撮影:三ツ村崇志
「女性」を意味する「Female」に、テクノロジーをかけ合わせた「フェムテック」。
生理やPMS(月経前症候群)など、女性の身体に関わる悩みをテクノロジーを使って解決することを目指し、近年注目が集まっている分野だ。経済産業省も、「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」で事業者に向けた支援を進めている。
フェムテックを名乗るサービスの範囲は幅広く、中にはエビデンス(根拠)が不十分であるにも関わらず医学的な「効果」をほのめかしているサービスもある。その一方で、医療機関や研究所と共同研究や協力関係を構築しながら、データエビデンスベースで「不妊治療」というセンシティブな課題の解決をサポートしようとする取り組みも進み始めている。
成育医療研究センターとタッグ組む「ルナルナ」
エムティーアイ、ルナルナ事業部副事業部長の那須理紗さん(左)と、成育医療研究センターとの共同研究に携わる中村茜里さん(右)。
撮影:三ツ村崇志
生理日管理から妊活までをサポートしているアプリ「ルナルナ」を提供しているエムティーアイでは、2019年から国立成育医療研究センターと「妊娠のしやすさ」や「不妊治療」に関する共同研究を進めている。
エムティーアイは、まだガラケーが全盛期だった2000年にルナルナ事業をスタート。生理という極めてパーソナルな情報をモバイル上で管理できるサービスとして、これまで多くの女性に利用されてきた。スマホ用アプリのダウンロード数は1700万件にも及んでいる。
ルナルナではこれまでにも、産婦人科医師の監修を受けながら、基礎体温や排卵日などのデータから統計的に妊娠しやすいタイミングや排卵日を予測するアルゴリズムの構築を進めてきた。
ルナルナ事業部の副事業部長を務める那須理紗さんは、
「女性の社会進出が増えてきている中で、生理日などを計算する単なる『ツール』という枠組みから、不妊治療や妊活向けのツール、PMSに特化したツールなどを拡充していきました」(那須さん)
と、サービスの経緯を話す。
2014年には「マタハラ」がユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされるなど、2010年代以降は社会的に妊娠や出産に伴う女性の働き方などへの関心もそれ以前に比べて高まっている。
ルナルナのサービス開始から20年の間に蓄積されてきたノウハウやデータは膨大だ。サービスのプラットフォームもクラウドへ移行したことで、その活用を進めている。
「もともと成育医療研究センターと何かできないかと議論していました。そこで、ルナルナの蓄積してきたデータを用いて今回の共同研究に至りました」(那須さん)
2020年10月にスタートした不妊治療に関する成育医療研究センターとの共同研究の第2弾では、ルナルナユーザーの中でも不妊治療を経験しているユーザーに対してアンケートへの協力を依頼。
身長や体重といった基礎的な情報のほか、飲酒・喫煙などの生活習慣や妊娠歴、自身が経験した治療方法や検査結果、さらに治療の結果妊娠のどのステージまで到達したのかというかなりプライベートな情報まで入力を求めた。
ルナルナのアプリ上でのアンケートの内容。かなり細かい内容まで収集している。
提供:エムティーアイ
当初5000人程度からデータを回収できれば良しとしていたが、フタを開けてみれば、最終的には1万3000人ものルナルナユーザーからデータの提供があったという(現在はデータの解析中)。
「データを集める上で、ルナルナのユーザーに対して謝礼などはありません。それにも関わらず、有志で非常にたくさんの方に協力していただけている状況です。その分、課題感を感じている方が多いということなのではないかと思います」(那須さん)
データの海に眠る「不妊の因子」を探る
成育医療研究センターの横溝陵研究員。
取材時の画面をキャプチャ
エムティーアイと共同研究を進めている国立成育医療研究センターの横溝陵研究員は、
「不妊治療は自由診療ですので、個々の裁量が大きいイメージが持たれがちです。ただ、医療である以上、科学的に効果が見込めそうな方法に基づいて治療がなされます。もともと(普通の医療と同様に)データを活用しようという考え方はありました。
それに加えて、AIのブームが起きる中で、データをうまく使ってもっといい治療をできないか、と考えられ始めたのではないでしょうか」
