アップルのプライバシーポリシーの変更により、巨大IT企業や広告主が大打撃を受けるなか、その打撃を和らげるために昔ながらのマーケティング手法、それもオフライン広告に目を向けているD2Cスタートアップ企業が現れている。
創業6年目の米サーフウェアメーカーであるアウターノウン(Outerknown)は、見込み客をターゲティング設定できるフェイスブック広告を頻繁に利用していた。
しかしアップルが2021年4月にiPhoneの仕様を変更し、広告目的でユーザーの行動をトラッキングする許可を求めるポップアップがアプリに表示されるようになると、フェイスブック広告の効果が下がった。
フェイスブック(現「Meta(メタ)」)は今秋、アップルのプライバシーポリシーの変更により、一部の広告主の広告効果が過小評価されていると発表した。また、第3四半期の広告収入がわずかに減少したが、その理由のひとつとして、アップルのトラッキング防止機能のアップデートを挙げた。多くの企業は、今回の変更でフェイスブック広告を利用した新規顧客の獲得コストが高くなったという。
アウターノウンのチーフ・マーケティング・オフィサーであるマックス・リシャンスキー(Max Lishansky)はInsiderの取材に対し、現在のマーケティング予算の少なくとも25%を紙のダイレクトメール(DM)に移行する予定だと明かした。
この件に関し、アップルにコメントを求めたが回答は得られなかった。フェイスブックの広報担当者もInsiderの問い合わせに対し、最近のブログ記事や決算発表の際のコメントを紹介するにとどめた。
マーケティング手法を変えたのはアウターノウンだけではない。
米紳士服のバック・メイソン(Buck Mason)は、2021年のカタログの発行部数を過去2年と比べて30%増やした。米高級寝具ブランドのボール・アンド・ブランチ(Boll & Branch)、米メンズ・フィットネスウェアのテン・サウザンド(Ten Thousand)も、アップルのプライバシーポリシーの変更を受けて、今年はDMの利用を増やした。
テン・サウザンドの最新カタログDM。
Ten Thousand
テン・サウザンドでマーケティング部長を務めるジェイソン・ニッケル(Jason Nickel)は、こう話す。「私たちは新しいプラットフォームを積極的に探し、試しています。かつて流行ったものがまた流行することもあります。紙媒体は決して廃れていません」
ペブルポスト(PebblePost)が提供する「プログラマティック・ダイレクトメール」プラットフォームでは、マーケティング担当者がオンラインデータに基づきDM発送先を絞り込むことができる。
同社の顧客層の約半数を占めるD2Cブランドからの利用額は、前年比で平均約72%増えた。また、キャンペーン規模も2020年の2倍になっていると、ジェイコブ・ロス(Jacob Ross)CEOは言う。
広告の専門家は、DMはもともと追跡可能であり、カタログを受け取った人が商品を購入したかどうか簡単に確認できるという。さらに、郵便物は比較的長い期間ダイニングテーブルに置かれたり、冷蔵庫のドアに貼られたりする傾向がある。
ナッシュビルの新店舗を宣伝するバック・メイソンの最新のハガキDM。
Buck Mason
DMに問題がないわけではない。サプライチェーンの停滞により、在庫が切れそうな商品のキャンペーン企画が難しくなったり、時には紙の価格が上がったりもする。それ以上にマーケティング担当者を悩ませているのは、DMの環境への負荷だ。
広告効果を媒体ごとに測定できるプラットフォームを提供するロッカーボックス(Rockerbox)は、約150のD2Cブランド顧客を抱えている。その顧客の広告費の大半を占めているのがフェイスブックだ。
しかしD2Cブランドは過去2四半期でフェイスブックへの予算配分を縮小し、DM、OTT-TV(インターネットを通じたコンテンツ配信)、動画、アフィリエイト・マーケティングなどに広告費をシフトさせている。
英WPPグループ傘下のメディアエージェンシー、メディアコム(MediaCom)でパートナー兼eコマース部門長を務めるスティーブ・リケッツ(Steve Ricketts)によると、D2Cブランドの中には、小売店やアマゾンなどマーケットプレイスへの出品にマーケティング費用をシフトさせる企業もあるという。アマゾンならファーストパーティデータや購入者情報を提供してもらえる。
一方、フェイスブック、TikTok、スナップチャット(Snapchat)などのソーシャルメディア企業は、ソーシャルコマース(ソーシャルメディアとeコマースを組み合わせて販売を促進する手法)を展開し、消費者が自社のプラットフォーム内で簡単に買い物できるよう取り組んでいる。
しかし、一部の広告主はすでにネット広告の予算を、AndroidやアップルのApp Store内に掲載される検索連動型広告にシフトしている。
フェイスブックは、ターゲティング広告やその効果測定方法に、よりプライバシーに配慮した仕組みを構築していると主張。iOSのウェブコンバージョン(ホームページを訪れた人が特定のアクションを起こす指標)を過小報告しているバグを年内までに半分以上修正する、と最新の決算発表時に述べた。
広告主からのフェイスブックへの支持は依然として厚く、同社の第3四半期の広告収入は前年同期比で33%増加している。
「多くのD2Cブランドは、潜在顧客の掘り起こしやビジネスの拡大をフェイスブック広告に大きく依存しています。アップルの影響をしっかり見極めないうちは、戦略を大きく見直すことはしないでしょう」と話すのは、米広告効果測定会社のメジャード(Measured)の共同創業者兼CTO、マダン・バラドワージ(Madan Bharadwaj)だ。「売上を見る限り、広告の効果はフェイスブックが報告しているほど悲観的ではありません」
とはいえ、アップルのプライバシーポリシーの変更により、フェイスブックに依存するD2Cブランドは、長期的には広告媒体の多様化を迫られるというのが専門家の見解だ。
eコマース向けソーシャル・マーケティング・エージェンシーであるネスト・パフォーマンス(Nest Performance)のウィル・アシュトン(Will Ashton)CEOは、次のように話す。
「フェイスブックに広告を掲載した途端、たちまち6桁(日本円で8桁)の広告費が課金されるような時代は終わりました。今も皆無ではありませんが、かなり難しいでしょう」
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)