上手に使いこなせば課題解決の最強ツールにもなるもの、それが「マトリックス」です。2つの軸で課題を整理すれば、複雑そうに見えた課題をごくシンプルに捉えることができ、どうテコ入れすれば解決できるのか筋道を立てることができます。
前回は、ビジネスシーンでよく目にする6つのマトリックス手法をご紹介しました。これら代表的なマトリックスを使いこなせているビジネスパーソンは意外と少ないもの。適切な活用の仕方をマスターすれば、あなたの仕事の幅をぐんと広げてくれることは間違いないでしょう。
マトリックスの使いこなしになれてきたら、今度は応用編として、あなた独自のマトリックスをつくって課題解決に臨めるようになりたいものですよね。
マトリックスを上手に使いこなすためのポイントの1つは、適切な2つの軸を設定するということ。これはグラフの作成でも同じです。ひとたび最適な軸を設定することができれば、あなた自身の課題解決だけでなく、取引先の課題も解決できて信頼を勝ち得ることさえできます。
そこで2つの具体例を題材にして、実際に課題解決に挑戦してみることにしましょう。あなたもぜひ、自分だったらどんな2軸を選ぶか考えながら読み進めてください。
2つの具体例はどちらも、2つの軸を設定してデータを具体的にプロットすることで課題を「見える化」しています。
1枚のマトリックスで「倒産しそうな取引先」を見つける
1つ目は私がかつて実際に経験した、こんな事例です。
【問い1】
あなたは「注文住宅を建設する複数の工務店」と取引しています。
注文住宅を建設する工務店は本来、倒産しにくいビジネスモデルです。なぜなら、家を建てたい顧客と打ち合わせをしてから請負契約をするため、見積りさえきちんとできていれば利益が出るからです。
ところが実際に取引を始めてみると、一定の確率で工務店が倒産してしまうことがありました。取引開始時には必ず財務諸表などで事前審査を行い、黒字であることを確認しているにもかかわらず、です。
倒産しそうな工務店を事前に見つけるにはどうしたらいいのでしょうか? マトリックスを使って考えてみてください。
黒字であることをちゃんと確認しているのに倒産してしまう——これはつまり、資金繰りに問題があるということです。では、この課題を分解して原因を突き止めてみましょう。
1. 2つの軸を決める
マトリックスで考える際の出発点は、2つの軸を決めることです。どのような軸を設定すれば課題の所在を突き止めることができるでしょうか? ここで不適切な軸を置いてしまうと課題をうまく分解できなくなってしまいますから要注意です。
手当り次第にいろいろな軸を考えてマトリックスをたくさんつくってみるという方法もあるかもしれません。「いわゆる下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」作戦ですね。ただ、これをやるにしても絞り込みはしたいところです。
まず、着目したいのは「黒字でも倒産する」という部分です。とはいえ黒字にも幅はあり、利益率が大きければ倒産確率が低いことは想像がつくでしょう。つまり、「黒字だけれど利益率が低い会社」が危ないわけです。これで1つ目の軸は「利益率」だと気づけました。
ではもう1つの軸には何が適当でしょうか? すぐに思いつくのは「売上」ではないでしょうか。利益率がよくても売上が立たなければ経営は成り立ちませんから。
ただしこういうときに一足飛びに軸を売上に決めてしまうのではなく、これで問題ないかを吟味することが大切です。
注文住宅業界は、現場の営業に対して棟数(建てた家の数)で目標設定します。営業担当者同士や会社を比較する際も、「今月は○棟売れた」のように棟数で会話することが多いのです。
また、期末になると棟数目標を達成するために、大幅に値引きをして提示するケースもあります。大幅な値引きは収益減少に直結するので要注意です。
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前述のとおり、注文住宅は1棟1棟見積りをして建てます。ということは、1棟ごとの収益も分かるかもしれません。何かのトラブルで利益が出なくなり、それが工務店の業績に影響を及ぼしているという可能性はありそうです。しかも、着工する棟数が少なければその分、1棟が会社の業績に及ぼす影響は大きくなります。
したがって、2つ目の軸としては売上よりも「着工棟数」に注目したほうがよさそうです。
2. 違和感のある部分に注目する
そこで「利益率」と「着工棟数(建築した注文住宅の数)」の2軸でマトリックスを作り、取引先をプロットしてみたものが下図です。
青いトレンドラインを引いてみると……おもしろいことに気づきませんか?