とデータを活用しようとする流れを語る。
一口に「不妊」と言っても、人によって原因はさまざま。原因ごとに治療方法が変わることはもちろん、中には原因が明確に分かっていないケースもある。
今回のプロジェクトでは身体情報などの基礎データから治療結果まで、さまざまな統計データを分析することで「不妊や妊娠に影響する因子」を抽出できる可能性があると期待する。
横溝研究員は、
「(アプリで集めるデータは)不妊治療の診療の現場でも治療方針を考えていく上で極めて重要なデータです。アプリを通じて情報を集めることで、さまざまな医療機関を受診している方の情報が集まっています。不妊治療のデータを解析する研究は、共同研究をやろうにも準備がそれなりに大変になり、単施設でしかやりにくいことがハードルでした。こういったプロジェクトを通じて、患者さんのためになる医療につなげていきたい」(横溝研究員)
と共同研究に対する期待を語る。
不妊治療に関するデータは、体外受精、顕微授精などの採卵を伴う生殖補助医療(ART)のデータであれば産科婦人科学会でも収集されている。
今回のルナルナとの取り組みでは、アプリを使って手軽にアプローチできたことで、医師が妊娠しやすいタイミングを指導する「タイミング法」や、男性から採取した精子を子宮内へ直接送り込んで受精させる「人工授精」などの不妊治療に関わるさらに広範囲なデータも回収できている点が特徴だ。
解析したデータをもとに、個人の健康状態などに適した不妊治療の手法を提案できるようなアルゴリズムを構築できれば、心身に及ぶ患者の負担を大きく軽減できる可能性がある。
「不妊治療は1回1回の治療も高額です。不妊治療の手法をステップアップすべきタイミングや、どれくらい試すべきなのか、悩む人は多いんです。その最終決定をする患者さんが、納得感をもって選択することをお手伝いできれば良いと思っています」(那須さん)
「効果的な不妊治療の提案」目指す
vivolaの角田夕香里代表。
取材時の画面をキャプチャ
データを用いて不妊治療の課題解決を目指すスタートアップも台頭している。
不妊治療アプリ「cocoromi」を展開するvivolaは、2020年に設立されたばかりのベンチャーだ。
cocoromiでは、妊活にかかわる検査結果などの個人情報を記録するプラットフォーム機能に加えて、医学的に妊娠のしやすさ(妊孕性、にんようせい)を左右する因子として考えられる情報(年齢やAMHの数値、疾患など)をもとに「ユーザーと似ている(同質性の高い)患者」を割り出し、どのような治療を選択して妊娠に至ったのかを「参照」することができる。
vivolaの角田夕香里代表は、
「不妊治療は自由診療の枠組みで実施されているので、病院ごとに治療方針が異なっていることも多く、その結果患者の選択肢が狭められているケースがあります。
他の病院を紹介することも少ないので、別の治療法があるにも関わらず、(うまくいかない)同じ治療方法でトライアンドエラーをしてしまうこともあるんです。ほかにもいろいろな検査方法があることを選択肢として示し、不妊治療へのアクセスを高めたい」
と問題意識を語る。
また、すでに海外では、アメリカのUnivfy社など、個人の基礎データを元に体外受精の成功確率などを提案するサービスを展開している企業も存在する。
vivolaでもcocoromiからさらに一歩踏み込んで「より効果的な治療法の提案」をするサービスを目指し、複数の医療機関と協力しながら類似症例データベースの作成や、実際に治療方法を提案するアルゴリズムの構築にも取り組んでいる。
データベースには患者の個人情報や過去の治療成績などの背景情報はもちろん、服薬したホルモン剤や、それにともなう内分泌のデータなど多岐にわたる情報が登録される。加えて、女性だけではなく、パートナーとなる男性の精子の濃度や運動率など、妊娠の可否に大きく関わるデータも収集している。
あらゆるパラメーターをデータベース化することで、
「治療の妥当性を医師の経験則に加えてデータで示していくことができれば、『個人に推奨できる治療法』を提案できるサービスができるはずです」(角田代表)
と展望を語る。
診断に与える影響が大きい場合は、保険適用される「医療機器プログラム」して認定を取得する必要が出てくる可能性もあるため、vivolaでは医療機器申請の有識者らと協議しながらサービスの開発を進めているという。
(文・三ツ村崇志)