エンジニアリング・マネジャーのジャムシド・ヴェスナ(Jamshed Vesuna)はこの1年半、友人や同僚が起業していたこともあってスタートアップ企業への投資を始めていた。彼らのビジョンや創業の背景を聞くのは楽しかったし、そんな彼らの目標達成の一助となるべく、エンジェル投資家として自分のお金を投じてきた。
アクセル・スターターとして活動するジャムシド・ヴェスナ。
Jamshed Vesuna
2021年の初めにベンチャーキャピタル(VC)のアクセル(Accel)に転職した元同僚と久しぶりに話した際に、エンジェル投資家をやっていると話したところ、「スターター・プログラムに興味はある?」と誘われた。
アクセルには「アクセル・スターターズ」というスカウトのプログラムがあり、それに参加すれば、自腹で出せる金額よりもはるかに大きな投資ができる。ヴェスナはその誘いに飛びついた。どんな体験ができるのかを考えたら、断るなんてもってのほかだ。
VCの世界は、部外者の目には敷居が高くて複雑そうに映るが、将来VCの仕事で成功することを夢見るなら、スカウトプログラムが一番の近道だ。
一流のVCにはたいてい、そういったプログラムが用意されている。多くの場合、スカウトたちは会社が出す決まった額の資金(シード資金など)から一定額を割り当てられ、投資先候補となる起業家やスタートアップ企業を自由に探して、ペアを組むVCのパートナーやアドバイザーにプレゼンを行う。
本稿では、VCの現役スカウトとして活動する4人と、ライトスピード(Lightspeed)、アクセル、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)でスカウトとして最近まで活動していた人たちから話を聞いた。
スカウトとはどんな仕事?
日常的な活動はどのスカウトでも変わらない。会社のスカウト資金から10万〜20万ドル(約1100万〜2200万円)を割り当てられ、それを1件2万5000〜5万ドル(約275万〜550万円)の小型投資案件に充てることになる。
セコイアのプログラムに詳しい人物によれば、合計額は10万ドル(約1100万円)だったとのこと。アクセルは20万〜30万ドル(約2200万〜3300万円)、ライトスピード社は25万ドル(約2750万円)くらいのようだ。
プログラムによっては、ペアを組むVC側のパートナーに対して、その企業がなぜ優良な投資先なのか、簡単な説明が必要になる。複数のスカウトたちによれば、これは簡単な資料でかまわないようだ。
会社が投資すると決めたら、スカウトにはその投資について「キャリー」と呼ばれるものが支払われる。キャリーとは、VCが投資利益の中からスカウトに対して払う手数料を指す。1件ごと、また会社によってもキャリーは異なってくる。
アクセルではスカウトのクラスごとにキャリーがプールされ、それがそのクラス内のスカウト全員に平等に配分される。そのため、決まった案件数によって額は変わってくる。ライトスピードの場合、キャリーは案件の投資額の一定割合となっている。
こうしたプログラムは、VCにとってはまだ投資先が小さなうちから投資のチャンスを得られ、スカウト側も経験から学びつつ投資家として利益を出せる、双方にとってメリットのあるしくみとなっている。
スカウトの経歴はさまざま
VCのスカウト・プログラムの中で一番有名なのはおそらく、10年以上前に他社に先駆けてこのしくみをつくったセコイアだろう。しかし、セコイアのプログラムは一番謎めいてもいる。
セコイアは投資先の創業者や、創業者から推薦された人をスカウトにしたり、またハーバード大学やスタンフォード大学など学校のキャンパス・アンバサダー(企業と大学の橋渡し役となる大学生)の制度を活用してスカウトを見つけ出したりしている。
3年前にセコイアのスカウトになった1人が、匿名を条件に経緯を話してくれた。
セコイアに企業を紹介し、「そこへの投資が決まったら、それでスカウトになれることがあります」という。
スカウト・プログラムへの誘いを受けるもう一つのアプローチは、IT業界での評判と、多くのコネクションだ。詳しい人によれば、SNS上でフォロワー数が多かったということでスカウトになれた人や、起業家によく助言を求められるという理由でスカウトになったという人もいるという。アクセル・スターターズのスカウトたちも同様に、多くのコネクションを持っている。
