飛ぶ鳥を落とす勢いで市場を拡大する情報管理アプリ「ノーション(Notion)」のウェブサイトより。近々、強力すぎる競合企業が出現しそうだ。
Screenshot of Notion website
ノーション(Notion)はいまシリコンバレーで最も熱い視線を浴びている企業のひとつだ(日本では10月中旬にベータ版が公開されている)。
テック企業の従業員や動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」のインフルエンサーからチームワークやプロジェクトプランニングに最高のツールとの支持が高まり、2021年10月には2億7500万ドル(約300億円)という巨額の資金調達に成功。
最新の評価額は100 億ドル(約1兆1000億円)に達している。
ノーションは2012年創業。文書、チームWiki(共同ナレッジ)、タスク管理ツール、スプレッドシートを組み合わせた「オールインワンのワークプレイス」を売り文句にしている。
パンデミックを受けたリモートワークの普及拡大で脚光を浴びる形になったものの、それまでは長いことベンチャーキャピタル(VC)からの出資を拒むなど、シリコンバレーの「隠し球」的存在とみられてきた。
マイクロソフトの動き
マイクロソフトが間もなくプロジェクト管理アプリ「ループ(Loop)」をリリースする。が、その外観や機能が人気のあのアプリにそっくりと評判だ。
Screenshot of Microsoft website
さて、11月初頭にマイクロソフトが「ループ(Loop)」なるアプリをローンチさせるとの報道があって(米CNBC、11月2日付)、新星ノーションの輝きは少しの間覆い隠されてしまった。
ループの特徴や機能はノーションと似通っており、ワードやエクセル、ビデオ会議アプリのチームズ(Teams)などを含む生産性ツール「Office 365」に組み込まれる。
マイクロソフトにとって、この動きはきわめて理にかなったものと言える。
同社の狙いは、企業規模の大小を問わず、仕事をこなすのに必要なアプリをすべてクラウド経由で労せずして入手できる手段としてOffice 365を定着させることにあるからだ。
しかし、そうしたマイクロソフトの動きは、スラックやズームといった他の競合企業と同じ陣営にノーションを押しやることになる。
(生産性ツールの各分野では)最重要の企業と二番手企業の立場は入れ替わりやすく、スラックもズームもここ何年か事業を拡大するなかで、マイクロソフトとはどうしても利害が一致しないことについに気づいたところだ。
マイクロソフトがループの普及拡大に力を注ぐなか、(直接の競合相手となる)ノーションの行く末を案じる愛用者や業界ウォッチャーから不安の声があがっている。
スラックの元経営幹部で、ビジネス支援プログラムを提供するリフォージ(Reforge)のバイスプレジデント、ファリード・モサバットはツイッターに以下のような辛辣な指摘を投稿している。
「役立つものを容赦なくコピーし、自社の戦略的アセット(経営資源)を活用して、あなたが生み出した新たな市場をものすごい勢いで乗っ取る。そんなマイクロソフトの力を甘くみてはならない」(2021年11月3日付)
ただ、ノーション側はそうした動きを特段気にかけていないように見える。ノーションのアイヴァン・ザオ最高経営責任者(CEO)はInsiderのメール取材にこう答えている。
「すべての人がまさに思い通りにソフトウェアを使えるような社会を実現することが私たちのミッション。その道のりは長く、私たちはまだその端緒についたばかりなのです」
ノーションは最近、マイクロソフトとクラウドビジネスで競合するアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)と提携。この動きをセールスフォース(Salesforce)や中小ソフトウェア会社を巻き込んだ「反マイクロソフト同盟」と位置づける関係者もいる。
マイクロソフトはInsiderの取材に対し、ループはあくまで独自開発のプロダクトで、Office 365スイートに含まれる他のアプリをまとめて共同作業の生産性を向上させるスタンダードなツールとするのが狙いとしている。
一方で同社は近い将来、(Office以外に)外部のソフトウェア開発会社が開発したプロダクトをループに統合できるようにすると確約もしている。
ノーションの勝機
ノーション(Notion)は「オールインワンのワークスペース」を売り文句に市場拡大を続けている。
Notion
マイクロソフトとの競合関係に陥ったからと言って、ノーションが悲嘆に暮れる必要はない。同じようにこうした困難に直面し、ただ生き残るだけでなく、成功をおさめた例はいくらでもあるからだ。
マイクロソフトは圧倒的に強大な存在ではあるものの、チャンスはそれなりにあって、まるで勝ち目がない無益な戦いということにはならないと、一部の業界関係者は考えている。
クラウドストレージサービスのボックス(Box)創業者兼最高経営責任者(CEO)のアーロン・レヴィはこう強調する。
「新たなテクノロジーが次々生み出される現在は、法人向けソフトウェアの開発に文字通り絶好のタイミングです。チャンスには競争がつきものであり、それはビジネスにおける現実として誰もが受け入れなければなりません」
実際、最近も大きな成功事例がいくつかあった。
スラックのスチュワート・バターフィールドCEOは、マイクロソフトのチームズが爆発的な成長を遂げるなか、同社を「驚くほどスポーツマンシップに欠けた競争相手」と批判していたが、それでも2020年12月には277億ドル(約3兆円)でセールスフォースの傘下に入り、反撃の準備を進めている。
同じようにチームズの圧倒的なプレッシャーと戦ってきたズームは、コンタクトセンター向けクラウドサービスを展開するファイブナイン(Five9)の買収を断念した影響もあって、2021年秋以降は株価の動きが思わしくないものの、2020年初頭に比べればその企業価値はおよそ4倍にふくれ上がっている。
また、たとえビジネスの対象範囲は狭くても、徹底的に特化したツールが成功する余地は十分にある。
セコイア・キャピタルが出資するスタートアップ、フロント(Front)のマチルダ・コリンは、顧客がメールやチャットアプリに求めるものにしっかりフォーカスすることで、マイクロソフトのツール群との差別化を図り、独自の立ち位置を確保することができたと説明している。
フロントは、ユーザーが受信あるいは何らかのアクションをとる社内外の(メールやチャット、SNSなど)多様なメッセージをひとつのインボックス(受信箱)に統合、共同管理できる機能に勝機を見出したと言える。
ノーションのようなスタートアップにとっては、Office 365スイートが武器とする(アプリの組み合わせによる)総合力を上回る何かを見出すのが難題であり、チャンスでもあるというのがコリンの考えだ。
「結局のところ、大事なのは顧客企業のニーズを深くまで理解することなのです。自社のプロダクトが顧客の正確なニーズを他社より望ましい形で満たすことができれば、そのプロダクトが勝利をおさめる可能性は高くなるでしょう」(マチルダ・コリン)
Office 365スイートとの統合拡充を進めるパートナーであると同時に、クラウドビジネスにおける競合相手でもあるレヴィ(前出、ボックスCEO)もコリンの考えに同意する。
「顧客の抱える問題は何かということから逆算してプロダクトを生み出すことが何より大事です。顧客の問題を解決できなかったら、競合相手に勝つことなどできません」
(翻訳・編集:川村力)