出前館の藤井英雄社長に、積極投資の狙いを聞いた。
撮影:今村拓馬
「ナンバーワンをとるために、売り上げ規模を拡大するフェーズだ」
2021年10月に発表した出前館の今期(2022年8月期)の業績予想は、「連結営業損益が500億円~550億円の赤字」になるというものだった。
2021年8月期の営業赤字179億円と比べると、さらに赤字が拡大する。
赤字の1つの要因が、テレビCMや割引クーポンなどの宣伝広告費を大幅に増やしているためだ。
出前館は「UberEats」と業界トップ争いを続ける一方、「menu」やアメリカ最大のサービス「DoorDash」、フィンランド生まれの「Wolt」などとの競争も迫られており、大規模な投資を行うことで優位に立ちたい考えだ。
緊急事態宣言が東京などで2021年9月に解除されており、今後は外食需要が戻ってくることも考えられる。
赤字を拡大させながらも投資のアクセルを踏み続ける先にどんなビジネスを描くのか。藤井英雄社長が語る5つの「投資の理由」とは?
投資の理由1. 海外では「勝ち残るのは2、3社」
営業赤字は拡大しているものの、流通取引総額やユーザー数などは順調に伸びている。
出典:出前館・決算説明資料
「我々の今の目標は黒字化ではなく、流通取引の量を増やすこと。まずは最初の段階で大きく規模を拡大させて、最後に果実を刈り取るときのベースを作る」
藤井氏はそう強調する。
営業赤字が続く出前館だが、サービス自体は急激に成長している。2021年8月期の流通取引総額(商品代金と配送料)は、前年比58%増の1627億円。2022年にはそこからさらに2倍以上に増やし、3300億円を目指している。
赤字を厭(いと)わずに、出前館が積極的な投資を進める理由は、「海外の事例を見ているから」だ。
「昔からデリバリーが普及していた海外の例を見ると、最終的にはプレイヤーは2社、3社に収斂(しゅうれん)されている。アメリカでも、ヨーロッパでもそうだった。
彼らが勝ち残るために何をしてきたのか教科書的に分析してみると、大胆な投資を続けてナンバーワンになるのが勝ちパターン。我々もそこを目指している」
投資の理由2. 宣伝費は将来的に下げられる
広告宣伝費の増加が、営業赤字の一因になっている。
出典:出前館・決算説明資料
出前館の営業赤字の理由の1つは、増え続ける宣伝費だ。
2021年第4四半期出前館の支出総額は156億200万円で、そのうち「広告宣伝費」は約3割以上の50億7400万円を占めている。
ただ、中期的にはこの広告宣伝費は大幅に削減できるとみている。
「今後、競合が減っていけば、これまでのように大々的なプロモーションは必要なくなる」(藤井氏)
投資の理由3. 830億円の資金調達に成功
出前館CFOの矢野氏。藤井社長と同じLINE出身。
撮影:横山耕太郎
出前館が広告宣伝に費用をつぎ込めるのは、2021年9月に約830億円の資金調達をしたことも大きい。
2021年9月の資金調達では、LINEを傘下に持つZホールディングスと、LINEのZホールディングス統合前の親会社・NAVERへの第3者割当増資で計512億円、ヨーロッパやアジアなど海外での公募投資で321億円を調達した。
2021年に出前館CFOに就任した矢野哲氏は次のように話す。
「日本の報道では赤字という部分が注目されがちだが、海外の機関投資家は成長を加速する段階だと理解してくれている。今回、海外投資家から資金調達できたのも期待の現れだ」
CFOの矢野氏は、外資系投資銀行出身で、2016年にLINEに移籍。出前館は2016年にLINEと資本業務提携を結んでいるが、当時、矢野氏はLINEで投資責任者として、出前館への出資を率いた人物でもある。
「2016年当時から感じていた出前館の実力が、今こそ花開く段階。出前館としては、時間をかけてゆっくりナンバーワンになるのではなく、大胆に差別化するタイミングだと考えている」(矢野氏)
投資の理由4. 競合対策でエリア対策が必要だから
出前館では放送エリアごとに人気店を紹介するCMも放送している。
提供:出前館
競合サービスへの対抗策として、出前館がこれから注力するのが「エリア戦略」だ。
「エリアによって競合環境は全く違う。競合に対して劣勢なエリアに特化したプロモーションに集中的に投資していく。
全国でみれば地域によって、競合が強いエリアもある。また東京23区で見ても、若者が多いエリアと、家族が多いエリアで戦略を変えていく」(藤井氏)
出前館の存在感が低いエリアでは、最初に登録店舗を増やすための営業活動を強化する。
「加盟店が増えることでユーザーが増え、配送員のニーズが高まるというサイクルに乗せる」(藤井氏)
出前館では2021年8月から新たに、加盟店を支援する「De Direct」というサービスも始めた。
このサービスを使えば、加盟店専用のデリバリーサイトを、出前館側が無料で制作できる。加盟店にとっては、出前館のアプリ上で他店と比べられるのではなく、自社サイトに呼び込むことができるため、顧客の囲いこみに繋がるという。
「サービス開始から約1カ月半で、6000店舗の導入があった。加盟店が自社サイトでマネタイズをするのに役立っている」(藤井氏)
投資の理由5. 配達員の確保が急務だから
出前館では今後、業務委託の配達員を増やしたい考えだ。
REUTERS/Issei Kato
フードデリバリー業界では、配達員の確保も課題となっている。
出前館の配送員は大きく分けて、アルバイトとして時給で働いている配達員と、ギグワーカーのように配達件数に応じて報酬が変わる業務委託の配達員がいる。
現在オーダー数の割合では、アルバイトによる配達が15%、業務委託が85%。今後は、配達コストが安い業務委託の配達員を増やす方針だ。
「日本ではまだ十分に浸透していないが、業務委託の配達員の魅力は、好きな時に配達して稼げるということ。隙間の時間に働けるというブランディングはもっと必要だと考えている。
その上で、『デリバリーサービスの中で、一番稼げる』ということも大事だ。出前館の業務委託の配達員の中には、月100万円稼ぐ人もおり、そういう方を増やしていきたい」(藤井氏)
配達員の数は非公開だが、今期も配達員を3.6倍に増やす目標を掲げている。
ただ、コロナ禍が終息すれば、配達員の確保が難しくなるという見方もある。
「配達員確保の面からも、業界ナンバーワンを目指すことは大事。サービスが乱立すればデリバリーニーズが分散してしまう。サービスが乱立していれば、配達員を兼業することにもつながり効率が悪い」(藤井氏)
2023年の営業黒字計画「柔軟に対応する」
2020年10月に発表した中期経営計画。藤井社長はこの発表の4か月前の6月に社長に就任した。
出典:出前館・中期経営計画
2021年から3年間の中期経営計画によると、2023年には営業赤字を脱し、120億円の黒字を達成するとしている。実現は可能なのか?
「830億円の資金を調達したことで、戦略も大きく変わっているのが現状。コロナや競合サービスの状況も読みにくく、中期経営計画は柔軟性を持って対応するものと捉えている」(藤井氏)
出前館を含め、フードデリバリー業界が今後どう成長していくのか、まだ先が読めない状況が続いている。
ただ、コロナで成長したフードデリバリーサービスにとって、コロナの感染が落ち着き始めたこの局面が、生き残りをかけた一つの分岐点になる可能性もある。
(文・横山耕太郎)