フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO。
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フェイスブックは10月28日、社名を「メタ(Meta)」に変更すると発表した。あわせて、事業を再編成し、幹部を昇格させた。「メタバース(Metaverse)」のイメージを強調するためだ。
「メタバース」とは、AR(拡張現実)・VR(仮想現実)の端末を使い、人々とつながれるデジタル空間のことだ。フェイスブックはこの分野で収益を生んでおらず、今後数年間は収益が見込めないことを認めている。しかし、1兆ドル(約110兆円)のビジネスチャンスがあること、また過去のミスを繰り返すことへの恐れから、開発に向けて大きな投資をすると発表した。
フェイスブックは、新しくCTOとなるアンドリュー・ボスワースが現在トップを務めるフェイスブック・リアリティ・ラボ(Facebook Reality Labs:FRL)を別の事業ユニットに分割する。このラボは3年前には存在していなかった。また今年、このラボに100億ドル(約1兆1000億円)投資しているが、ザッカーバーグCEOも、今後10年はこのラボは収益を生み出さないだろうと認めている。
フェイスブックに15年以上勤めるボスワースは9月、フェイスブックのVR端末オキュラス(Oculus)を含むフェイスブック・リアリティ・ラボのトップからフェイスブックのCTOに昇格した。ザッカーバーグは現在、明らかにメタバースの構築に力を入れており、ボスワースが事実上、会社の命運を決めることになる。
このフェイスブックの新たな時代の展望は、単にシステムと消費者向けテクノロジーを最先端のものにするという話ではなく、コア事業となっているFacebook、Instagram、WhatsAppなどのアプリで発生している問題から距離を置こうとするための動きだ。
SNSにおいてフェイスブックが圧倒的シェアを持っているために、ザッカーバーグは常に広報面で困難に巻き込まれており、最近ではフランシス・ハウゲン氏の内部告発やそれによって始まった政府による調査が大きな話題となった。もちろん、若い世代の間ではフェイスブックの浸透率は低く、また既存ユーザーから不満の声も増えてきているという問題もある。
10月28日の開発者向けカンファレンスであるConnectでザッカーバーグは、「SNSアプリの構築は常に重要な事業であり続けますが、今は当社のブランドが一つのプロダクトにあまりにも強く結びつけられてしまっており、当社が行っている事業全体を表すものになっていません。これからはさらにその乖離が広がると思います」と語っている。
テクノロジー業界に特化したメディアであるThe Informationが報じたとおり、ザッカーバーグはそのまま新会社のCEOとなる。また、フェイスブックを9000億ドル(約99兆円)の企業に作り上げたFacebook、Instagram、WhatsApp、その他のアプリや広告プラットフォームの構造やビジネスモデルについて、変更があるという話もなかった。少なくともザッカーバーグの話では、社名を「メタ」に変更するのも、会社の優先順位の変化を示す表面的・財務的な変更の一部にすぎない。
「フェイスブックのAR事業のトップをCTOに昇格させることは、業界全体の現在の方向性を強く後押しするものであり、フェイスブックは今後すべてのプロダクトをその方向に進めたいのでしょう」と語るのは、投資家でありARのマッピング・ツールのリーディング企業6d.aiの創業者でもあるマット・マイズニックス(Matt Miesnieks)だ。
フェイスブック・リアリティ・ラボを単独の事業ユニットに独立させた以外にも、10月24日の第3四半期決算発表において、2021年はFRLに対して100億ドル(約1兆1000億円)の投資をしていることにも言及している(これは、「安全とセキュリティ」への投資額の倍額だ)。すでに1万人ほどの社員を抱えるFRLは、さらに1万人をヨーロッパで採用する。Facebook、Instagram、WhatsApp、Messengerなど、稼ぎ頭のアプリ群は「Family of Apps」として別枠で財務報告がされることになる。
「これは当社の使命にとって重要なことだと考えています。自分が他の人とここに一緒にいる、という感覚を持ってもらうこと、それがソーシャルなオンライン体験が一番目指しているものだからです」と、24日の決算発表の場でザッカーバーグは語った。また、2030年までに「メタバースが10億人、電子取引で数千億ドルを達成するのを後押しするのが私たちの目標です」とも付け加えた。
ザッカーバーグはConnectのイベント中、何度もこのことを繰り返し、「メタバースが一定の規模を獲得するまで、今後数年間で数百億ドルの資金を投資する予定」だという。
