撮影:伊藤圭
身も蓋もない表現だが、fabriq(東京都渋谷区)代表の高平晴誉(38)が石川県白山(はくさん)市で展開している「QINO(キノ)プロジェクト」の本質は「お節介」である。
山と水のつながりのストーリーに引き寄せられた高平は、縁もゆかりもなかったはずの白山市の地元の木を活用して森林を保全する活動を「自分ゴト」と定めた。
本業の広告制作で培った課題の抽出力と企画力を存分に発揮しているものの、自分から言い出した「お節介」だからこそプロジェクトの企画料としての報酬は一切取っていない。
お節介癖は台湾生まれの母親譲り
高平は3人きょうだいの末っ子だ。シングルマザーとなった台湾生まれの母からは多大な影響を受けたと語る。
提供:高平晴誉
淡々とした語り口で、内なる情熱はあまり表に出さないのが高平のスタイル。だが、QINOプロジェクトに関わった地元の人同士が、高平の企画がきっかけで深くつながったと耳にし、「お金としての報酬はない代わりに感謝された」と喜ぶ。そんな話をする時の高平は、実に愉快そうだ。
高平は言う。
「よく僕が不思議がられるのは『どこまで聞けば満足するんですか?』という質問癖と、『儲けが出ないのに、なんでそんなに熱心に白山市の企画を進めるんですか?』というお節介癖。
でも僕がやりたいのは、山に人が足を運んでくれるようになって、人と自然の『かかわりしろ』を作るということ。それだけです。聞くことと人のためになるお節介は、誰にも迷惑がかからないでしょう? だから僕はQINOプロジェクトに時間もお金もかけて、自分のエネルギーを投入しているんです」
相手が火傷しそうなぐらいエネルギッシュに人をどんどん巻き込んで行くのが、高平の持ち味だ。そんな「お節介癖」は、母親譲りだという。
高平自身は東京都の中野区で生まれ、北区で育ったが、両親はともに台湾生まれの台湾人。
「母親はお節介するのにも、相手に文句を言うんです(笑)。僕はその性格を譲り受けていて、全く同じタイプ。客観的に母親を見ていて、おいおいと思うところもあるけれど、相手にとってもいいことをしているという確信があるんでしょうね。『せっかくなら高いところまで目指しましょう』とお節介しつつも求めるレベルのハードルを上げちゃうんです」
高平は、そんなスーパーポジティブ気質の母親には、感謝しかないという。高平が小学1年生の頃に両親は離婚。母は異国の地で、シングルマザーとして、末っ子である高平を含め3人の子どもを育て上げた。
「母は日本語が喋れない状態で日本に来ているので、職場も選べなかったはず。にもかかわらず、一つの職場で30年以上勤め上げて僕らを育ててくれた。大人になって母がもらっていた給料の額を聞いたら、え?というぐらい少なくて。
そんな給料の中でどうやってやりくりしていたんだろうというぐらい、僕は不幸だとか貧乏だとか思ったこととか一度もなくて。愛情深く育ててもらった感謝を、今度は社会に還元したいという気持ちが僕は強いんです」
「広告主こそが広告を作ったほうがいい」
高平のファーストキャリアは営業職だったが、現場で感じた違和感が現在にも通じるキャリアを築いていった。
撮影:伊藤圭
立教大学経済学部を卒業した高平は、インターネット広告会社CA MOBILE(現CAM)に就職し、モバイルメディアの広告枠を販売する営業職に就いた。クライアントは広告代理店で、彼らの先にいる広告主とは距離があった。「自分が練った提案内容は広告主の要望を本当に叶えているのか?」という疑問を抱いた。
そこで「zeronana」という社内ベンチャーの立ち上がりに参加し、今度は直接広告主を開拓。2008年、何度も足を運んで受注した映画「鴨川ホルモー」のキャンペーンが国内の広告賞を受賞した。
そこから、東映、GAGAなど次々に新規の顧客を獲得し、やがてはナイキ、アディダス、プーマ、ロレアルなどグローバル企業を担当するまでに。
この社内ベンチャーで味わったことは、広告主と課題自体を一緒に考えスピード感をもって解決策を実行していく醍醐味。そこからベンチャー魂に火がつき、2011年にfabriqを起業するに至った。高平が「広告」に賭ける気持ちは、とことんアツい。
「僕は究極的には、広告主こそが広告を作った方がいいと考えています。なぜなら、一番そのプロダクト知っているのは、広告主自身のはずだから。よそからやってきた広告会社の人間が、お客さんから表面的な情報だけ取って作る広告には、本質が滲み出てこない。
その限界を破りたいから、僕はいつも依頼を受けた会社の『宣伝部の責任者にならせてくれ!』ってその会社に自分の席を置かせてもらうぐらいの勢いで、密にコミュニケーションをとりながら広告を作っていますよ」
