイオ燃料は、第1世代、第2世代のバイオ燃料と異なり、既存のインフラとの親和性の高い「炭化水素」からなる燃料です。原料はさまざまで、廃食油や都市ゴミなどから加工されることもあれば、ミドリムシなどの微細藻類、第2世代バイオ燃料の原料にもなるような木質などを原料にしているケースもあります。
加工プロセスは原料ごとに異なりますが、最終的に作られる成分は炭化水素です。
そのため、次世代バイオ燃料では理論上は第1世代や第2世代のバイオ燃料で課題となっていた化石燃料由来のガソリン・軽油との混合比率の制限を克服できるとされています(実際に供給する際には、コストなどの観点から既存燃料と混合して提供されます)。
加えて、航空機用の「ジェット燃料」の代替燃料として利用することも可能だとされています。つまり、「バイオ燃料」の中でも唯一航空機の代替燃料(SAF)となるのが、次世代バイオ燃料なのです。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の試算をもとに、2050年に消費されるジェット燃料の半分をバイオジェット燃料に置き換えるとすると、必要量は5億4000万キロリットルと見積もられています。市場規模に換算すると、世界では65兆円。日本国内だけでも7800億円にのぼるとされています。
世界で加速するバイオジェット燃料供給網の整備
フィンランドのNeste社は、バイオジェット燃料の供給で世界トップを走る。
出典:Neste
実は、世界ではすでにバイオジェット燃料を利用した航空機が飛び回っています。
その最大の供給元として知られているのが、フィンランドやシンガポールに拠点を置く、Neste社です。
Neste社では、廃食油などを元にしたバイオジェット燃料を製造しています。すでに年間10万トンのSAFを供給するインフラを整えており、2023年末までにはさらに工場を増設し、年間150万トン規模の供給を目指しています。
バイオジェット燃料を実際の航空機の燃料として使用するには、その製造プロセスが航空機用の代替燃料の国際規格(ASTM規格)の認証を受けている必要があります。
技術戦略研究センターレポートによると、商用化が済んでいたり、その一歩手前まで進んでいたりするバイオジェット燃料の製造プロセスは、ほとんどがASTM D7566の規格の認証を取得しているプロセスだといいます。
Neste社が製造するバイオジェット燃料は、ASTM規格のうち、D7566 Annex 2という規格の認証を受けています。D7566という規格は、Annex 1〜7までの7つに分かれており、それに応じて、バイオジェット燃料と既存燃料の混合比率の上限にも差がつけられています。
例えば、Neste社が取得しているAnnex 2では、最大で50%までの混合が可能です。
Neste社の他にもアメリカのDiamond Green Diesel社、イタリアのENI社らがAnnex 2の規格でバイオジェット燃料を製造するプラントを保有しています(資料)。
ASTM D7566の規格一覧。それぞれ製造プロセスが異なり、混合上限も異なる。
国土交通省
国内でも広がる、バイオジェット燃料
Neste社をはじめ、バイオジェット燃料の供給では海外が先行しているのが現状です。
しかし、2020年から2021年にかけて、日本国内でも大きな動きが見えてきました。
2020年1月には、微細藻類のミドリムシ(ユーグレナ)と廃食油を使ったバイオジェット燃料の研究開発に取り組んできたユーグレナが、ASTM D7566 Annex 6の認証を取得(既存燃料に50%まで混合可能)。その後、2021年3月に自社の実証プラントでバイオジェット燃料を完成させると、6月4日には初のフライトに成功しました。
ユーグレナは、すでに自社の「実証プラント」を保有しており、次世代バイオディーゼル燃料、バイオジェット燃料ともに販売も始めています(製造規模は年間最大125キロリットル)。
バイオジェット燃料の供給実績は2回にとどまっているものの、次世代バイオディーゼル燃料に至っては、2021年10月25日時点で自動車や船舶などの燃料としてこれまでに28社に導入してきました。2021年4月には、国内で初めてガソリンスタンドで一般車向けに次世代バイオ燃料の販売も実施しています(化石燃料由来の燃料と混合して販売)。
今後、2025年には商業プラントを完成させ、年間25万キロリットルの製造を目指すとしています。
ユーグレナが開発するバイオ燃料。2021年6月には、商品名が「サステオ」に決まった。
撮影:今村拓馬
また、総合重工業メーカーIHIは、微細藻類のボツリオコッカスからバイオジェット燃料の開発を進めており、2020年6月にASTM D7566 Annex 7の認証を取得しています(既存燃料に10%まで混合可能)。2021年6月17日には、日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)それぞれの国内定期便に搭載し、フライトを実施しました。
IHIでは、バイオジェット燃料用に専用プラントを保有しているわけではなく、このフライトに際して、協力関係にある他社も含めた既存の施設を活用して認証されたプロセスに沿ったバイオジェット燃料を製造したといいます。
IHI広報は、Business Insider Japanの取材に対して、商業販売やサプライチェーンの構築については、今後検討を進めていくことになると回答しています。
脱炭素社会に向けた取り組みは、これからもますます加速していくことが予想されています。2027年以降には、航空業界でカーボンオフセットの義務化も始まろうとしています。
今後、需要が大きく拡大することが確実視されているバイオジェット燃料。加えて、重機や船舶用のバイオ燃料などの需要も伸びしろがあることを考えると、バイオ燃料市場では、まだまだ製造するプレイヤーが足りないというのが現状でしょう。
すでに先行している海外の企業が、市場の覇権を握ることになるのか。それとも、これから新たなプレイヤーが急伸してくるのか。脱炭素社会に向けて、大注目の業界だと言えるでしょう。
(文・三ツ村崇志)