今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
今年10月より入山先生が日本経済新聞の書評欄の評者に就任されました。第1回として尾原和啓さんの『プロセスエコノミー』を取り上げ、商品やサービスのプロセスに価値があるという「プロセスエコノミー」の重要さを述べています。このような考え方が台頭してきた背景には何があるのでしょうか。プロセスエコノミーを生んだ3つの変化を、入山先生に聞きました。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:10分31秒)※クリックすると音声が流れます
商品ができる過程を知るとファンになる
こんにちは、入山章栄です。
実はこの10月から、日本経済新聞の書評欄を書かせていただくことになりました。ずっとその欄を担当していたベテランの経営学者の方が退かれることになったので、僕にお声がかかったというわけです。
ただし、この連載でも何度か申し上げたように、僕はビジネス書を読むのが苦手。でもせっかくですから、この機会を利用してたくさん本を読もうと思っています(笑)。
BIJ編集部・常盤
ご自身の鍛錬のために引き受けられたのですね。
その書評の第1回で取り上げられたのが、尾原和啓さんの『プロセスエコノミー』でした。今、「プロセスエコノミー」は大きなキーワードになっていますが、この本をお読みになっていかがでしたか?
たいへん面白く拝読しました。著者の尾原さんはITの世界では非常に有名な方で、僕は彼とダイヤモンド・オンラインで「読後対談」もしていますので、よろしければご覧ください。
「プロセスエコノミー」がどういうものか、詳しくはこの本を読んでいただきたいのですが、簡単に説明しておきましょう。
これからの時代は、最終製品やサービスではもう差がつかない。だいたい似たようなものしか作られないし、品質も値段もほとんど差がない。では消費者は何をもって購入の決め手にするかというと、商品を作る過程に共感できるかどうかです。
プロセスを知っていると、作っている人たちの熱意に巻き込まれて買うことが多い。つまり現代においては、商品そのものよりも、商品ができるまでの「プロセス」が重要になっているということです。この現象に「プロセスエコノミー」という名前をつけたのが、ネット界で有名なけんすうさんでした。
プロセスエコノミーの分かりやすい例が、韓国のアイドルのNiziU(ニジュー)やBTS(防弾少年団)などでしょう。少し前なら日本のAKB48やモーニング娘。もそうです。
素人ががんばってアイドルになるまでのプロセスを見せることで、「応援したい」という気持ちをかき立てる。いま人気のあるYouTuberたちも、みんなで一緒にプロセスを作っていくことを大事にしています。
若い人たちはいま、社会問題の解決に尽力する企業を応援する「エシカル消費」をするようになってきていますが、これもプロセスエコノミーの一環だと言えるでしょう。製品の質や価格よりも、誰がどういう気持ちで作っているか、そのプロセスで選ぶようになっている。
他にも企業が「ファンを作りたい」と言ったり、「顧客のエンゲージメントを高めたい」と言ったりするのも、世の中がプロセスエコノミー化していることの表れでしょう。
この点を読み誤ると大変です。例えばファーストリテイリングが、ウイグルの少数民族の強制労働によって作られた綿花を原料に使っているのではないかという疑いをかけられたとき、柳井正さんは「政治問題にはコメントしない」と発言しました。
これはご本人のいろいろなお考えもあるのでそれが良い悪いではないのですが、プロセスエコノミー的には「えっ」となるわけです。今の若い消費者は品質がよくて安いだけのTシャツではダメで、どんなふうにつくられたTシャツなのかまで気にするようになっているからです。
つまり現代は、ありとあらゆるものがプロセスエコノミー化してきている時代だと言えます。
BIJ編集部・常盤
プロセスエコノミーの対極にあるのが、最終成果物に対価を払ってもらうアウトプットエコノミーです。
長らく続いてきたアウトプットエコノミーからプロセスエコノミーへと転換しつつあるのは、何がきっかけだったのでしょうか。
理由はいくつもあると思いますが、僕は次の3点ではないかと思います。
1つめは、尾原さんの本にあるように、いわゆるマズローの5段階欲求説の下段のほうにある生理的欲求や安全欲求が満たされていること。少なくとも先進国では物質的にはある程度満たされていて、産業も飽和しているから、先ほども言ったように最終製品での差別化が難しくなっています。