新聞の飛び込み営業で身につけた「雑談力」
高平のプロジェクトの要となるコミュニケーションへの姿勢やスキルは、学生時代のアルバイトで培ったものだ。
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人とのコミュニケーションを重視する仕事ぶりの原点となるのが、学生時代にアルバイトで4年間続けた、新聞の勧誘員の仕事だ。玄関ブザーを押してドアノック、から始まる泥臭いスタイルだが、4年も続ければ、営業としてベテランの域に達していた。
「勧誘員として東京をはじめ、群馬や愛知など各地を転戦していましたね。どの販売店に所属しても、顧客リストを渡されて、地図打ちして、在宅時間を予測しながらどの家庭をどの順番で回ろうかと自分で作戦を立てて。
とにかく、契約を取るまでめげないこと。熱意で人の気持ちをほぐしていくということ。たとえ1回目で『出ていってくれ』と怒られても、2回目に訪ねた時にその相手との関係性が違って見えるっていうのは、このバイトの経験から学びました」
勧誘員のバイトでは、新聞という、たった一つの売り物しかない。どれだけ相手と親しくなれるかは、どれだけ雑談できるかにかかっていた。そして、雑談のタネになるのが観察力だった。
「自分と相手との間に共通点がないと、雑談にならないんですよね。今日は天気がいいですねとか言っても盛り上がらないし。僕は訪ねた家の様子を瞬時に観察して、三輪車があれば、『お子さんいらっしゃるんですか? 僕にも同じぐらいの歳の姪っ子がいて』という具合に、何がしかの共通点を見つけて会話の糸口を掴んでいました」
承認欲求は「マジでゼロ」
コロナ禍、子どもの感染症対策、未利用木—— これらの課題がつながり、「くろもじ紙石鹸」が開発された。
提供:fabriq
こうした観察眼は、QINOプロジェクトでも活かされた。未利用材の活用法として開発した「くろもじ紙石鹸」は、前回紹介した「QINO school」の教材としても使われた。普段は捨てられがちな「クロモジ」という香木が、工夫により思いもよらないものへと姿を変える。そんな体験をしてもらおうと、授業の最後に配布し、子どもたちに新感覚の手洗い体験を提供した。
「実は、僕が木の紙石鹸のアイデアが浮かんだのは、自分の子どもからのインスピレーションなんです。子どもが3人いて、上が7歳の男の子、下が5歳の双子の女の子。
コロナ禍で下の子たちが、幼稚園では熱中症対策としてマスクを外すと説明を受けた時、感染症対策が不安になった。その代わり、家では手洗いとうがいを徹底させようと呼びかけたら、2人とも『えー』とテンションが下がってしまって……」(高平)
観察してみると、子どもたちにとっては手洗いが「作業」になっていた。だったら手洗いが「遊び」に変わらないか? そう考えた時、未利用の木を使う活動を進める白山市の山の風景がまぶたに浮かび、ひらめいた。
「薬効のある香木で紙石鹸を作ったら、絶対面白い!」
前回、高平は「泉のように質問が湧いてくるタイプ」と紹介したが、企画も泉のように湧き出してくる。それは学生時代にバイトで培った観察眼の賜物だという。
そんな風に湧いてくる企画を惜しみなく関わる相手に投げかける。
白山市のプロジェクトで目下、準備に忙しいのは、2022年に本格始動する森のレストラン事業「QINO Restaurant」だ。「山水」をテーマに地元の人とレシピを開発し、7品からなるコースに仕立てる。
レシピ開発の手伝いをする地元の人とのつなぎ役は、教育事業でも一肌脱いだ白山市議会議員の中野進(52)。中野は普段、東京で仕事をしている高平らと毎週のようにZoomで話し合いをしていた時期もあると証言する。
「僕のウェブミーティング人生の中で、fabriqさんとのオンライン会議が一番頻度が高い(笑)」
白山市の人たちは口々に言う。「高平さんって、本業は大丈夫?」と。そんな心配も、高平は意に介さない。
「僕の場合、他人からの承認欲求は『マジでゼロ』なんです。その代わり、自己承認欲求は強いですよ。自分で自分を認められるだけのシゴトをしているか。基準はそこにあります。いい仕事を積み重ねた先には、回り回っていいことがあるかもしれないですけど。地域共創事業なんて、自分の会社のCSRとか、ESGとか、利益や大義のためにやっていたら、協業相手にすぐ見抜かれますよ」
(▼敬称略、第4回に続く)
(▼第1回はこちら)
(文・古川雅子、写真・伊藤圭)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。