今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
世界最大の小売りチェーンであるウォルマートが、店舗の半径10マイル以内に米国民の9割を収めるほどのリーチ力を活かして新しい外販サービスを始めると発表しました。EC全盛の時代だからこそ重要性が増す「ラストワンマイル」。ウォルマートとコープさっぽろの例を引き合いに、流通を制することの重要性を入山先生が説きます。
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「ラストワンマイル」を制す者が勝つ
こんにちは、入山章栄です。
今回はアメリカのスーパーマーケット「ウォルマート」が始めた新しいビジネスの話題から始めましょう。
BIJ編集部・常盤
ウォルマートといえば世界最大のスーパーマーケットですが、そのウォルマートがこのたび自社の持つ配送サービスを中小の小売各社に外販する「Go Local(ゴーローカル)」というサービスを始めると発表しました。
ウォルマートはアメリカ全土で4700店もの店舗網を持っていて、なんと全アメリカ国民の9割を半径10マイル(16キロメートル)圏内に収めているのだそうです。いわゆる「ラストワンマイル(顧客との最終接点)」のリーチ力を持っているわけですね。
この強みを生かして始めるのが、中小企業の配送の代行です。自社のサイトでお客さんに商品を買ってもらったけれど、それを届ける手段を持たない中小企業の配送の部分をウォルマートが請け負います、というサービスですね。
このラストワンマイルの重要性について、入山先生のお考えを伺えますか?
まず申し上げたいのは、とにかくこれからは流通が今まで以上に重要になってくるということです。やはりネットでの買い物がこれだけ便利になると、何でも自宅まで届けてもらうのが当たり前になる。ということは、効率的できめ細かい流通を持つところが強い。流通で覇権をとったところが勝者になるといっていいでしょう。
これからは流通を押さえるのが大事だということをいち早く見抜き、流通に巨額の投資を続けてきたのが、アメリカではアマゾンとウォルマートです。
アメリカは国土が広いし、日本のように古い流通業界のしきたりもなかった。そこに先手を打って流通に投資してきたのが、ウォルマートです。ウォルマートは全米中に張り巡らせた流通網と巨額のIT投資で圧倒的な効率化やマーチャンダイジングを行い、成功してきました。
そしてECの時代になると、アマゾンが台頭します。アマゾンも流通の重要性は知っていますので、ここに巨額の投資を行い、ECの世界を制してきました。しかしウォルマートも負けていません。現在でも食料品などの配送事業を強化し、即日配達を実現したりしています。
日本ではネット通販といえば、アマゾンと楽天ですよね。私の理解では、両社の違いは、アマゾンのほうが流通が強いことです。楽天は楽天で素晴らしいけれども、まだ流通が弱い。弱いから、いま投資しているわけですね。
またヤフージャパンがZOZOTOWNを買収したり、LOHACOを傘下に収めたりしたのは、ネット通販のノウハウを持つ両社を手に入れることで、流通を制する狙いもあったのではないでしょうか。
さらに日本で注目すべきは、いわゆるサードパーティー型の流通企業も存在感を増していることです。その筆頭は、日立物流です。同社は日立グループでありながら、親会社の物流だけを請け負うのではなく、イオンやアディダスジャパンの物流を請け負うことで、流通のサードパーティーとしての存在感を示し始めています。
ただし流通という事業は、本当に大変です。投資金額も大きいし、時間も手間暇もかかる。ですから中小企業が自前の配送会社を持つのはまず無理です。
日本でもアメリカでも、もしこれから中小企業やベンチャーがD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー:生産者が直接最終消費者に生産品を届けること)の商売を始めようとするならば、配送はどこかの流通のサードパーティーを利用するのが現実的ということになります。
おそらくウォルマートが「Go Local(ゴーローカル)」で取りにいこうとしているのはそこであり、すでに全米に店舗網を張り巡らせているウォルマートには、十分な勝算があるといえるでしょう。
BIJ編集部・常盤
なるほど。ウォルマートは昔からラストワンマイルの重要性を分かっていて、流通に投資してきたのでしょうか。
そうだと思います。だから流通網の整備をじわじわと進めてきた。ウォルマートはいろいろな失敗も含め、小さなものをつなぎ合わせて結果的に今の巨大な仕組みをつくった会社です。だから一時期はアマゾンの台頭によって苦しい時期もあったけれど、挽回できた。あの流通力には、他社も簡単には勝てないでしょう。
ウォルマートはなぜ「毎日がお買い得」にしたのか
BIJ編集部・常盤
ウォルマートは、価格を変動させないEDLP(エブリデーロープライス)戦略で語られることが多い印象でしたが、こうした低価格戦略では差別化を図りきれなくなった今、むしろラストワンマイルのリーチ力のほうが他社の追随を許さない強みとなっているんですね。
僕はウォルマートは小売業というよりも、ITと流通網の会社だと思っています。僕がアメリカのビジネススクールで教えていたときは、授業で必ずウォルマートのケースを扱っていました。
余談ですが、なぜウォルマートがEDLPを始めたか、ご存知ですか?
