撮影:伊藤圭
2019年、CM制作などを手がけるfabriq(東京都渋谷区)代表の高平晴誉(38)は石川県白山(はくさん)市の有志を巻き込み、地元の木を活用して森林を保全する支援事業「QINO(キノ)プロジェクト」を興した。
その一環で2021年に販売を始めた環境サイクルを守る「QINOソーダ」の売り上げは上々。小学校での環境教育プログラム「QINO school」も新聞、雑誌やウェブニュースで報道され脚光を浴びた。
だが、プロジェクトの構想段階には、いきなりシビアな局面が待ち受けていた。
「彼らは何もしてくれなかった」
「QINOプロジェクト」に協力する白峰産業の尾田弘好(写真右)と高平。1965年創業の白峰産業は、白山市で育林事業・土木事業を手掛けてきた。
提供:fabriq
山の課題が聞きたいと、高平が林業一筋30年のスペシャリスト、白峰産業専務の尾田(びた)弘好(56)に会いに行ったのは、2020年9月のこと。霊峰「白山」の麓に位置する会社で、主に間伐や造林などの仕事に従事している。
高平は仕事で関わりのあった白山市のアロマ蒸留所「EarthRing」代表の大本健太郎(43)に頼んで、尾田に顔をつないでもらった。東京から白山市までは、電車を乗り継ぎ片道3時間はゆうにかかる。ところが高平は、自社で出迎えた尾田から先制パンチのような言葉を食らった。
「あなた方のような人たちが今までよそから何人も来られて、結局彼らは何もしてくれなかったんですよ。それで高平さん、おたくはそういう人たちと何か違うんですか?」
興味本位なら時間を割かないと、高平は初対面で引導を渡されたにも等しかった。だが高平は、その時点で具体的に協業のアイデアを持ち合わせているわけではなかった。
内心怯えながらも、高平はしっかりと尾田の目を見てこう言った。
「まずは、山のことを勉強させてください」
そこからは打ち解けた雰囲気になり、高平は山に案内された。尾田の解説を聞きながら実際に木に触れ、リアルな現状を目の当たりにした。需要の減少で過密になった杉林。日光が行き渡らず、細る木々。行き場がなく放置された間伐材の山。まるで木の墓場のような現状がそこにあった。
この連載の初回で、高平が「山と水がつながっている」という大自然のストーリーに心打たれて白山市でのプロジェクトに入れ込むことになったと書いたが、尾田も「山の健康が守れなければ川の水も守れない」と滔々と説いていたのが心に刺さった。
高平は、意志を固めた。
〈乗りかかった船だ。この地域ならではの課題にじっくり向き合おう〉
課題を聞いたら、まず「解像度」を上げる
日本の林業従事者数は年々減少している。白峰産業創業当時の約50年前と比べると、現在は半分以下の従事者しかいない。
提供:fabriq
「手入れが必要なのに、林業は若い人が全然入ってこない」
山で語っていた尾田のそんな言葉が、東京に戻った高平の脳裏に残っていた。
皆が一丸となって取り組む「地域共通の課題」へと導くには、課題そのものの「解像度」を上げる必要があるのだと高平は言う。
「企業のCM制作でも、クライアントからいただく課題自体、ピントがぼやけていることがよくある。言ってみれば、課題の『解像度』が粗い。
例えば、『手間をかけた高品質な製品なのに、その価値が世の中に浸透しない』というのは現状に過ぎなくて、実際は『手間をかけたというストーリーが可視化されていない』ことに課題があるんですね。僕は仕事柄、皆さんから課題をいただくと反射的に『解像度を上げたい』と思ってしまう」(高平)
高平は白山市に滞在中、地域のキーマンである市議会議員の中野進(52)にも会いに行き、地域経済や自然災害などの課題を聞き取っていた。立場ごとに、抱える課題にズレがある。
地域全体の課題の「解像度」を上げたい—— 。
コロナ禍を逆手に。教育現場に新風
白山市内の小学校で行った木育授業「QINO school」では、3つの参加型講座を設けた。木を切り、加工する過程を体験できる。
提供:fabriq
そこで高平は、これまでに会った白山市のキーマンらが一堂に会して山の課題からのアクションを話し合える会議の場を設けた。山の視察の1カ月後、地元の人のつなぎ役の大本のほか、尾田、中野、金沢工業大学の教授ら5人を参集させた。
白山市を再訪した高平がファシリテーターを務め、アイデアを短期間で開発へと導くハッカソン形式で具体的なアイデア出しをする会に仕立てた。大きなボードにそれぞれが持ち寄る課題をチームごとに付箋で貼っていく。それを発表すると同時に、他のチームが出した課題に対して質問をぶつけてもらう。