図の左端から着工棟数の規模が大きくなるに従って、利益率が上がっています。ここまでは特に不思議はありませんね。気になるのは、中くらいの規模のところだけ利益率がガクンと下がっていることです。どうやらこのあたりに、課題を解決するヒントがありそうです。
- 規模小:利益率は低い
- 規模中:利益率が規模小よりも低い
- 規模大:利益率は高い
そこで取引先の注文住宅会社に聞き取りをしてみたところ、こんなことが分かりました。
- 規模小:ブランドや知名度もなく、過当競争により値引きをするため利益率が低い
- 規模大:ブランドも知名度も上がり、販促や仕入れも効率化。優秀な人材も採用できるので利益率が向上
そして問題の「規模中」です。ヒアリングから主に2つの理由があることが分かりました。
3. 違和感の原因を特定する
1つは、規模が大きくなるにつれて間接員(営業や現場メンバー以外)が増え、人件費がかさんでくること。もう1つは、規模が大きくなるにつれて事業拡大のために注文住宅だけでなく建売住宅にも進出するようになること。主にこれら2つの要因により、結果的に固定費が増していたのです。
建売住宅も、一戸建てという点では注文住宅と同じです。注文住宅は顧客とのやりとりが長期にわたりますが、建売ならそれほどの手間はかかりません。しかし、建売住宅できちんと利益を出すためには条件が付きます。土地を安く仕入れることができ、かつ建てた住宅がすぐに売れれば、という条件です。
しかも、建売住宅のための土地を仕入れる、材料を購入する、職人に依頼する……これらはすべて事前に資金の支払いが発生します。すでに資金を支払っているのに、建てた家がなかなか売れないなど何らかの理由で、あてにしていた入金が遅れたらどうでしょう? 発注した職人や材料会社に支払いを待ってもらわなければいけなくなります。
そんなことをすれば業界で噂が立つでしょう。不安になった取引先から「現金で支払ってほしい」と頼まれれば、資金繰りはさらに厳しくなります。
工務店は本来、利益が出るはずのビジネスモデルですから、銀行から融資を受ける必要は基本的にありません。にもかかわらず資金繰りが苦しくなってから銀行に融資を頼んでも、まず受け付けてはもらえません。そして倒産に至るのです。
これで、倒産リスクが高い工務店の規模が分かりました。1枚のマトリックスが課題をあぶり出してくれたように、今後「規模中」の工務店が建売住宅に進出する場合は倒産リスクが高まるのだと十分心得たうえで取引をすればよい、ということになりますね。
クライアントが大絶賛した1枚のマトリックス
シンプルなマトリックスやグラフが役に立つのは、自分の課題解決に限ったことではありません。これらを用いて相手が理解しやすいように課題を「見える化」できれば、相手の態度変容にもつながります。2つ目はそんな事例をご紹介したいと思います。
どんな提案の仕方をすればクライアント企業が身を乗り出してあなたの提案を聞いてくれるようになるか、ぜひ一緒に考えてみてください。
【問い2】
あなたはあるマッチングサービスのアドバイザーです。
クライアントにヒアリングした内容をもとに、希望に合致する見込み顧客候補5~10社の企業情報と商品情報を提供します。クライアントは平均3社の見込み顧客に興味を持ちます。あなたはクライアントが興味を持った見込み顧客を紹介、最終的に契約が締結されればその旨連絡が届き、紹介料が受け取れるという仕組みです。
ところが、クライアントの中にはこんなふうに思っている企業もあります。「このマッチングサービスの質は確かだろうか? 見込み顧客を何社か紹介してもらっても、実際に契約につながるのはごくわずか。他社のマッチングサービスに乗り換えたほうが得だろうか……」
クライアントは通常、マッチングサービスの良し悪しを「実際に紹介してもらった見込み顧客数」と「実際に契約した顧客数」によって評価します。しかしあなたは、それではこのマッチングサービスの質を正しく捉えられないのでは、と感じています。クライアント側の事情で契約に至らなかった可能性(クライアントの営業力が弱い、など)も含まれてしまうからです。
こうした可能性を見える化して、お互いに改善に取り組むことであなたのマッチングサービスを長く使い続けてもらうためには、クライアントに対してどんな提案をすればよいでしょうか?