BIJ編集部・常盤
いいえ、知りません。教えてください。
実はちゃんとした理由があります。
エブリデーロープライスということは、常に決まった値段で売り、バーゲンセールをしないということです。ということは商品の売れ行きを予測しやすい。だから合理的な仕入れができるんですね。
セールをしてしまったらエブリデーロープライスではなくなる。これは表裏一体になっていて、安定した予測をするためには、エブリデーロープライスでないといけないのです。
配送事業で行政の代わりに
BIJ編集部・常盤
入山先生が理事を務めていらっしゃるコープさっぽろも、広い北海道の中でかなりのカバレッジ力があり、直接顧客にリーチできる強みを持っていますね。
そうですね。僕が理事を務めているコープさっぽろも、「トドック」という宅配の仕組みを持っています。つまり北海道のラストワンマイルを制している。ということはウォルマートのように、他社の配送代行事業にも進出できる可能性がある。
しかしコープさっぽろは、株式会社ではなく協同組合ということもあって、実はこれからある意味で行政の代わりをしようとしているとも言えるかもしれません。
北海道には自治体がたくさんあり、一つひとつが小さい。しかも人口減少が著しく、過疎化に伴って税収が減っている。そんな中では流通への投資など、なかなかできません。
しかしすでに流通網を持つコープさっぽろが配送事業を請け負えば、社会問題の解決にもなるし、行政の無駄なコストも削減できる。そこでコープさっぽろでは、学校へランチサービスを配食することを始めようとしています。
あるとき北海道でも特に人口減少が進む、いわゆる限界集落の一つからコープさっぽろに、「お店を出してください」という要望が寄せられたことがあります。しかしその集落はどう見ても人口減少に歯止めがかかりそうにない。それでもコープさっぽろの大見英明理事長は、出店を決断しました。そういう「思い」を持つ組織なのです。
他にもコープさっぽろは、赤ちゃんが生まれた家庭にベビー用品や絵本をプレゼントしたりと、ラストワンマイルの流通網があるからこその取り組みを行っています。
というわけで、コープさっぽろは北海道において、ウォルマートやアマゾンと似たようなことをしようとしているわけですが、違いは目的が社会問題の解決であること。
そしてもう1つの最大の違いは、コープさっぽろは「定期配送」だということです。つまり週1回の配送で、地区ごとに品物を届ける曜日があらかじめ決まっている。ウォルマートは分かりませんが、少なくともアマゾンは注文があったときだけ届ける「オンデマンド」。
どちらが効率的かといったら、「定期配送」の方が効率的な部分も多いはずです。ここがコープさっぽろの強みです。
逆に言うと弱みはオンデマンド配送をしないことですが、日常生活に溶け込むのが生協ですから、オンデマンドである必要はそれほどない。決まった曜日に確実に来てくれるほうが、安心できるのではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
そうですね。我が家も生協のお世話になっていますが、「毎週この曜日に来てくれる」と分かっていればスケジュールを立てやすいし、定期配送だからといって困ることはほとんどありません。
ウォルマートは日本人には馴染みが薄く、アマゾンと比較して劣勢が伝えられることが多かったので、そういう印象を持っている方が多かったかもしれません。でもラストワンマイル力があれば、アマゾンと拮抗するかそれ以上のことも期待できそうです。今後も注目していきたいですね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子、小倉宏弥)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。