最近、従来のコネ経由でのアプローチから公募制に切り替え、スカウト用資金を担当するパートナーが選考するようになった企業もある。
エンジェル投資家、ジェイソン・カラカニスの新しいプログラム「オープン・スカウティング(Open Scounting)」は公募制で、誰でもウェブサイトのフォームからスタートアップ企業の情報を提出できる。審査に通れば、カラカニスによるローンチ(Launch)の資金や、他の投資家との共同投資の取り組みであるザ・シンジケート(The Syndicate)からの投資を受けられる。
山のように来るスカウトからの応募を選考しなくてはならないのが難点だが、VCとあまり縁がない人に対して門戸を開くという利点もある。
ライトスピードのスカウト研修プログラムは応募受付期間が決まっており、ホームページのフォームで受け付ける。現在3年目に入っており、過去最多人数となっている今のクラスは、新規でスカウトになったのが42人、前年からの継続が11人だ。
ライトスピードの創業者バリー・エガーズ(Barry Eggers)とともにスカウト・プログラムを担当するパートナーのメルセデス・ベント(Mercedes Bent)は、この公募制のしくみがスカウト・プログラムの成功のカギを握るという。
「VCの世界は同じような人たちばかりになりがちですが、いい事業を見つけたいなら経歴や意見に多様性が必要です。すでにかなり閉鎖的な世界ですから、スカウトの世界までそうする必要はありません」
コロナ禍で開かれた扉
コロナ以前、セコイアはネットワーキング目的のイベントや懇親会を開催してスカウトと起業家の卵が接する機会を設けていた。スカウト以外にも、ハッシュタグ・エンジェルズ(#Angels)のジャナ・マサーシュミット(Jana Messerschmidt)など会社の重鎮が参加していた、とセコイア社の元スカウトは言う。
こうしたイベントは中止を余儀なくされたが、思わぬ効用もあった。スカウトたちにとって、多様な経歴を持つ起業家との接点が増えたのだ。
ライトスピード・パートナーズのスカウト、ロリータ・タウブ。
Lolita Taub
ライトスピードのスカウトをしているロリータ・タウブ(Lolita Taub)は、コロナ禍にビデオ会議でスカウト活動をすることで、中南米の企業への投資がしやすくなったという。中南米はシード投資の分野では急成長しているものの、こうした企業すべてがカリフォルニアに飛んでVC回りをできるわけではない。
「私は裕福ではない家庭で育ちましたから、直接会いたいと言われても経済的に難しい人たちの状況は理解できます」
「VC側も、従来のやり方ではリーチできない市場があるということは分かっているんです。ではどうすればいいのか。プログラムに参加する私たちスカウトを使えばいいんです」
ヴェスナも同様の意見だ。「企業との連絡はほとんどビデオチャットなので、オレゴン、シアトル、ニューヨーク、シカゴ、テキサスと、相手がどこにいても話ができます。
これで投資やVCへの競争がだいぶフェアになったのではと思います」
現在グレイロック・パートナーズで働くクリスティン・キムは、アクセル・スターターとしての経験が今のキャリアにつながっているという。
Christine Kim
スタートアップへの投資経験を積んだスカウトの中には、フルタイムの投資家になる人たちもいる。セコイアのプログラムに詳しい人物によれば、パートナーであるマイク・バーナル(Mike Vernal)、ジェス・リー(Jess Lee)、アルフレッド・リン(Alfred Lin)の3人は元スカウトだという。
2020年にアクセル・スターターズに参加したクリスティン・キム(Christine Kim)も同様に、今はグレイロック・パートナーズで働いている。キムはウーバーイーツ(Uber Eats)でIT業界のプロダクト関連のキャリアをスタートさせ、副業でスカウト活動を始めた。
知人や友人経由で知り合った人に投資をしていたキムは、これらの企業についてアクセルにプレゼンしたのだという。「グレイロックに採用されたのはアクセルでの経験のおかげです。この世界に入るきっかけになりました」
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)