世界最大のECセールとして毎年注目されるダブルイレブン。今年は規模より「社会価値」に重きを置いた発信が行われている。
アリババ提供
「もうそんな時期ですねえ」
本連載の今回のテーマに中国最大のECセール「ダブルイレブン(独身の日)」を提案したときに、編集者から返ってきた言葉だ。
この5年ほど日本でも恒例ニュース扱いで、「そんな時期」と言われるほど認知度が高まっているダブルイレブンだが、「今年の流通総額(GMV)は過去最高の●●億元!」「開始××時間で昨年の実績を超えた」「iPhoneが1分で△台売れた」というように、“成長を続ける中国経済”の象徴として、アメリカ発のブラックフライデーやサイバーマンデーとは異なる報じられ方をしている。
ただ、今年のダブルイレブンは従来の“喧伝”色が薄まり、代わりに中国の政策や社会情勢を色濃く反映して「低炭素」「チャリティ」などのキーワードが飛び交う異質なセールにもなっている。
メリットしかないセール開始4時間繰り上げ
2020年にセール期間を2期に分けたのに続き、今年は開始時間を午後8時に早めた。
Reuters
ダブルイレブン=中国のEC首位であるアリババグループのセールという印象が強いが、ECを手掛ける企業が軒並み参加し、途方もなく巨大な祭典になっている。とは言え2009年に最初に始めたアリババの影響力は大きく、他社はその動向を見ながらルールや戦略を調整している。
そのアリババは2020年、セールを2期間に分割する改革を行った。
従来は10月下旬から11月10日まで購入予約を受け付け、11日に決済と発送を行っていたのを、「10月下旬から予約受付を始め、11月1日~3日に決済・発送する第1期」「4日から第2期として再び予約受付を行い、11日に決済・発送する第2期」と分けたのだ。
消費者にとっては1期に購入すれば欲しい商品がこれまでより10日早く手元に届く。出店企業は商戦のピークが2回あることで戦略の幅が広がる。毎年大量にスタッフを雇用して需要の集中に対応してきた配送業者の負荷は大幅に減る。
誰にとってもメリットしかない見直しで、同年の流通総額(GMV)は4982億元(当時のレートで約7兆7200億円)と前年から倍近く増えた。
セールを2期に分割した結果、2020年のGMVは前年から大きく伸びた。
アリババリリースより
そしてアリババは2021年、期間に関するルールをさらに変更した。これまでセールの開始時間が午前0時だったのを、今年は10月20日午後8時と4時間繰り上げたのだ。
ダブルイレブンはもともと、その名が示すように11月11日限りだった。セールを盛り上げて売り上げを伸ばすために「予約期間」が設けられ、今ではセールは実質1カ月近くに延長されたが、「ダブルイレブン」の大義を守るため決済・配送は11月11日に日付が変わってから一斉に行われていた。また、セールが深夜0時に始まるため、社会人や学生は徹夜覚悟で参戦し、高齢者は蚊帳の外だった。
国民的イベントに成長しながら、消費者の生活への配慮は薄いままで、アリババは昨年になってようやくひずみの解消に手を付けたわけだ。
中国EC2位のJD.com(京東)は今年、「決済・発送」開始日を10月31日午後8時と従来より4時間早めた。ダブルイレブンはプラットフォーム間で「配送スピード」を競い合っており、午後8時に決済すれば地域や商品によってはその日のうちに受け取れる。京東によると、31日午後8時から1時間の流通額は2020年の11月1日全日を上回り、テレビは30分、冷蔵庫・洗濯機は45分で昨年の11月1日全日の売り上げ額を突破した。
中国のプラットフォームは2010年代後半、iPhoneの値引き幅で競争したり、自動車や不動産をセールに出すなど、商品での話題作りに注力してきた。しかし、消費者の本質的で大きなニーズは、生活リズムを崩さずにセールに参加し、注文後早く商品を受け取ることだったことが、アリババや京東の数字にも反映された。
中国の政策に沿った「社会貢献」と「顧客主義」
シニアモード(左)は通常モードに比べて文字や画像が大きい。
アリババのメディア向けオンライン説明会より
アリババの「顧客主義」や「社会への配慮」は他の取り組みでも見られる。ただし、同社が今年のセールで前面に打ち出した「低炭素社会に向けたグリーンなダブルイレブン」「公益のダブルイレブン」は、中国政府の意向と無関係ではなさそうだ。
アリババのECプラットフォーム天猫(Tmall)には省エネ製品や低炭素製品を展示する専門会場が設置され、対象商品を購入する際に利用できる「エコショッピングクーポン」が計1億元(約17億5000万円)分発行された。物流プラットフォーム「菜鳥(Cainiao)」はリサイクル可能な包装材を導入し、電子伝票やAIの活用でカーボンフットプリント削減に取り組んでいる。
「公益のダブルイレブン」関連では、消費者間マーケットプレイス「タオバオ(淘宝)」で文字や写真のサイズを大きくし、音声で商品を検索できる「シニアモデル」をリリースしたほか、ユーザーが自身の寄付履歴などをSNSでシェア・閲覧した件数に応じて、アリババが1人暮らしの高齢者、農村に住む出稼ぎ労働者の子ども、低所得者に寄付する仕組みを導入した。
「グリーンなダブルイレブン」は習近平政権が2020年に打ち出した「低炭素社会」を、「公益のダブルイレブン」は今年になって政府が力を入れている格差是正のスローガン「共同富裕」を意識しているのは明らかだ。
アリババ日本法人で取締役を務める蔣微筱氏
日本メディア向け説明会より
ダブルイレブンに合わせたわけではないが、中国のプラットフォーマーは最近になってライバル企業のサービスとの相互アクセスも解禁した。これまではテンセントのメッセージアプリ「WeChat(微信)」でアリババのECサイトの商品ページをシェアしてもリンクが開かなかったり、アリババが自社以外のキャッシュレス決済を受け付けないのが当たり前だったが、当局はこれらの行為が独占禁止法に抵触すると考えており、徐々に相互開放が進んでいる。
アリババ日本法人で取締役を務める蔣微筱氏は、「相互アクセスによって最も利益を享受できるのは消費者であり、この流れを歓迎する」と話し、今後もサービスの連携を進めていく考えを示した。
ダブルイレブンはブランドの販売力、プラットフォームの影響力の大きさ、そして膨大な注文を処理し、適切に配送する技術力を世界に誇示する祭典であり、それは今年も変わりない。それに加え、各社の今年の改革で、消費者はより便利で公平なサービスを受けられるようになった。ただ、それはこの1年の当局のメガITへの圧力の産物でもある。アリババが売り上げ規模より社会的価値を前面に押し出すようになったことは、中国社会や経済の成熟に向けた一歩なのか、それとも習政権とうまくやっていくための一時的な施策なのか、今の時点では分からない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。