撮影:伊藤圭
クリエイティブ企業fabriq(東京都渋谷区)代表の高平晴誉(38)は、なぜ、見知らぬ地で地元の人を巻き込む森の循環事業を打ち立てることができたのか?
高平が足繁く通う石川県白山(はくさん)市は、多様な表情を持つ自然に囲まれている。日本三名山の一つである標高2702mの白山を有し、峰々から流れ出る手取川の流量豊かな水は、日本海へ一気に注ぎ込む。2020年にはユネスコ世界ジオパーク認定に向けて国内推薦されている。
険しい山の集落から、川の下流域の扇状地が形成する穀倉地帯、その一角に点在する工業地帯まで、区域の特性はさまざまで、抱える課題も異なる。そんな背景から、東京からわざわざ押しかけて「QINOプロジェクト」という名の地域共創事業を始めたベンチャー企業に地元の人たちが期待をかけているのは、バラバラな住民間の目線合わせを促す「よそ者」ならではのコミュニケーション力なのである。
目指したのは地域完結型のものづくり
「QINOソーダ」は加工製造だけでなく、ラベルの絵や梱包・発送まで石川県完結にこだわる。
撮影:伊藤圭
実は高平が白山市に足を踏み入れる前から、地域の環境循環を目指す動きはあった。国の林野庁が旗を振る、「木づかい運動」だ。山と森と水を守るために木を植えて、育てて、伐って、使って、また植える。SDGsの目標15「陸の豊かさも守ろう」などの達成に貢献する活動としても位置づけられている。
ただし、間伐を担う林業の担い手への対価を支払い、新たな命を吹き込む苗木の費用へと還元するには、経済の循環も欠かせない。さらに、この運動を発展させ、人々にアクションを起こさせるだけの「風」を起こす必要もあった。
「未利用材を使いましょうというだけじゃ、人は動かない。僕らは人々がハッとするような驚きのある木の使いみちを開発しようと。そこで投入したのが『QINOソーダ』なんです」(高平)
QINOソーダとは、この連載の初回で紹介した環境配慮型の飲料プロダクトだ。このプロダクト開発が、環境を守る視点で経済も回すサーキュラーエコノミー(循環型経済)へ向け高平が旗を振る第一弾の事業となった。
地域完結型のものづくりを目指し、加工製造は地場の地ビール会社に委託した。ボトルのラベルの絵は、石川県の就労支援施設の会員から募って選んだ作品を採用。商品の梱包や発送も就労支援施設へ委託することで、障がいを持つ人々の雇用の創出にもつなげている。
オープンソースで地域からSDGsの風を
「QINO restaurant」フルコースの1品目は、山に降り積もる雪を表す一皿になっている。小皿に乗っているのは熊の油だ。
提供:fabriq
そして高平が第二弾の事業として投入するのが、「QINO restaurant」という食の取り組みだ。目指すのは、人が山へ足を運び、自然との「かかわりしろ」が増えるような森づくりである。「かかわりしろ」とは、「伸び代(成長の余白)」という言葉と同様、山にはまだまだ人が関わりたいと思わせる余白がたくさんある、との思いが乗った言葉だ。
2021年秋はコロナ禍で開催が延期になったが、2022年秋の実施に向け準備に奔走。コンセプトの開発には、石川県出身のフードアーティスト諏訪綾子を起用した。高平と諏訪と地元住民の協力者との共創で、白山の食材や森林資源を活かしたフルコース料理を作り出す。地元の協力者は、手取川の上流域、中流域、下流域からそれぞれ募り、職種も旅館の料理人や酒造関係者など、多彩な顔ぶれだ。
「山に降り積もる雪がやがてとけ、川や海に流れ空へと還る、その循環のプロセスを7品のフルコースに仕立てる。森の中で時空を超える循環をあじわう体験ができる機会を提供します。
ただしこのレシピは、レストラン開催後も地元に残すため、みんなに使ってもらう『オープンソース』で公開します。都会の仕事では『秘伝の』みたいに閉じたノウハウが多いけれど、地域共創は逆にどんどん真似してもらうやり方がマッチするんです」
