10月31日に投開票が迫った第49回衆院選。各政党の政策で目立つのは、「住宅手当(家賃補助)」の支給を掲げている政党が多いことです。
なぜこの総選挙で、住宅手当が注目を集めているのでしょうか。
5政党が「住宅手当」掲げる総選挙
衆院選で「住宅手当(家賃補助)」を打ち出している政党の公約を比較した。
撮影:吉川慧
衆院選の隠れた争点とも言える「住宅政策」。
今回、各政党はさまざまなかたちで「住まいの安心」に関する政策を掲げています。
まず、野党第一党である立憲民主党は、低所得世帯や一人暮らしの学生へ向けて「家賃補助」を公約に掲げています。枝野幸男代表は「持ち家重視の日本の住宅政策を転換する」とも言及しています。
日本共産党は「住まいは人権」を掲げ、民間賃貸住宅の家賃補助の創設や、民間賃貸住宅を政府が借り上げる公営住宅などの支援策を打ち出しています。
れいわ新選組も同様に、家賃補助や民間住宅の借り上げを主張します。
社民党と公明党は、コロナ禍で対象が拡大した「住居確保給付金」の恒久化・拡大を掲げています。日本維新の会は、子育てバウチャーを導入し、その用途の一つとして子育て世代向けの住宅利用を掲げます。
一方で自民党は「住宅ローン減税をはじめとする、住宅投資促進策を確実に実施」としていますが、公的な家賃補助の導入には言及していません。
このように公約を見ると、与野党で「持ち家主義からの転換」を選択するかどうか、が大きな争点となっているとも言えるのです。
家賃補助支給件数、1年で34倍に
「住宅手当(家賃補助)」が大きな争点になっている背景には、コロナ禍で住まいの不安が高まったことにあります。
撮影:今村拓馬
なぜ今、住宅政策がにわかに注目を集めているのでしょうか。その背景には、コロナ禍により、今まで以上に住まいの不安が高まったことにあります。
日本には、まだ政府による住宅手当は存在しません。
「日本若者協議会」代表理事の室橋祐貴さんはその理由として2点あるといいます。
今までは社宅や企業の家賃補助が住宅手当の役割を担っていたこと、そして政府による住宅政策は主に住宅ローン減税など「持ち家」を促すものが中心だったことです。
こうした政策は、「終身雇用・年功序列」の日本企業の慣行には即していました。
しかし「もはや多くの企業は家賃補助をする余裕もない。それにそもそも非正規雇用であったり失業した人であればその恩恵は受けられず、政策の転換が必要な時期に来ていた」(室橋さん)と言います。
その上でコロナ禍により生活困窮者が急速に拡大したことが、公費による家賃補助の必要性をこれまで以上に高めました。2020年には、離職や廃業した人を対象に期限付きで家賃の相当額を支給する「住居確保給付金」制度の対象要件が緩和されました。
これにより、2020年度の新規支給決定数(速報値)は、全国で前年度の34倍に当たる13万5000件となりました。
一方で制度には、収入要件が厳しすぎる(東京都内の単身者の場合、月収約13万8000円以下)、敷金・礼金などの初期費用は支給されない、支給期間が限定されている(最長9カ月)などのハードルもあります。
こうした状況を前に進めようと、市民団体「住まいの貧困に取り組むネットワーク」は衆院選を前に「 #住宅手当を公約に」を掲げ、各党に公的な住宅手当の公約を求める署名活動をオンラインで展開。10月28日現在、6000人超が賛同しています。
賃上げのための「住宅手当」議論を
OECD諸国では、イギリスを筆頭に住宅手当を国家支出としている国も多いが、日本はそのデータを提供できていない。
画像:OECD
住まいの貧困を解消する手段として有効な「住宅手当(家賃補助)」。議論はコロナ禍における家賃支援に止まりません。
室橋さんは欧米で進んでいる議論を挙げながら、今日本の経済において喫緊とされる「賃上げ」を実現させるためにもまず、家賃補助についての議論がなくてはならない、と指摘します。
室橋さんによると「賃上げに必要なのは、何よりも雇用の流動化」だと言います。
日本は「終身雇用・年功序列」という雇用慣行により、欧米と比較して労働市場が硬直化しています。
東京都立大学の宮本弘曉教授も日本経済新聞「経済教室」で指摘するように、労働市場が硬直化すると、衰退産業から成長産業への雇用の再配置が妨げられ、生産性や経済成長にマイナスの影響を与えるといいます。
けれどその一方で、雇用が流動化すると、失業率が高まってしまうリスクもあります。
今のまま雇用が流動化すると、失業して生活に困窮する人が多く出てしまう。だからこそ「働く現役世代のセーフティネット」としての住宅手当が必要だ、と室橋さんは語ります。
「本来なら、住宅手当は、所得再分配としての機能だけでなく、解雇規制の緩和とセットで語られるべきですが、解雇規制緩和というとネオリベ(新自由主義)のイメージがつき過ぎてしまい、議論はタブー視されている」
「けれど、雇用流動化により労働生産性を上げ、やがて賃金を上げていくためには、失業しても大丈夫なセーフティネットをどう作っていくかの議論をまずするべきでしょう。その点で今回の選挙では、左派政党である共産党や社民党だけでなく、中道の立憲民主党も住宅手当を掲げたことは画期的だったと言えます」(室橋さん)
ヨーロッパでは、1970年代から長期的な失業の拡大に伴い、住宅手当が拡大されてきた、という背景もあります。現在、住宅手当がGDPの1.4%を占めるイギリスを筆頭に、経済協力開発機構(OECD)諸国の多くの国で公的な住宅手当が導入されており、コロナ禍により新たに住宅支援制度を拡充する国も増えています。
社会保障制度としても、経済政策の一環としても重要な「住宅手当」。
日本はOECD諸国に大きな遅れをとっている現状ですが、衆院選でその議論の大きな転換は起きるのでしょうか。
(取材・文、西山里緒)