尾田は発表でこう述べた。義務教育の場では林業が抱える現況と水資源の関係にまつわる授業はほとんど扱われていないのだと。石川県内でも特に都市部にいる人たちは、山への関心が薄いのだと言う。「だから県外にいる人たちに期待しています」というのが尾田の意見だった。
高平は「外部の視点」でこう提案した。
「むしろ県内の都市部の小学生に木育の授業を行うのはどうでしょう?」
ひょっとしたら、木のことを全く知らない県内の都市部の子どものなかに、10年、20年先に地元で林業を志す人が現れるかもしれない。迂遠なようで、母数が増えれば可能性は高まる。高平はそう考えた。参集者が口を揃えて、「それはいい」と意見が一致した。
会議の参加者でもあった議員の中野が、地元の学校の選定と教育委員会への声かけを率先して行い、会議から7カ月後の2021年6月、白山市立千代野小学校でワークショップスタイルの木育授業「QINO school」が実現した。
授業では尾田の指導の元、子どもたちはノコギリでスギの丸太を切る体験をした。年輪の数で木の堅さが違うことも触って確かめた。講師には製材の専門家もいて、木材の加工時に生じる端材を使った雑貨づくりも体験。
一方、女子児童に人気が高かったのは、アロマミスト作り。指導した大本は、植物の香りがもつ作用や地元の里山で栽培したハーブからアロマを蒸留する方法も伝えた。
1人1台のタブレットで撮影・編集を指南
動画「QINO school」よりキャプチャ
二つの班を作り、ペアになった子どもたちは役割を交代しながら授業を受ける設定にした。「研究班」はワークショップを実践する研究者の役割。触る。作る。興味の赴くまま探究心を発揮する。
もう一方の「撮影班」は、ペアを組んだ児童の取り組みぶりを客観的な眼差しで観察し、記録する役割。これは、実践校の先生の悩みがヒントになった。国のGIGAスクール構想で児童に1人1台タブレット端末が渡されているものの、普段の授業ではうまく活用されていないのだという。高平はピンときた。
「それなら、ワークショップの様子を児童自身が撮影して、撮影や編集の技術も学んじゃいましょう」
授業の際、撮影する上でのポイントは、その道のプロである高平らfabriqのスタッフが東京から遠隔で指導した。私は実際に行われた授業の記録映像を見せてもらったが、ただ講義を聞くだけの授業と異なり、子どもたちが前のめりで主体的に取り組んでいる姿が印象的だった。その映像自体、子どもたちが楽しんで撮っているため、現場の温度感が伝わってくる。
「これはコロナ禍で東京にステイせざるを得なかった僕らの限界から生まれた逆転の発想。感染者が増えていた時期で、僕らが白山市を訪れて授業することもできなかった。大々的には撮影もNG。
でも僕は、せっかくの授業の様子をアーカイブとして映像に納めておきたかった。だったら、子どもたちの息遣いを感じる映像を子どもたちの視点で自由に撮ってもらって、その映像を僕らが編集してお返ししてあげるという形にしたほうが、子どもたちの主体性も養えると思ったんです」(高平)
地域共創を打ち上げ花火で終わらせないコツ
授業で講師役を務めた尾田は言う。
「高平さんは、これまで私の元に来た人たちと本気度が違った。小学校での木育授業も、話が持ち上がってからあっという間に形にしていた。圧倒的な企画力で、センスもいい。地元で教育に関係する行政の人が言ってました。『参りました』って。私はこの取り組みを地元で広めたらどうですかと提案しておきましたよ」
地域にイノベーションをもたらし、活性化させるのは「若者」「バカ者」「よそ者」だと、よく言われる。常識にとらわれず自由な発想で物事を進められる存在としての期待感が込められたフレーズだ。けれども、尾田が経験したように、「よそ者」が持ちかける事業は、打ち上げ花火で終わることも多い。
地域共創がうまくいくコツは何か? 高平は言う。
撮影:伊藤圭
「僕は人の縁って、2回目が大事だと思っているんです。1回目って、頑張れば誰でも縁は作れる。突撃すればいいだけなので。ただ、2回縁を持つ人って、その後は長く親密な関係が続くんです」
高平はその「2回目」に会いに行く機会を、1回目から間を開けずに作れるかどうかが大事だと話す。
「最初は『東京の人が興味を持ってくれるなら協力します』とよそ者力が通用する。でも後はコミュニケーションを取り続けることが基本。今の時代、Zoomでも何でも連絡は取り合えますから、相手の話をじっくり聞いて『ともに考える』。それに尽きます」
逆説的だが、高平はよそ者であることを忘れさせるぐらい「超絶なお節介」を発揮できるよそ者だ。そのお節介気質を育んだ原点は何か?
(▼敬称略、第3回に続く)
(▼第1回はこちら)
(文・古川雅子、写真・伊藤圭)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。