胡潤研究院レポートより
中国の民間調査機関「胡潤研究院」が10月27日に毎年恒例の「中国企業家資産ランキング」を発表した。企業家ランキングと言えばフォーブスが有名だが、胡潤のランキングは中国で「調査会社」「シンクタンク」という概念がほぼなかった1999年にイギリス人会計士のルパート・フーゲワーフ(中国名:胡潤)氏が初めて作成し、同国では非常に有名だ。余談だが胡潤氏は1980年代に日本に留学したのをきっかけに中国に関心を持ったらしい。
胡潤研究院は寄付ランキング、ユニコーンランキングなどさまざまなレポートを発表しているが、数字や順位だけにフォーカスするのではなく、20年にわたって調査を主導する胡潤氏が中国の経済環境と絡めた解説をするため、「1年間の中国経済」を把握する上でも一読に値する。
2021年は中国政府の政策が、企業家の順位変動に大きく影響した。本稿では5つのポイントに分けて紹介したい。
1. 全体像:「平均」は29歳で起業、47歳で資産20億元超え
胡潤の企業家資産ランキングは「富豪100人ランキング」という名称だが、実際には資産20億元(約360億円)以上の企業家(家族含む)をリスト化しており、2021年は前年より22%(520人)多い2918人が掲載された。
また、リスト入りした2918人の総資産額は前年から24%増加し約34兆元(約600兆円)だった。
胡潤氏は人数、資産総額が大幅に増えた理由として
- 新エネルギー産業の成長
- IPOが比較的多かった
- 2021年から香港、マカオ、台湾の企業家を調査対象にし、200人ほど人数が増えた
の3点を挙げた。
ランクインした企業家の平均年齢は前年より1歳高い56歳。「平均的な富豪」は1965年生まれで1994年に29歳で起業、2012年に47歳で資産が20億元を超え、56歳の今年時点の資産額は120億元」となる。
2. 勝ち組:脱炭素でEV業界に追い風
資産トップ3の顔ぶれ。
胡潤研究院レポートより
中国人企業家の資産額の変動は激しく、業界ごとの勝ち負けも見える。
2021年の勝ち組の筆頭は、新エネルギー業界だ。習近平国家主席が2020年9月に「2030年に二酸化炭素排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを実現する」との目標を国際社会に宣言し、特にEV業界には追い風が吹いている。車載電池の寧徳時代(CATL)創業者、曽毓群氏(53)の資産は前年から2000億元増の3200億元(約5兆7000億円)で、初めてトップ3に入った。
長城汽車の創業者である魏建軍と韓雪娟夫妻の資産は1730億元増の2180億元(約3兆9000億円)で7位に浮上。一方、資産の増加率が最も高かったのは、傘下企業がファーウェイと提携したEVを発売した重慶小康工業集団の創業者夫妻で、前年比で7.5倍増え220億元(約3900億円)に達した(ただし資産額では100位圏外)。
胡潤氏によると、他にスマホとEVの需要拡大で半導体、コロナ禍でバイオテック、北京五輪の開催でスポーツ産業の企業家も資産を増やしたという。
ランキングトップの鍾睒睒氏はミネラルウォーター「農夫山泉」の創業者として知られているが、ワクチン開発企業も経営しており、こちらの成長も同氏の資産増加に寄与した。
3. 負け組:規制で総崩れの教育、IT、不動産
テンセントの馬化騰(左)、アリババのジャック・マー両氏はいずれも資産を減らした。
胡潤研究院レポートより
2020年秋以降、IT、教育、エンタメなど多くの産業が規制の逆風を受けた。それは企業家の資産減に直結している。
資産の減少率が最も大きかったのは学習塾チェーンの好未来の創業者、張邦鑫氏(40)で、前年比94%減の57億元(約1000億円)まで目減りした。新東方教育科技創業者、俞敏洪氏の資産額は260億元減少し75億元(約1300億円)になった。2019年にニューヨーク証券取引所に上場し、2020年には資産額800億元だった高途集団の創業者は今年はリストから外れた。
この数年トップ3の常連だったIT企業家も独占禁止法など複数の規制の影響を受け失速した。テンセント創業者の馬化騰氏は資産が730億元目減りし4位に後退した。また、2020年にトップだったアリババ創業者のジャック・マー氏の資産も1450億元(36%)減の2550億元(約4兆5000億円)で5位に落ちた。
債務危機で世界を揺るがしている不動産セクターでは、恒大集団創業者の許家印の資産が前年から1620億元減の730億元(約1兆3000億円)で、順位は5位から70位に後退した。恒大より厳しい状況と言われる華夏幸福創業者の王文学氏が400億元から60億元(約1000億円)に資産を減らした。
4. 若手、女性:バイトダンスの張一鳴CEO、2位に浮上
胡潤氏は「中国民間シンクタンクのゴッドファザー」と評される。
胡潤研究院レポートより
ランクインした企業家のうち40歳以下は2020年を70人上回る326人。資産額1000億元(約1兆7000億円)以上はバイトダンス(字節跳動)創業者の張一鳴氏(38)、中国不動産首位「碧桂園」創業者の娘で、同社幹部の楊惠妍氏(39)、ウルムチ市に本社を置くインフラ建設企業・太平洋建設の創業者の息子で現トップの厳昊氏(35)の3人だった。
張一鳴氏の資産は昨年から2300億元増の3400億元(約6兆円)となり、テンセントの馬化騰氏、アリババのジャック・マー氏を抜いて2位に躍り出た。胡潤氏は「30代でトップ3に入った企業家は過去3人おり、張一鳴氏は4人目となった。バイトダンスは上場を模索しており、実現すれば彼は30代で資産トップに立つ初めての企業家になるかもしれない」と述べた。
1990年代以降生まれの企業家は28人がランクイン。お茶飲料チェーン「喜茶」の創業者夫婦、新興コーヒーチェーン「Manner」の創業者夫婦が含まれている。
女性起業家の比率は26%で、前年の24.9%からわずかに上昇した。女性トップは楊惠妍氏。同氏は26歳の時に父から碧桂園の株式を譲渡され、アジアトップの資産家になった。
5. 変化:資産1000億元超え、10年前のゼロから45人に
富豪ランキングは胡潤氏が趣味の延長で作成したのが始まりだ。急激に富を増やしていく中国で観察を続けることは容易ではなく、胡潤氏は「我々が作成したリストから漏れている資産20億元超えの中国人企業家は4000人前後いると考えている」と述べた。
同氏は調査を始めてからの変化をこう話してもいる。
「ランク入りした企業家は20年前の19人から2021年は3000人になった。今年の3000人のうち半数は5年前にはランク外だった。10年後はリストに名を連ねる企業家が5000人を超えるのではないか」
「資産1000億元(約1兆7000億円)を超える企業家は10年前はゼロだったが今年は45人いる。また20年前は資産35億元でトップ10に入れたが、10年前は360億元、5年前は780億元、今年は1930億元がトップ10のボーダーになった」
「トップ10の顔ぶれを見ると10年前は不動産企業、5年前はIT企業、今年は新エネ企業が目立っている。ただ、テック全盛期の時代にあって今年のトップが水を売る企業家(農夫山泉創業者の鍾睒睒氏)だったことは面白い」
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。