今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
リモートワークにより地方移住が加速する中で、神戸市から若者が流出し、福岡市に人口の流入が続いています。このように人を集める・集めない都市の差はどこにあるのでしょうか。仕事で全国津々浦々を行脚する入山先生が、神戸と福岡の違いから地方都市の近未来までを語ります。
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人口が減る都市、増える都市
こんにちは、入山章栄です。今回もBIJ編集部の常盤亜由子さんが、何やら面白い新聞記事を見つけてきてくれました。
BIJ編集部・常盤
先日、朝日新聞を読んでいたら、神戸と福岡を比較した記事がありました。その記事によれば神戸市は近年、若者が流出している。一方、福岡市は人口の流入が続いているらしいんです。
福岡市は企業誘致に向けて都市の再開発計画が進んでいるけれど、神戸は働く場の創出が目下の課題なのだとか。
確かにいまはオンラインでのミーティングも可能ですから、住む場所を自由に選べるようになってきています。最近、私の知り合いも福岡に移住しましたし、きっと福岡には移住先として選ばれるだけの魅力があるんでしょうね。
入山先生はお仕事で全国津々浦々に足を運ばれていますが、都市によって勢いの違いを感じたりしますか?
そうですね。福岡市は高島宗一郎市長が頑張っていますよね。また福岡市の職員には的野浩一さんという行政の課長がいて、福岡市の中心地にある小学校をリノベーションしてスタートアップのオフィスにしたりと、面白いことに挑戦しています。
ただ、地方創生についての僕の根本的な意見は、「そもそも日本全体で人口減少しているのだから、地方同士で人口を取り合っても、ゼロサムゲームどころかマイナスサムゲームになるだけだ」というものなんです。
そう考えると、いま日本にあるすべての地方都市を、現在の規模のまま維持することは難しいのではないでしょうか。これからはある意味、地域の中で「勝ち負け」がはっきりしていくはずです。
大胆なことを言ってしまいましたが、これには根拠があります。エコノミック・ジオグラフィー(経済地理学)という企業の立地などに関する研究があるんですね。
例えば経営学の分野では、ブルース・コグートというコロンビア大の有名な経営学者と、ポール・アルメイダというジョージタウン大学の有名な経営学者が発表した、地域とパテント(特許)の関係を調べた論文があります。
それによると、あれだけ起業も盛んでクリエイティブ人材の多いアメリカですら、知財としての知識や情報が集まっている場所は広義に見れば2カ所だけ。1つは当然、西海岸のシリコンバレー。そして東海岸のニューヨーク、ボストン周辺だけなのです。
この結果はコロナ前の研究ですが、人と人が直接会わないと得られないコミュニティの感覚とか、暗黙知とか、インフォーマルな情報が価値を持つことの重要性が示唆されています。
もちろんコロナ禍でオンラインコミュニケーションが著しく増加したことは考慮すべきです。
これからはオンラインでいろいろなことができるようになるでしょう。一方で、その分本当に会いたい人とは一緒に美味しいものを食べたり、一緒にサウナに入ったりと、五感を通じて直接会いたくなるはずです。
そうなると、「田舎にも住むけど、大都市にも拠点を持ち直接交流する機会を得る」というような二拠点生活が進むのではないでしょうか。
したがって、世界屈指の大都市である東京は、今後も相変わらず人を集める可能性が高いと僕は思います。東京が一人勝ちするのは仕方がない。
アメリカでも主要な地域は2カ所であることを考えると、日本で東京のほかに勢いを失わない都市はせいぜいあと3~4カ所だと思います。その1つの有力な候補は、福岡でしょうね。
小さな都市が大きな都市に吸い取られる「ストロー現象」
では、福岡と神戸の差とは何でしょうか。僕の視点では、その大きな理由の1つは、神戸は隣に大阪、すぐそばに京都があることです。
一方、福岡は周囲に大きな都市がない。この差が大きく、神戸のように近隣に大都市があると「ストロー現象」と呼ばれるものが起きてしまうのです。
ストロー現象を解説しましょう。
Aという都市と、Bという都市があるとします。都市Aは大きな経済力があり、都市Bはそこそこだとします。そんなとき鉄道が開通するとか、橋がかかるなどして、都市Aと都市Bがスムーズにつながることになったとしましょう。
交通の便がよくなると聞いた都市Bは、都市Aという巨大な経済圏とつながるから、自分たちが恩恵を受けると思って大喜びするかもしれません。
ところが現実は都市Bが期待したようにはいかず、情報や人が集積するメリットを受けるのは都市Aのほうだけになりがちなのです。
都市Aに都市Bの人やお金がどんどん吸い取られた結果、都市Aはますます栄え、都市Bはむしろ衰退する。
