「育休が当たり前の社会」に戸惑う上司たちへ…なぜ部下が男性育休を取りづらいのか

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男性育休の取得率が上がりつつある今、マネジメントのあり方も問われている(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

2015年度にはわずか2.65%だった男性育休の取得率は、2020年度は12.65%と急激に増加しました。

女性の育休取得率81.6%とはかなり差がありますが、2022年4月からは改正育児・介護休業法が順次施行され、男性育休の取得推進が強化されます。

日本生命保険のように男性育休取得率100%を達成している企業もあり、今後、育休を取得する男性の数はさらに増え、いずれ当たり前になっていく可能性もあります。

ただ、「男性育休なんて、そんな簡単には推進できない」「男性の育休取得者が増えたら、仕事が回らなくなる」などと戸惑う上司は、実のところまだ多いでしょう。

私は、20年にわたり4つの会社で管理職を経験し、時短勤務の主婦層や週3日勤務、完全在宅勤務、時差出勤など多様な勤務条件のメンバーをマネジメントしてきました。また、2021年からは「兼業主夫」として、妻に代わって家庭をマネジメントする立場です。

職場と家庭両方のマネジメントを経験して私が思うのは、男性育休が当たり前の社会へと移り変わっていくには、「職場」だけでなく「家庭」も考えたマネジメントが、経営者や管理職に求められるということです。

来るべき、男性育休が当たり前の社会とどう向き合ったらいいのか。家庭と職場の関係性にフォーカスして考察してみたいと思います。

妻の負担が大きすぎる

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「育児は妻」という前提を見直す必要がある(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

まずは、家庭における家事分担の現状から見ていきましょう。

男女の育休取得率が“12.65%:81.6%”と極端な差があることに着目すると、家事・育児は女性が担うという性別役割分業意識の影響を感じます。

それでも、夫婦がともに納得し家庭内のバランスが取れているのであれば良いのかもしれません。

問題なのは、なし崩し的に妻だけに家事・育児の負担が押しつけられてしまっていたり、表向きはバランスが取れているように見えつつ、実は妻が無理をして負担に耐えたりしているようなケースです。

それらのケースでは、得てして夫がその深刻さに気付かないまま時間が過ぎてしまい、妻がヘルプを出したころには、既に行き詰っているという事態に陥りがちです。

夫からの目線で子育てをめぐる葛藤が描かれたNHK記者の記事「消せないメール 」には、幼い長男から送られてくる痛々しいメールを通じて、家事・育児の負担が妻に偏っていたことで家庭が窮地に追い込まれていく様子が生々しく記されています。

この記事のような状況に陥ってしまう大きな原因の一つは、家庭内の運営体制構築の不備にあります。

「家事・育児はすべて妻が対応する」という“前提”で体制を構築しようとすると、家庭で発生するすべてのタスクは妻が一人で対応するワンオペを想定して設計されることになります。

元凶は「家事・育児は妻」という前提

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撮影:今村拓馬

「家事・育児は妻」の前提が問題をつくっている例はいくつもあります。

例えば、妻だけでは対応しきれない状況が発生した時、家庭を回していくために夫にヘルプ要請しようとしても、それは夫からすると追加の負担ととられがちです。

「家事・育児は妻」を前提に置くからこそ、夫にも家事・育児を分担を……となった時に妻が責められたり、夫婦ゲンカに発展したりします。そんな家庭環境だと妻は夫にヘルプ要請しづらく、疲れや不満を溜め込んでいってしまいます。

一方の夫は、家事・育児は妻が何とかするのが当然と認識しているので、妻からのヘルプ要請に対して鈍感になりがちです。その結果、対応が後手にまわって事態がどんどん深刻になるという悪循環が生まれ、家庭内はマネジメント不全に陥ります。

元凶をたどれば、「家事・育児はすべて妻が対応する」という“前提”に問題があることに行き着きます。

そしてこの“前提”は、男性育休取得の推進においてもマイナスに作用します。家事・育児の中で夫が対応すべきタスクがなくなるからです。

もし夫が育休を取得したとしても、することがなければ家でゴロゴロするだけになってしまいます。

私が研究顧問を務める『しゅふJOB総研』で男性育休取得の義務化について調査した際には、義務化に反対という妻から「結局ゲームしてダラダラと家にいて、食事の用意など手間が増える」と嘆く声も寄せられました。

それなら夫には、育休など取らずに稼いできてもらった方がマシなはずです。

企業側も「父親は休まない」前提の組織を見直すべき

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職場側の変革も急務だ。

撮影:今村拓馬

ここまでは家庭側の視点でしたが、家庭でマネジメント不全が発生するメカニズムは、職場におけるマネジメント上の問題と大いに関連しています。

「家事・育児はすべて妻が対応する」という“前提”があると、「夫が家庭事情で休まない」という“前提”で職場内の業務が設計されてしまうことになります。

「夫が家庭事情で休まない」前提で業務設計された職場では、もし夫が仕事を休むようなことがあると、職場にとっては想定外が生じたことになります。そして、休まないはずの夫が休んだことによって発生する業務のしわ寄せは他の同僚に向かいます。