東京と石川双方に「ハブ人材」を配置
fabriqではもともと飲食店経営をしていた三嘴(みつはし)光貴(写真右)が白山市とのハブ役を務める。取材時には自らの手で「QINOソーダ」を調合してくれた。
撮影:伊藤圭
人がハッとするような驚きをもたらす「企画」や、アイデアや技術、リソースを集約し異なるセクションの間をつなぐ「人のコーディネート」は、広告制作などを生業とする高平の腕の見せ所だ。とはいえ、高平は本業がある上、体は一つだ。東京からの「お節介」には、石川との距離を埋める工夫が欠かせない。
白山市の人とのコミュニケーションの窓口として、まずは、「QINO SODA」の共同開発者であり、原材料として蒸留水を提供しているEarthRing代表の大本健太郎(43)に、石川側のハブの役割を担ってもらった。
同時に、fabriq側にも、「QINOプロジェクト」を推進する専任の人材を置いた。2020年夏に社員として採用した、三嘴光貴(30)である。入社早々、三嘴を「QINO SODA」の商品開発を担当するプランナーとして登用。白山市側とのコミュニケーションや、マメに現地に足を運んで顔を出す東京側のハブ役を一任した。
三嘴は広告のクリエイティブ職を希望し入社したが、「気づいたら、飲料開発をしていました(笑)」。飲食店を経営していた経験もある三嘴は、バーテンダーとしても腕が立つ。木の香りのポテンシャルを生かした飲料の開発には適任だった。
なおかつ、福島市出身で人間関係のしがらみが存在する地域ならではの特性を知り抜いている。地元の人とのボタンの掛け違いでトラブルに発展しそうな時も、「これが地域というものです」と言いながら、高平を精神面で援護してきた。
「僕はいつも三嘴に助けられている。彼は、このプロジェクトの重要人物ですよ」
と高平は言う。摩擦があれば「質問魔」の高平は、やっぱり「聞くこと」で地元との意識のズレを解消してきたが、時には、三嘴が言うように「これが地域だ(=だから仕方ない)」と受け流す柔軟な姿勢も大切なのだと話す。
最初だけ前に出て、地域の人の後ろに回る
白山連峰の風景。この森を保全し、人や経済に循環を生み出すのが高平の目標だが、自身が主人公だとは決して思っていない。
提供:fabriq
高平の言動には、儲けや効率といった近視眼な視点が少しも混じっていない。あえて儲けは何かと尋ねたら、
「例えば林業の人など東京にいたら出会えなかった人との人脈ができたこと、これまで考えもしなかった大自然を知る学びが深まったこと」
だと答えた。実際、QINOプロジェクトを始めてから本業の広告制作にも、社員教育にも、いい刺激ばかりだと言うのだ。
森の生育環境をよくすることで、同時に人の流れを生み出し、山林に経済を生み出す。そのために、モノや体験を仕掛けていく。それが高平の行動の指針だ。
「僕はあくまで一番最初のスイッチを押すだけ。押したら地域の人の後ろに回ろうと思っているんですよ。いずれは地域の人自身が実装力を持ってもらわないと。
ただ、『自分たちじゃ無理』というものを提案しても、長続きしない。どんなスイッチを押したらいい循環が続くのか。僕が常に考えているのは、そこなんです」
事業の対価は山へと還元する。山との「かかわりしろ」を増やす企画が、人の笑顔を作る。人が人を連れてくる。結果として自然が回復し、地域もまわる。そんな循環をつくりたい—— 。
高平はみんなでよくする未来をニマニマしながら企んでいる。視線は、いつも遠くにある。
(敬称略・完)
(▼第1回はこちら)
(文・古川雅子、写真・伊藤圭)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。