これがストロー現象です。
分かりやすい例が千葉県の木更津です。1997年に東京湾をまたぐ高速道路「アクアライン」ができて、木更津は神奈川県の川崎とつながりました。
川崎は東京のすぐ側ですから、「アクアラインがつながれば東京とのアクセスがよくなる。そうすれば木更津にお金がどんどん落ちるはずだ」と期待して、木更津の関係者は喜んでいたはずです。
ところが実際に何が起きたかというと、逆に木更津から人もお金も東京に移ってしまい、むしろ活気を失ってしまった。木更津ではアクアライン開通に備えていろいろな設備をつくったけれど、いまは廃墟のようになっているところもあると聞きます。
そんな寂れた木更津に脚本家の宮藤官九郎さんが着目して、『木更津キャッツアイ』というドラマができた。あのドラマは、ストロー現象が生んだ作品でもあるのです。
そういう意味では、いま僕が危機感を持ったほうがいいと思っているのが名古屋です。僕はある取材で、「リニア新幹線ができて東京=名古屋間が40分になったら、どんな効果があるかを語ってほしい」と頼まれたことがあります。
そのとき忖度せずに申し上げたのは、「リニア開通で発展する可能性もあるけれど、うまくやらないと名古屋が衰退しますよ」ということでした。
名古屋から東京まで40分で行けるのなら、「もう名古屋にビジネスの拠点を置く必要はないよね」ということになりかねないからです。リニア新幹線でストロー現象が強化されてしまう。
このようにして、名古屋の中心部やビジネス拠点は廃れるリスクがあると思います。一方で、盛り上がる可能性があるのは名古屋の「周辺」の郊外地域です。
なぜなら、リニアがつながると名古屋の中心部よりもっと土地が安くて住みやすい名古屋の郊外や田舎の方に家を持つ人が増え、そこで普段はリモートワークをしながら、週に1〜2回だけリニア新幹線で東京まで通うという動きが増えるはずだからです。
そのとき移住先として選ぶのはおそらく岐阜あたりではないでしょうか。したがってリニア新幹線ができて盛り上がるのは、名古屋の中心部ではなく岐阜あたりなのではないかと僕は考えています。
そう考えると、神戸はこれからストロー現象の影響を受けやすく、課題は多いのかもしれません。なぜなら山陽新幹線によって、新神戸は新大阪と非常にスムーズつながっていることから、企業は神戸よりは大阪に拠点を構えたほうが便利だと考えるはずです。
一方で福岡は、大阪・東京のようなより大きな大都市が周りにない。だからこそ、ストロー現象で経済力を奪われず、むしろ九州の各地域から経済力を吸い上げる側にいられるわけです。
神戸と福岡のこれから
BIJ編集部・常盤
なるほど。福岡は地の利を生かして、ビジネス拠点にすることで人口を引き寄せることができますが、同じ戦略を神戸が取ることはなかなか難しい。となると、それ以外のところで戦略を描く必要がありそうですね。
そうですね。福岡のもう1つの特長は、空港から市の中心地である博多まで電車で2駅という近さであることです。これからは福岡に移住した人も、おそらく頻繁に大都市と行き来をする。
ですから物理的な距離よりも、飛行機や新幹線で長距離移動をするときのドアツードアの近さが問題になります。でも福岡は空港から電車で2駅だから、移動が苦にならない。
そもそも福岡は生活コストが安く、自然もあって、食べ物がおいしい。「博多の二度泣き」という言葉があるくらい人情にあふれた街です。つまり博多という遠いところに転勤が決まって泣き、博多に慣れたあとは去りがたくて泣くのだと言われている。
なおかつ福岡は九州における首都のような存在ですから、九州のいろんな人や情報が入ってくる。そこへ高島市長が積極的な政策を打っているので、移住する人が増えているのでしょう。
一方、神戸はどうすべきか。僕はあまり神戸に詳しくないので、偉そうなことは言えません。しかし今度、神戸市に元ネスレの高岡浩三さんが関わられると聞きました。稀代のイノベーターである高岡さんのことですから、きっとアイデアを温めているのではないでしょうか。
また、僕は久元喜造神戸市長と、「神戸を盛り上げよう」というパネルセッションでお話ししたことがあります。そのときも申し上げましたが、やはり神戸は、海も山も繁華街のすぐ近くにあるうえに、歴史ある港町ならではの異国情緒がある。この独特の魅力をうまく際立たせていくことが重要ではないかと個人的に思っています。
神戸はなんといっても魅力あるところですからね。ストロー現象の課題は大きいのですが、それを跳ね除けて、ぜひ盛り上がったらいいなと個人的には思っています。
BIJ編集部・常盤
そうですよね、なんといっても神戸には「神戸ブランド」がありますから。あの高岡さんの力があれば、それをうまく再生できるかもしれません。
これから先生の読みが当たるかどうか、楽しみに注目していきたいと思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。