問いの中にもあるように、クライアントは通常、「実際に紹介してもらった見込み顧客数」と「実際に契約した顧客数」をもとにマッチングサービスを評価します。
見込み顧客をたくさん紹介してもらえればそのぶん営業先リストが増えますから、マッチングサービスを高く評価してくれます。また契約歩留まり(契約顧客数÷紹介見込み顧客数)が高ければ営業効率がいいということですから、これまた高い評価につながります。
しかし、成果が出ないのはマッチングサービス側の問題ではない可能性もあります。せっかく見込み顧客をマッチングしようとしても、そもそもクライアントのPRツール(会社HP、商品HP、パンフレットなど広告やパブリシティ等)などがイマイチであれば見込み顧客に関心を持ってもらいにくいでしょう。たとえ商品広告に興味を持ってマッチングしたとしても、クライアントに営業力がなければ契約には至りません。
そこでマトリックスを使って課題を分解し、成果が出ない理由がマッチングサービス側にあるのか、クライアント側にあるのかを見える化してみることにしましょう。
1. 2つの軸を決める
まずは2つの軸を決めます。今回のケースでは、あなたのマッチングサービス側の問題に加えてクライアント側の問題、つまりクライアントにどのくらいの「広告力」(商品の魅力が伝わる広告をどれだけマッチングサービス(つまりあなた)に提供できているか)と「営業力」(どれだけ見込み顧客を契約につなげることができるか)があるのかを示すことがポイントです。
これらを見える化してクライアントに示すことで、クライアント自身が(他社との比較で)自社の実力を客観的に把握できるようになります。こうすれば、「問題はマッチングサービスの側だけにあるのでは?」という疑念を払拭し、クライアントとマッチングサービスが相互に協力し、成果を出すことができるでしょう。
2. 入手可能なデータだけで答えにたどり着く方法を考える
ただし、クライアントの「広告力」や「営業力」といったデータをクライアント自身に提供してもらうのは、情報の機密性を考えればまず不可能です。ということは、あなたが持っているデータだけで、クライアントの営業力と広告力を表す必要があるということです。
そこでよくよく考えてみると、マッチングサービスを運営しているあなたの手元には、クライアントも知りうる2つのデータ((a)あなたが実際に紹介した見込み顧客数、(b)実際に契約した顧客数)に加えて、クライアントが知りえないデータを2つ保有していることに気づきます。
1つは、あなたがクライアントに「マッチングしようとした見込み顧客数」。次の式で計算できます。
(c)マッチングしようとした見込み顧客数
=クライアントに興味を持った見込み顧客数+興味を持たなかった見込み顧客数
もう1つは、クライアントに紹介した見込み顧客のうち、「他社を含めて実際に契約をした顧客数」。つまり、実際に契約する見込み顧客を何人紹介したかということですね。これも次のような式で計算できます。
(d)他社を含めて実際に契約をした顧客数
=このクライアントと契約した顧客数+他社と契約した顧客数
上記(a)〜(d)の4種類のデータを使えば、クライアントの「営業力」と「広告力」を次のように表現することができます。
クライアントの営業力
=(b)実際に契約した顧客数 ÷(d)他社を含めて実際に契約をした顧客数
この式は、契約意向のある見込み顧客をクライアントAとマッチングさせたらクライアントAは何割契約できるのかを表しており、まさに「営業力」と考えることができます。
クライアントの広告力
=(a)あなたが実際に紹介した見込み顧客数 ÷(c)マッチングしようとした見込み顧客数
クライアントAの商品情報(=広告)がよければ見込み顧客は高い確率で興味を示し、マッチングしてほしいと希望するはずです。つまり、この値が高いほどクライアントAの「広告力」は高いと判断できます。
3. マトリックス1枚で相手が本当に知りたい情報を伝える
ここまでできたら、縦軸に営業力、横軸に広告力をとったマトリックスにクライアントをマッピングしてみましょう。すると——
ご覧のとおり、マトリックス上のどこにプロットされるかによって、クライアントの「営業力」と「広告力」がどれくらいあるかが把握できるようになりました。
さらに一歩踏み込んで、ここからどんなことが読み取れるでしょうか?
上図では、分かりやすいように領域を色で分類しました。1つは3分の1(33%)の領域、もう1つは4分の1(25%)の領域です。この2つの線を引くことで、マトリックスが3つの領域に分解できました。
先の問いにあったように、クライアントは平均3社の見込み顧客に興味を持ちます。実際に契約をした顧客でも同じです。3社に営業するわけですから、縦軸(営業力)の値が33%以上なら相対的に営業力が高く、それ未満なら営業力が低いと言えます。
同様に横軸(広告力)も、33%より高いか低いかによって「広告力」の高低を表現しました。これは、あなたがマッチングしようとする見込み顧客数は5~10社ですから、「33%以上ならば平均以上」という営業力の基準と揃えた方が分かりやすいと考えたからです。
加えて、営業力と広告力が低い目安として、4分の1(25%)以下の領域も明示しておきます。
できあがったマトリックスにすべてのクライアントを匿名でプロットすることで、相対的な営業力、広告力の位置づけが見える化できます。
あなたがクライアントにこのマトリックスを見せたところ、クライアントが大絶賛したことは言うまでもありません。クライアントの本部組織も、社内の営業組織から「もっと受注確度が高い顧客を送客して欲しい」と突き上げられていたようです。
クライアントはこのデータを参考にして、広告に改善を施したり、営業フローや営業人員の配置、教育方法を見直したりします。自社がこのマトリックスのどこに位置するかを定期的に把握することで、営業施策、広告施策の成果が見える化できるわけです。
こうして、ともすれば「マッチングしてもらっても契約につながらないのは、マッチングサービスの質が低いせいでは?」と穿った見方をされることもあった状況を、あなたは見事に跳ね返すことができました。
マッチングサービスを提供している企業は、ぜひこの例を参考にして、自社のクライアントに同様の情報提供をしてみてください。あなたに寄せる信頼度が一気に増すはずですよ。
なお、同様のマトリックスをクライアントの拠点や営業組織ごとに作れば、社内の組織に対して具体的なアドバイスをする際に活用することもできます。
次回は、マトリックスのほかにもう1つ、課題解決に有効なプロセスに分解する方法を紹介したいと思います。
※次回は、12月10日(金)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役、株式会社博報堂DYホールディングス フェローも兼任。新著に『自分で考えて動く社員が育つOJTマネジメント』がある。