そのような職場環境では、夫は同僚に迷惑がかかるのを避けるため、できる限り休まないよう努める、というある種の負の循環が生まれてしまいます。

結果、有休取得はもちろん、男性育休取得などもっての外という雰囲気を生み出してしまいます。

これを改め、男性育休取得がしやすい雰囲気へと変えていくには、「夫も家庭事情で休む」という“前提”で業務を設計し直さなければなりません。業務を再設計する際のポイントは、大きく3つあります。

ポイント1…業務をタスクで把握する

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「夫も家事で休む」を前提にしたマネジメントで気を付けるポイントとは?(写真はイメージです)

撮影:今村拓馬

1つは、業務をタスク単位で把握することです。

「営業」など職種単位の大雑把な把握ではなく、商談やアポイント取得、提案書作成など、営業という職種を構成する要素を分解したタスクを洗い出して管理する必要があります。

そうすることで、社員が仕事を休んだ際に生じる職場への影響をタスク単位で詳細に把握することができるようになります。

育休に限らず、柔軟に休みが取得しやすい職場は、タスクに分解してマネジメントできる体制を整えています。

これらは私自身が、家事・育児を両立させながら働く主婦層を始め、柔軟に休みを取りたいと希望するメンバーを多数マネジメントする上で、実際に取り組んでいたことです。

ポイント2…タスクは複数人もしくは外部戦力が担当

次に、タスクごとにカバー体制を構築することです。休む社員一人分の業務工数を丸ごと他の社員に上乗せしてしまっては、しわ寄せが大きすぎます。

担当業務をタスクごとに分解して複数人に割り振れば、無理が生じづらくなります。

先ほど例に挙げた「営業」であれば、アポイント取得はコールセンター部門に、提案書作成はマーケティング部門に振り分けるといった具合です。

また、社内にタスクをカバーできる部門や人員がいなければ、専門業者やアウトソーシング会社、人材派遣サービスなど外部戦力に任せるという方法もあります。

ポイント3…「休み」を想定した目標を立てる

最後に、社員が休むことを想定して工数を読み目標設定することです。

社員が休まずにフルに勤務した場合の工数ありきで目標設定してしまうと、社員が休むたびに目標と実態とが乖離していきます。社員が休まない前提で目標を組んでいる時点で、現実に即していないということです。

仮に、1人あたりの年間就業予定日が245日だった場合、245日を前提とした工数で考えてしまうと齟齬(そご)が生じます。年次有給休暇が10日発生する社員であれば、235日を前提に考えるべきです。

一方、育休取得や病気、ケガなどで長期離脱が発生し、かつその間の代替措置が確保できない場合は、工数減に応じた目標修正も必要です。

修正せず、現実味のない目標を根性論だけで追いかけても、残った社員は疲弊するだけです。また、さらに休みが取得しづらい雰囲気が広がることになります。

しかし、現実的な目標に修正すれば、そこを起点に新たな取り組みに向かうことができます。

家事でも役立つタスク分担

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撮影:今村拓馬

以上3つのポイントは、そのまま家庭マネジメントの改革にも当てはめることができます

家事・育児のタスクを洗い出せば、タスクごとに細かくカバー体制を構築できるようになります。

月・水の晩御飯は夫が準備し、洗濯物は干すまでが夫でたたむのは妻、家の掃除は妻がリビングで夫は和室と寝室といった具合です。

もし費用に問題がなければ月に一度は家事代行を利用したり、家族以外の人に委託することに抵抗があるならば、食洗器を購入して皿洗いタスクを自動化したり、といった方法もあります。

「家事・育児はすべて妻が対応する」「夫が家庭事情で休まない」という“前提”があると、家庭と職場は完全に分離されてしまいます

そのため、夫が仕事だけに没頭していても家庭は回るものと見なされ、経営者や管理職が職場をマネジメントする際は、職場で起きることだけを認識していれば事足ります。

しかし、ここまで見てきた通り、家庭と職場は少なからず連動しています。

今後、男性育休が当たり前になる社会と向き合っていくには、家庭のことはわからず、職場のことしか知らない経営者や管理職では、適切なマネジメントがしづらくなっていきます。

家庭と職場の関係性を一体的に認識し、職場を「夫も家庭事情で休む」という“前提”で設計した業務体制へと切り替えた上で成果を出していくマネジメントが必要になるのです。

(文・川上敬太郎


川上敬太郎: ワークスタイル研究家。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。広報・マーケティング・経営企画・人事等の役員・管理職を歴任し、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。調査機関『しゅふJOB総研』では所長として、延べ3万5000人以上の主婦層の声を調査。現在は『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長の他、執筆・講演等を行う。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。

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