10月27日(現地時間)に開催された新型『レンジローバー』ワールドプレミアの様子。画像左はジャガー・ランドローバーのチーフ・コマーシャル・オフィサー、レナード・フールニック。
Jaguar Land Rover
英ジャガー・ランドローバーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるジェリー・マクガバンは、新型『レンジローバー』を設計する際のコアミッションが「(従来からの良さを)損なわないこと」だったと明かしてくれた。
ランドローバーのアメリカにおける年間販売台数の3分の1をレンジローバーおよびレンジローバースポーツが占める現状を考えれば、ミッション設定は的確と言えるが、コトはそう単純ではない。
最新型のシグネチャービークル(=ローバーの社名を冠した主要モデル)をどんなものに仕上げるかは、同社の将来を左右する3つの主要な課題に立ち向かうことを意味する。
従来の魅力を損なうことなく電動化
10月26日(現地時間)に発表された新型レンジローバーは、外観からはそれとわからないものの、ジャガー・ランドローバーの全車種を電動化するという公約の実現に向けた最初のモデルだ。
※ジャガー・ランドローバー……イギリス最大の自動車メーカーで、2008年以降はインド自動車大手タタ・モーターズの子会社。それ以前は両ブランドとも米フォード傘下(ランドローバーはそれ以前、ドイツのBMW傘下)。ジャガーは1935年、ランドローバーは1948年、レンジローバーは1970年にそれぞれ初号車が誕生。
ランドローバーは来春、冒頭の新型レンジローバーを発売した3カ月後、EV航続距離100キロ弱のプラグインハイブリッド車(PHV)を発売する。2024年予定のEVレンジローバー市場投入に向けたウォーミングアップの位置づけとなる。
競合他社が毎年のように新型EVをくり出すなか、ランドローバーの2024年というスケジュール設定は時間をかけすぎのようにも映る。
しかし、ランドローバーのディレクター(プロダクトプランニング担当)ロブ・フィリポビッチによれば、そうしたタイムライン設定のおかげで、パンデミックの影響によるサプライチェーンの遅延への対応や急速に進化するテクノロジーの活用がしやすくなったという。
「車載電池技術が向上し、車両の大型化、重量の増加、さらにはオフロード性能にも対応できるようになりました。それにより、卓越したデザイン、ラグジュアリー(高級感)、ドライビング性能、多目的性といったレンジローバーのあるべき姿を損なうことなく電動化を実現できるようになったのです」
とはいえ、解決できていない問題はほかにもある。
まず、自動車メーカーにはもはや電動化に向かう以外に選択の余地がない。EV専門記者・アナリストのジョン・ヴォルカーはこう指摘する。
「地域や国、州、さらには自動車メーカーまでが、脱炭素化を目指してよりアグレッシブな目標を設定するなか、その達成に向けて顧客基盤と製品開発のあり方をシフトさせる必要に迫られています」
もっと多くの資金が必要
新型『レンジローバー』の内装。
Jaguar Land Rover
ジャガー・ランドローバーのように比較的小規模な自動車メーカーにとって、ガソリン車からEVへのシフトに必要な巨額の開発費はきわめて厄介な問題だ。
親会社のタタ・モーターズは世界規模の大手自動車メーカーだが、それでも開発費の問題は重くのしかかる。
「ジャガー・ランドローバーは世界販売台数が50万台にも満たず(2020年)、資金不足からトヨタ自動車と提携してEVの研究開発と生産を進めるスバルやマツダよりさらに小さな会社です。米ゼネラル・モーターズ(GM)や独フォルクスワーゲン(VW)のような巨大企業に比べて問題が深刻なのは当然でしょう」
参考まで、2020〜25年の間にGMは350億ドル(約3兆8500億円)、VWは860億ドル(約9兆4600億円)という巨額投資を行うと発表している。
一方、ジャガー・ランドローバー親会社のタタ・モーターズは外部から10億ドル(約1100億円)を新たに調達した上で、20億ドル(約2200億円)の投資を発表したばかり。規模感は天と地ほど異なる。
ランドローバーはこの開発資金をめぐる問題を解決するためにBMWと提携。モーター、トランスミッション、電気の動力への変換を最適化するモジュールなどで構成される電気駆動ユニット(EDU)の開発を進めているという(車載電池開発など他の提携パートナーは非公開)。
ただ、問題はそれだけではない。同社がEVだけを販売する企業への移行を完了するまでは、ディーゼル、ガソリン、プラグインハイブリッド、車載電池のいずれかを動力源とする過渡的な車種も販売していく必要があり、単純にはいかない。
「ゼロからEVを生み出すほうが容易なことなのです」(ジョン・ヴォルカー)
ローバー電動化の是非
Jaguar Land Rover
ジャガー・ランドローバーは長い間素晴らしいイノベーションを生み出してきただけでなく、しばしば新たな技術を率先してとり入れてきた。
ただ、そのようなスタンスはジャガー・ランドローバーを常に有利に導いてきたわけではない。
2018年、同社はレガシー自動車メーカーとしては初めてラグジュアリーピュアEV「ジャガー I-PACE(アイペイス)」を発売開始。きわめて魅力的なモデルではあったものの、消費者の嗜好(しこう)を先取りし、結果として市場投入を焦りすぎた形となった。
ヴォルカーは次のように評価する。
「いまでもアイペイスはお気に入りの1台です。でも、購入しようとまでは思えません。発売後3年を経てもまだ生産準備段階のベータ版プロトタイプ(試作品)のように感じられるからです」
アイペイスのアメリカでの販売台数は市場投入から3年でようやく5000台を突破したところ。米EV最大手テスラ(Tesla)はその間、100万台近いEVを売りさばいている。
それでも幸いなことに、ランドローバーブランドにとって電動化は理にかなった方向と言える。
「電動化によってランドローバーの本質や意味するところが変わるわけではありません。
洗練という観点で言えば、より静穏なドライビングエクスペリエンス、静かで落ち着いた内装がメリットとして得られます。オフロード走行や性能面でも、必要なところで必要なときに低速トルクで驚くべき加速力を発揮できます」(ロブ・フィリポビッチ)
ヴォルカーも同じ見方だ。
「オフロード、それも完璧な静寂の支配する荒野を駆け抜けるイメージに加え、それを現実の光景とする正確に制御された電気モーター。まさにオフロードカー愛好家のためのクルマ。レンジローバーが得意とし、最大の能力を発揮できる領域に、電気駆動はうってつけなのです」
(翻訳・編集:川村力)