【佐藤優】ミレニアル世代・Z世代を襲う「脅迫としての教養」。焦りから抜け出す鍵は「複雑性の解消」

「不安を感じたら、決して放置してはいけません。不安は削減する努力をしなければ、どんどん増殖し、やがて自分自身を飲み込んでしまう危険なものです」

そう語るのは、“知の巨人”こと、元外務省主任分析官であり作家の佐藤優さんだ。コロナ禍もあり、将来に強い不安を抱えるようになった若い人たちを悶々とした悩みから解放すべく、この10月に著書『仕事に悩む君へ はたらく哲学』を上梓した。

ミレニアル世代・Z世代のビジネスパーソンを襲う「不安」の正体。そして、その「不安」を放置することなく、自ら立ち向かい克服する方法とは、一体何なのだろうか。

いくら勉強しても“焦り”は解消されない

佐藤優さん

写真:竹井俊晴

「コロナ禍で将来の見通しが立たない中、近年の若手ビジネスパーソンは『脅迫としての教養』に駆り立てられています」

佐藤さんはそう指摘する。「これを勉強しなければ大変なことになる」「あの資格を取らなければ先が見えない」というように、常に“何かを学ばなければ”と追い立てられている状態がまさにそうだ。

しかし、そもそも私たちはなぜ、こうした落ち着きのない心理状態に追いやられているのだろうか?

「偏差値教育による競争もあり、私たちは学校生活の中で常に評価に晒されながら勉強してきました。その結果、多くの日本人は“勉強嫌い”になってしまい、知識が欠損したまま大人になっていきます。

もちろん、勉強嫌いのままでも大学4年間は過ごせますし、就職活動だってうまくいくかもしれません。しかし、実際に働き始めてから数年経った頃、ふと気づくのです。自分は学ぶべきことを学んでこなかったのではないか、と」

焦り始めた若者に、いわゆる資格ビジネスや教材ビジネスは容赦なくアプローチしてくる。

「『このまま生き残れる自信はありますか? 何か欠けているものがあるんじゃないですか?』と言われると、グサッと刺さるものがあるのでしょう。

でも、焦りから勉強したところで身につきませんし、どんなに勉強しても焦りがなくなることはありません。勉強はいくらやっても終点がないですから。その焦りは、別の形で解消しなければならないのです

お金は豊かさの「十分条件」ではない

佐藤優さん

写真:竹井俊晴

佐藤さんは不安を抱える若手ビジネスパーソンにこそ、働くことの意味を根源的に考える必要があると指摘する。

「不安にはインフレを起こす性質があります。放っておくと一気に大きくなるので、不安に対しては常に削減する努力を続けなければいけません。コロナ禍のような混迷の時代には、対症療法ではなく、物事を根源的に考えてみる哲学が有効なのです」

佐藤さんは私たちの「お金に対する考え方」を例に、哲学的な知識や思考が、いかに今ある不安を解きほぐすのに役立つかを説明してくれた。そもそも、私たちがお金を重視するようになった背景とは何だろうか。

「お金に左右される価値観を持つかどうかは、その人が暮らす社会のあり方に規定されています。例えば、親が見返りを求めずに子どもをサポートするのは『贈与』、親族や友人などを相互に支援し合うのが『互助』、貨幣を介してモノをやりとりするのは『商品経済』ですが、これらの比重は、国や社会によって異なります」

日本をはじめほとんどの国の人は、言うまでもなく商品経済の比重が大きい社会で暮らしている。だからこそ、「贈与」や「互助」よりも、お金(貨幣)の比重が大きくなり、最重要視されるようになる訳だ。

しかし、佐藤さんは「本来お金でモノが買えることをおかしいと思わなくてはならない」という。

「一万円札の原価は22〜24円です。それで1万円分のモノをなぜ購入できるのか。まずはそこに疑問を持たなければいけません。

その上、資本主義社会では本来金銭で処理できないはずのものが商品化されています。例えば、風俗産業という形で『性』が商品化されている。あるいは予備校や学習塾を通じて『学力』も商品化されている。そういう資本主義社会の中にある“変なもの”に気づくと、世界の見え方が変わってきます」

お金に関して、一つの疑問を佐藤さんに投げかけてみた。現代社会において、私たちは「お金がなければ豊かになれない」という価値観を多かれ少なかれ背負っているように思う。

人は本当にお金がないと豊かになれないのだろうか? 佐藤さんの答えは「否」だ。

「もちろん、豊かに生きる上で最低限のお金は必要です。今の時代、いつ仕事がなくなるか分かりませんから、貯金はある程度は必要でしょう。ただ、お金を稼げば豊かになれる訳ではありません。お金は豊かさの必要条件ではあっても、十分条件ではないのです。そこを勘違いしてしまうと、お金をいくら稼いでも満たされないという不幸な状態に陥ってしまいます」

「複雑性の解消」が不安を減らすカギになる

佐藤優さん

写真:竹井俊晴

では、「脅迫としての教養」に傾かず、お金にも執着しないとすれば、一体どうすればこの不安を克服できるのだろうか?

「今私たちが不安を感じている理由の一つは、世の中の複雑性にあります。不安を解消するためには、複雑なものを削減しなければいけません。

例えば、コンビニに業務マニュアルが存在するのは複雑性を減らすためです。あるいは勉強するときに教科書やドリルを使うことも、学ぶ過程の複雑性を減らす作業といえます。そうした工夫によって、不安を抑えることは可能なのです」

そして、「世の中の複雑性を究極的に削減する仕掛け」が存在するという。それは「信頼」だと、佐藤さんは続ける。

「青信号で横断歩道を渡れるのは、赤信号で車が突っ込んでこないという『信頼』があるからです。財布を持ち歩けるのも、強盗に襲われないという『信頼』があるから。そうした信頼をいかに身近な人間に対して持てるかが、複雑な世の中をシンプルにするための鍵になります。

友達やパートナーはもちろん、ペットが代わりになる場合もあるし、読書の中でさまざまな代理体験をすることもできる。信頼し合える関係性があれば、いざという時もなんとかなると思えるはずですよ」

信頼できる関係性が私たちを支えてくれるように、複雑な世の中を一度解きほぐすことで、私たちの不安は解消できるのかもしれない。その知恵こそが哲学ということなのだろう。

ふっと心が軽くなる感覚があったとすれば、それはきっと、際限のない焦りや不安から自分自身が解き放たれ始めた兆しに違いない。

混迷の時代、豊かに生きるための知恵を、哲学の世界に求めてみてはいかがだろうか。

(文・一本麻衣、写真・竹井俊晴)


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佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。


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