グレッグ・サボ(Greg Sabo、中央)はアサナ(Asana)でエンジニアリング・リードを務める一方、AsanaUPという見習い制度の運営にも携わっている(写真はアサナのサンフランシスコオフィス)。
AsanaUP
メレディス・エイデロット(Meredith Aydelotte)はもともと人事の仕事をしていたが、出産育児のため5年ほど仕事を離れていた。しかし、そのあと再就職しようとしたところ、壁にぶつかった。応募しても返事が来ないのだ。不採用通知さえもらえなかったと言う。
そこでキャリアチェンジを考えた。テクノロジーの仕事はどうだろう。コーディングのブートキャンプ(集中コース)に通い、たった数カ月でプロレベルのプログラミングをできるように、基礎から学ぶという選択肢がある。
この案も魅力的ではあったものの、エイデロットが選んだのは、給料をもらいながらテクノロジーをフルタイムで学べるプログラムに参加することだった。「不採用続きでしたので、市場にとって魅力的な人材になるのに役立ちそうな選択肢をいろいろ検討しました」とエイデロットは語った。
最終的にエイデロットが飛びついたのはフェイスブック(Facebook、2021年10月にMetaに社名変更)の「リターン・トゥ・ワーク(Return to Work)」という16週間のプログラムを通じ、同社に入社する機会だ。リターン・トゥ・ワークは再就職を目指す人材向けのプログラム。収入を得つつ研修を受けるもので、現場で学ぶチャンスをつかんだことになる。
各業界で新しい機会を求めて退職する人が相次ぐ「大退職(Great Resignation)」が続き、テック企業が規模の大小を問わず、競争に必要なエンジニア人材を確保しようと動いている今、コーディングのブートキャンプは、今までになく人気だ。
しかしエイデロットの事例は、それらのメリットを享受するにあたり、人々が直面する課題を浮き彫りにする。また、新世代のプログラマーを教育するための給与付き研修制度の導入が、テック業界においてゆっくりだが着実に進んでいることが見て取れる。
フェイスブック、トゥイリオ(Twilio)、アサナ(Asana)のような企業は、このような研修プログラムの実施は会社のためにもなると言う。こうした企業では社員の多様化を急いでいる。研修プログラムを行えば従来とは異なるバックグラウンドの人材を集められるので、多様化に貢献するというわけだ。
「見習いプログラムを行うことで、より思い切った採用ができるようになりました」と言うのはアサナでエンジニアリング・リードを務めつつ「AsanaUP」という見習い制度の運営にも携わるグレッグ・サボ(Greg Sabo)だ。「安定してコードを書けるようになるにはもう少し勉強が必要と思われる人材も、採用できるようになったんです」
コーディングのブートキャンプを終えた人たちは必ずしも即戦力となるわけではないと各社は口をそろえる。コーディングの基本を学ぶことと、コーディングをして生活の糧を得ることの間には、求められるスキルレベルに大きなギャップが存在する場合があり、給料の出る見習い制度はその差を埋める一助となるという。
マイクロソフトのような企業に、少数派の候補者が参加できる見習い制度を導入する際の支援を提供する、アプレンティ(Apprenti)のエグゼクティブ・ディレクターであるジェニファー・カールソン(Jeniffer Carlson)は言う。「6年前に当社を創業した際、市場に足りなかったものがありました。教育を受け続けるためのさまざまな代替ルートが存在していたにもかかわらず、企業は即戦力となる人材がいないと悩み続けていたんです」
「企業と、入社を希望する候補者の期待値にずれがあると、双方の役に立たない」と言うのは、トゥイリオでデベロッパーエクスペリエンス担当ゼネラルマネジャーを務めるベン・スタイン(Ben Stein)だ。スタインはトゥイリオの研修プログラム、トゥイリオ・ハッチ(Twilio Hatch)の運用に関わっている。
「ブートキャンプ参加者を採用し、現場に放り込むのは成功への道とは言えません。ブートキャンプを終えた人材なら、コードも書けるしエンジニアとして大成できるはずだ、と期待するのはフェアではないと思います。失敗のもとですよ。あまりにもハードルが高すぎます」とスタインは言う。
ブートキャンプを修了した人のなかには、見習い制度というアプローチがありがたかったと考える者もいる。プログラマーとして就職した場合でも、見習い制度のおかげでメンターを持つことができたし、テック業界でキャリアを築くのに必要なネットワークも作れたと受け止める声があるのだ。
例えば、ルイス・アルバレス(Luis Alvarez)は2018年にハック・リアクター(Hack Reactor)というブートキャンプを終え、2019年にAsanaUPに入った。アルバレスは言う。
「ブートキャンプを終えた後、私はソフトウェアエンジニアとして住宅ローンの会社で働いていました。ですが勤務するうちに独学を続けているだけのような気がしてきて、現場で活躍する人にメンターになって欲しいと思うようになりました」
見習いプログラムに参加する前にテックのスキルを身に着けていた人にも、メンターシップは貴重だ。例えばナイジェリアでソフトウェアプロダクト・マネジャーをしていたザンドラ・オツバモウォ(Zandra Otubamowo)は、出産・育児のため一時キャリアを離れていたが、家族がアメリカに引っ越した後、フェイスブックのリターン・トゥ・ワークに入った。
オツバモウォは言う。「母親として子どもを育てながらキャリアを立ち上げ直すのは、本当に大変です。でも見習い制度のおかげで、水の中でもがいているようなときでも、助けを求めやすく感じられ、一人で溺れずに済みました」
(翻訳:カイザー真紀子、編集:大門小百合)