今年もクリエイターの祭典「Adobe MAX 2021」がオンラインで開催された。シャンタヌ・ナラヤン(Shantanu Narayen)CEOは、冒頭の挨拶で「あらゆる場所ですべての人がストーリーを伝えるツールを手にすること」が同社の根幹だと述べた。
出典:Adobe
アドビが10月末に開催したクリエーターの祭典「Adobe MAX 2021」。Photoshopに強力なAIベースのフィルター(ニューラルフィルター)が搭載されたり、イラストレーターの大幅な機能強化も発表された。
ただ、筆者が隠れた大発表だと感じたのは「Photoshop web版」の登場だ。
Photoshop CC 2022に搭載されたニューラルフィルターを活用した「風景ミックス」機能。例えば、山と赤茶色の岩肌の写真を組み合わせて、山自体の形状はそのまま質感や色を変えられる。
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1990年にバージョン1が公開されてから約31年、写真編集の定番アプリがウェブで利用できるようになる。
現在は“ベータ版”という位置付けで、ユーザーに広く使用感や今後増やして欲しい機能を募集している段階だが、Adobe Creative Cloudユーザーであれば編集機能を試せる。
決して"簡易版”と言えない機能の数々
Photoshop web版(ベータ)。Chrome上で動いている以外は、iPad版に近い見た目だ。
出典:Adobe
Photoshop web版は、決してWindowsやmacOS版のフル機能アプリと同等ではない。
どちらかといえば、2019年に正式版が発表されたiPad版に近い。iPad版からペンやタッチにまつわる機能を差し引いたイメージで大体合っている。
ただ、簡易版というにはあまりにも「きちんとPhotoshopしている」というのが第一印象だ。
PSD(Photoshopの標準ファイル形式)ファイルはPSDCという形に変換されるが、以下のような機能がベータの段階でも快適に利用できる。
- レイヤーの入れ替え、削除、追加
- 調整レイヤーやマスクレイヤーの追加、削除、調整
- 移動、変形ツール
- 選択ツール(なげなわ、クイック選択、自動選択、被写体選択など)
- ブラシ、消しゴムツール、スポイトツール
- スポット修復ブラシ、修復ブラシ、コピースタンプツール
- トリミングツール
- 文字ツール(文字サイズ、行間、カーニング、Adobe Fontsを用いたフォント変更など)
フォントも2万種類以上(日本語は500種類以上)あるAdobe Fontsから選択可能。
画像:筆者によるスクリーンショット。
使い勝手の面では、確かにベータであるためやや荒削り感はある。
だが、写真の色や写り込んでしまったゴミなどの被写体を消す、文字を大雑把に配置してみる……といった編集はできる。
そして、何より動作が非常に軽快だ。最初の読み込みには時間がかかるが(通信環境による)、その後はどの作業をするにもブラウザー上とは思えないほど、レスポンス良く動く。
写真の簡単な色調補正や、シンプルな写真+文字のグラフィックを作成もしくは編集したいという用途であれば、むしろWindows/macOS版の方がオーバースペックなのではと思えるほどだ。
肝はクリエイターと非クリエイターの「コラボレーション」
Adobeのシニアバイスプレジデントで、PhotoshopやLightroom、InDesignおよびAcrobatといった旗艦製品のプロダクトマーケティングとビジネス開発を担当するアシュリー・スティル(Ashley Still)氏。
画像:筆者によるスクリーンショット。
Adobeはなぜ看板アプリであるPhotoshopに、わざわざWeb版を新たに用意したのか。
その理由を、Adobeのシニアバイスプレジデントのアシュリー・スティル(Ashley Still)氏は「創造性の中に内在的にあるコラボレーションに投資をしている」と語る。
この言葉の意味を理解するにはPhotoshop web版以外の新製品も目を向ける必要がある。アドビは今回、Photoshopのほかに「Illustrator web版」、画像や動画などを1カ所に集めて共有できる「Creative Cloudスペース」、コラボレーションツールの「Creative Cloudカンバス」のそれぞれプライベートベータ版も発表している。
Creative Cloud Spaceの画面。画像や動画などのファイルを1カ所に集めて共有できる。
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Web版のPhotoshop、IllustratorはこのCreative CloudスペースとCreative Cloudカンバスと密接に連携している。
Creative Cloudスペースはあらゆる画像や動画、リンクなどといった素材(アセット)を1つの場所にまとめてチームで共有できるツール。
一方で、同カンバスはスペースより視覚的に、まるで無限に広がるホワイトボードのような場所に、手持ちもしくはスペースに保管されたファイルを自由に配置でき、その上にスタンプやコメントをすることで他のメンバーとコミュニケーションをとりながら制作を進めていけるツールだ。
Creative Cloud Canvasは、より視覚的にファイルを管理でき、自由にレイアウト、コメント、スタンプをすることでチーム間のコミュニケーションを円滑化する。
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アドビがWeb版Photoshopを作る必要があった理由
スペースやカンバスという機能は、言い換えればチーム作業の起点となる場所だ。そこに配置されたファイルを素早く編集するために、Web版のPhotoshopやIllustratorが必要、というわけだ。
また、Web版のPhotoshopやIllustratorの「編集」機能は現状ではCreative Cloudのなんらかの契約がないと利用できない。だが、「ファイルの表示」や「コメント」は、無料のAdobe IDさえあれば利用できる。
スティル氏は「クリエイターからステークホルダーまで、すべてのチームのメンバーが1つに集ってレビューや共同編集ができる」とし、これらの機能は普段あまりPhotoshopなどのツールを使わないユーザーとクリエイターを結ぶ架け橋になるツールだと話す。
コラボツールには「300億ドル超」の市場が広がる
今回のプロジェクトはいずれも「(コロナ禍)前からロードマップにあった」が、「パンデミックの中で経験したことが、開発のニーズや豊富なコラボレーションの必要性を強めていった」と、スティル氏は話す。
従来であれば、オフィスにいれば細かいニュアンスなどを伝えられたが、コロナ禍ではそれが容易ではなくなった。
その結果、“非クリエイター”職種であっても、意思伝達をストレスなく実行するためにクリエイティブツールを使うニーズが、既に表面化している。
「Canva」など、ウェブベースのクリエイティブツールはすでに存在する。
出典:Canva
例えば、2013年に登場したオンラインベースのクリティブツール「Canva(キャンバ)」は、その膨大なテンプレートの数々と基本無料のサービス体系が人気で、現在は6000万人以上の月間アクティブユーザーを抱えている。
こういったウェブベースツールの市場の規模についてスティル氏は「プラットフォームごとには捉えていない」としたが、コラボレーションツール市場については以下のように述べた。
「クリエイティブなプロセスだけではなく、例えばAcrobatにみられるような文章の共同編集などは、共に働く作業をしていく上で重要なパーツになってきている。
それは300億ドル(約3.4兆円)を超えるような非常に大きなマーケットが広がっている。また、モバイルにも同じことが言える。
つまり、モバイルでもウェブベースでもより多くの人々にリーチでき、価値が拡大していく」
スティル氏は今後の開発方針や他のデスクトップアプリのWeb化について「あくまでも焦点はPhotoshop、Illustrator、Acrobat」と、まずは発表済みのWeb版のブラッシュアップに注力していく姿勢を示している。
(文、撮影・小林優多郎)