メタバースはフェイスブックにとって、アップルや影響力の強いApp Storeといった、他社への依存度を減らすための一手のようにも見える。つまり、フェイスブックが持つシステムなら、ビジネスモデルの肝であるデータやトラッキング関連の技術とともに、フェイスブックがメタバースのプロダクトをより完全にコントロールできるようになるからだ。
「(アップルの)ルールに従ってきたことが、IT業界に対する私の見方を決定的にしました。消費者の選択肢を狭めることや、開発者にとっての高いコストがイノベーションの足枷になり、インターネットの経済全体を抑圧しているのだと思うようになりました」とザッカーバーグはConnectで述べている。
フェイスブックは最近アップルを主要な競合と位置づけ、公の場で批判してきた。フェイスブックの成長が第3四半期に減速したのはアップルのデータ・プライバシーのルール変更によって広告トラッキングが減少したからだというのだ。
2019年の独占禁止法違反の疑いに関する議会証言でも、ザッカーバーグはアップルのiMessageがMessengerやWhatsAppの競合だと述べている。またブルームバーグのマーク・ガーマン(Mark Gurman)によれば、アップルも公表はしていないが、何十億ドルも投資をし、独自のVRおよびARヘッドセットを開発している。ブルームバーグの報道によればこうしたアップルの端末が世に出るのは数年後だが、早ければ2023年に発売される可能性があるという関係者もいる。
ザッカーバーグは24日の発表でも27日のイベントの場でも、メタバース関連プロダクトはしばらく収益を生まないだろうと話している。
「先を行くための長期的な賭けですね。無駄にしてもいいくらいのキャッシュがあるから実験ができ、そのお金で支持基盤をつくり始めることもできます」と、テック業界の予測をするイアン・カーン(Ian Kahn)は言う。彼は、「使える」消費者向けプロダクトが出るのはまだ3~5年先だと予想するものの、「フェイスブックが抱える36億人のユーザーの一部でもそれを使い始めれば、ビジネスとしては十分に成り立つ」という。
Evercore ISIの調査によれば、フェイスブックのオキュラスVRヘッドセットは、現在VR業界の少なくとも半分のマーケットシェアを持つ。フェイスブックは、3カ月で200万台のペースでオキュラスを販売しており、これは6億ドル(約660億円)の売上となっている。
「このペースなら、フェイスブックは今後5年から10年で1兆ドル(約110兆円)の売上を見込めるかもしれません」とメタバースの技術やプラットフォームについて、カーンは言う。「普及カーブ、普及スピードも以前とは違います。昔の技術の普及カーブと新しい技術の普及カーブを比較するには注意が必要です」
Allied Market Researchの10月レポートによれば、AR・VR製品の市場は、2020年の150億ドル(約1兆6500億円)から、2030年には5000億ドル(約55兆円)近くになるという。
戦略的投資を早めにすることで、フェイスブックは過去の過ちを繰り返さなくてすむかもしれないという一面もある。6d.aiのマイズニックスは、スマホによる市場の変化が起こった際に乗り遅れたことはフェイスブックも認めている、という。今回はフェイスブックも同業他社も、支配的な市場優位性をつかむチャンスを逃したくないというわけだ。
iPhoneが発売されて約4年後の2011年まで、フェイスブックは自社をデスクトップパソコン向けのサービスと考え、スマホアプリの開発はウェブベースのHTML5で行っていた。2012年の初めにやっとザッカーバーグはスマホで使用するユーザーが急増していることに気づき、当時まだ上場していなかったフェイスブックはそんな劣勢な状況で、全社をモバイル開発に注力させた。スマホ向けにもっと早く行動しなかったのは「判断ミスだった」と認めている。
新しい社名や新しい事業へ集中することが、データ・プライバシーや、提供するプラットフォームの使われ方をコントロールするかしないかの決断など、フェイスブックが現在直面する多くの問題を解決するわけではない。
Connectの中でザッカーバーグは、メタバースにおけるデータ・プライバシーとユーザーが接する情報のユーザーによるコントロールの重要性について何度も言及しているが、実際にそういった保護措置がどのように実行されるのか、具体的な説明はなかった。こういった問題は、ほぼ確実にメタバース事業にもついてくると、ジョージタウン大学でコミュニケーション、カルチャー、テクノロジーを専門にするジャニン・ターナー教授は言う。
メタバースや相互につながり合うアプリについて、ターナーは言う。「データを所有する者は、それが誰であれ、今後すさまじいものを所有することになります。私たちはこうした企業がデータへのアクセスをすでに持っていると考えていますが、彼らが今後持つことになる膨大なデータを考えると、比較にならないほど驚異的なものになるでしょう」
[原文:Here's the real reason Facebook is changing its name to Meta and going after the metaverse]
(翻訳:田原真梨子、編集:大門小百合)