2つめはこの連載の第68回でも申し上げたように、生活コストが安くなっていることです。YouTubeを見ていれば1日暇を潰せるし、映画館に行かなくても月額500円のAmazonプライムで映画を見られる。経済学で言う「限界費用ゼロ」社会になっているんですね。
アウトプットエコノミーの時代の消費者は、商品に値段相応、もしくはそれ以上の価値を認めなければ買いませんでした。しかし今は何でも安く手に入る。そのため若者世代を中心に「費用対効果」という発想がなくなり、その代わり「いかに共感できるか」「応援したくなるか」がお金を出す基準になっている。
だからクラウドファンディングや、投資アプリの「Robinhood(ロビンフッド)」が出てきているのでしょう。
3つめは、企業サイドが情報を公開しやすくなっていることです。昔は企業が情報を発信する手段はほとんどありませんでした。しかし今やデジタルツールが普及して、誰でもYouTubeで動画発信できる時代ですから、商品ができるまでのプロセスを気軽に見せることができる。
この3つの複合要因で、プロセスエコノミーが発展したというのが僕の理解です。
BtoBではアウトプットエコノミーが生き残る
BIJ編集部・常盤
これからアウトプットエコノミーは衰退してしまうのでしょうか。それともプロセスエコノミーと並走していくと思われますか?
BtoBはアウトプットエコノミーのままの可能性が高いですよね 。でも最終消費者を相手にするBtoCの多くは、ある程度プロセスエコノミー化すると思います。
当然、「いいものを安く買いたい」という価値観も残るでしょう。でもその場合は本当に安くないとしょうがない。
プロセスエコノミーの価値はどこにあるかというと、値段を高くつけられるところです。特に連載の第68回でお話ししたように、若い人の間では費用対効果の感覚が相当揺らいでいますから、共感すれば高くてもお金を払う。だから「ロビンフッド」を使った投資では、ナイキのスニーカーに僕が理解できないほどの高値がつくというわけです。
「ワインツーリズム」は体験型のプロセスエコノミー
そういうわけでこの本は非常に面白いのですが、褒めてばかりだとバランスが悪いので、日経の書評には「次に望むもの」を書きました。この本では、プロセスをどう表現したり経験したりしてもらうかというところが、「プロセス」というひとまとまりになっていたので、ここがもっと体系化できているといいよね、と注文をつけています。
消費者にプロセスを体験してもらうにも、いろいろなパターンがあると思います。
一つは、実際に一緒に体験するパターン。あるいはYouTubeの動画などをストックしておいて、そのストーリーを全部見てもらうパターン。もしくはワインツーリズムのように、ブドウ畑まで来てもらって、原料のブドウの実を試食し、シャトーを見学して、そしてワインができあがったら飲むというパターン。ナパバレーの有名ワイナリーはこのワインツーリズムで人気に火がつき、そこのワインにはすごい高値がついています。
これを日本酒でやろうとしている人もいます。お客さんに秋田の田んぼで田植え体験をしてもらうところから始めて、収穫した米で日本酒をつくり、日本酒ができるまでのプロセスにすべて関わってもらう。そうやってできあがったお酒をみんなで飲んだら、絶対に大ファンになるでしょう。
これからはBusiness Insider Japanの記事も、読者と一緒に作るといいかもしれませんよ。読者はきっとSNSで拡散してくれるでしょう。
実は、僕の著書『世界標準の経営理論』も雑誌『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』で連載していた当時、いろいろな勉強会を通じて参加者と相談しながら作っていました。だから熱いファンがいてくださいます。
僕はこういう勉強会でお金を取ろうと思いませんが、取ろうと思えば取れる。メディアも、いずれはそういう方向に向かうと思います。
BIJ編集部・常盤
今回はなぜ入山先生が日経新聞の書評の執筆を引き受けたかをお話しいただきましたが、考えてみればこれもプロセスの開陳ですね。
先生がどういう思いで評者を引き受け、本を選び、原稿を書かれたのかにも思いを馳せながら書評を読んでいただくと、また味わい深いかもしれません。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:19分40秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。