スタートアップ企業での仕事は往々にして、大企業より刺激に満ちている。
急成長のスリル、成功しなければならないというプレッシャー、個人に対する責任の重さ。これらの要素はどれも、働く人たちにとっては大きな魅力だ。しかし、スタートアップの大半は倒産するため、そうした企業への転職は本質的にリスクを伴う。
ビジネス環境はこの2年で激変している。もともとZ世代の若者は転職には抵抗がないが、それに加えてコロナ禍の影響もある。彼らの多くは、すでに「大退職(the Great Resignation)」問題と労働拒否権問題に苦心している雇用主に対し、さらにESG(環境、社会、ガバナンス)問題への対処とフレキシブルな働き方を求めている。こういった分野では素早い動きができるスタートアップに分がある。
しかし、スタートアップへの転職を考えているなら、応募する際に知っておくべきことがいくつかある。Insiderは6人の人事の専門家を訪ね、面接の準備の仕方や、転職を決める前に自問すべきこと、スタートアップに聞いておくべきことについてアドバイスしてもらった。
1. 安定していない組織で働く覚悟はあるか
求人関連サービスを提供するファイアーフィッシュのウェンディ・マクドゥガル。
Firefish
「安定した組織を求めているならスタートアップには転職しないほうがいいでしょう。明確なキャリアパスを求めているなら、スタートアップへ行くのは筋違いですね」と、求人関連サービスを提供するファイアフィッシュ(Firefish)のウェンディ・マクドゥガル(Wendy McDougall)CEOは言う。
転職しようとしているスタートアップがどのステージにいるのかにもよるが、指導的な役職に至る型通りの出世コースなどまず存在しない。
PRとコミュニケーションに特化した求人サイト「ルナ・キャリア(Luna Careers)」の創設者、サラ・ウィスビー(Sarah Wisbey)は次のように述べている。
「スタートアップに入社した直後は、職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)を与えられるという贅沢さえないかもしれません。しかしその分、重要な役割を与えられ、うまくいけばその仕事全体を実行する権限を与えられるかもしれません。
スタートアップの社員が『なくてはならない存在』になるためには、すべてのステージで活躍できること、ビジネスに関するあらゆることを『ゼロから』知る覚悟が必須です」
ウィスビーはさらに、このことがインポスター症候群(訳注:仕事で成功し、客観的な評価をしっかり得られているにもかかわらず、自分自身を過小評価してしまう心理状態のこと。別名「詐欺師症候群」)につながるケースもあると指摘する。
ハイアードの人事戦略担当バイスプレジデント、サマンサ・ローレンス。
Hired
職務記述書が存在している場合も、応募者はそこで使われる独特の言い回しに注意しなければならない。
「他社と似たり寄ったりの場合もありますが、職務記述書がどう書かれているかによって、組織の価値観や文化がよく分かることがあります」と、テック関連のキャリアサイト、ハイアード(Hired)で人事戦略担当バイスプレジデントを務めるサマンサ・ローレンス(Samantha Lawrence)は言う。
「職務記述書から、そこでの仕事がどんなものか、さらに言うと、その会社で自分が成功できるかどうかも分かることがあります」とローレンスは付け加えた。
2. 適切な経験値を積んでいるか
アーリーステージのスタートアップでは、チームの構成員が自分1人だったり、技術系のスタッフは自分だけということがよくある。
「特に若い人は、技術チームの組織構造を理解し、経験や勤続年数にかかわらず自分の判断で自由に動ける立場なのかを見極めることが大切です」と、開発者用の求人プラットフォーム「コーディンゲーム(CodinGame)」の共同創業者兼最高クリエイティブ責任者、オード・バラル(Aude Barral)は言う。
監督するレベルやメンターから学ぶ機会は限られているかもしれないが、マネジメント体制がフレキシブルなら創業者と近い距離で働けるかもしれない。
「組織がまだ急な学習曲線にいることに惑わされることなく業務に邁進できる人なら、スタートアップに行くことでさらに速く学び、成長し、技術的な経験を得る機会にも恵まれるでしょう」とバラルは結んだ。
3. 新しいやり方を受け入れられるか
バラルが自身のプラットフォームで実施した調査によれば、エンジニアが望むものの上位を占めるのがワークライフバランスとフレキシブルな労働環境だという。
「スタートアップに応募者が集まる理由のひとつがこうした要素です。スタートアップは働き方改革を牽引してきましたからね。スタートアップならだいたいどこも、居心地がよくて働きやすいオフィスや、今どきの技術職の期待に応える最新ツールといった職場環境を備えています」とバラルは言う。
フレキシブルな勤務時間や在宅勤務を可能にするスタートアップは「インクルージョン(包括性)」が高まる可能性もある、と指摘するのはアビリティ・ピープル・アンド・ポディウム(The Ability People and Podium)の共同創業者でありパラリンピック選手でもあるリズ・ジョンソン(Liz Johnson)。同社は、障害があって働くことができない人々のための仕事とフリーランサーのマーケットプレイスだ。ジョンソンは言う。
「幼い子どもや障害のある人などをケアする必要のある人にとっては、これらの条件を提示してくれる企業は魅力的でしょう。従来型のオフィスには障害のある人は通勤できないこともありますし、子どもがいる人にとっては子育てをしながらフレキシブルに働けるというのは大きなメリットです。
仕事で自分の潜在能力を発揮するためには何が必要なのか。この点を自分に問いかけて、求めている働き方を可能にしてくれるスタートアップはどこなのかを確認することが大切です」
新しい働き方とはいえ、フラットな組織であるがゆえに、従来型の企業と比べて監視されることも多くなるだろうし、自分をさらけ出す必要も出てくるかもしれない。
オッタのテオ・マルゴリアスCOO。
Otta
「スタートアップで成功するためには動機づけが絶対に必要です」と、テック系求人サイトであるオッタ(Otta)の共同創業者兼最高執行責任者(COO)のテオ・マーゴリウス(Theo Margolius)は話す。
「小さい組織なので、自分一人が持つ影響力のほどもよく分かる半面、隠れる場所も惰性で働く余地もありません。バリバリ働いて早く成長し、多くのことを学びたいならスタートアップに転職すべきです」
4. 社員のウェルビーイングを重視している組織か
「ウェルビーイング(幸福)の支援や福利厚生にさして投資していない会社なら、転職は慎重になったほうがいい」とウィスビーは言う。
ウィスビーによると、海外勤務ポリシーがあるかどうかもひとつの指針になることがあるという。海外勤務ポリシーがあるということは会社と社員の間に信頼関係があることを示しており、ワークライフバランスをどの程度重視しているかが分かるからだ。
また、入社を決める前にそのスタートアップで働くスタッフや組織のリーダー的存在の人とも話してみて、会社は社員にどんなサポートをしているか、なぜそれが重要なのかを尋ねるとよいだろう。オッタのマルゴリウスは言う。
「現役の社員に話を聞くのは2倍大変なことです。ですが人生の大半は職場で過ごすわけですから、聞きにくい質問をすることも大切です。
スタートアップに専任の人事担当者や人事部がなかったとしても、それで即ダメというわけではありません。単にまだそういう段階ではないというだけかもしれませんから。
社員を本当に大切にしているスタートアップは多いです。最高の人材を引きつけたい、そのためには素晴らしい職場環境を用意する必要がある、と分かっているんです」
マルゴリウスによると、さまざまなサポートをしてもらうためのコツは、マネジャーや創業者にも「かなり積極的に」アピールして、話ができるところまで持っていくことだ。「たいてい彼らは全力で手助けしてくれます」とマルゴリウスは言う。
アビリティ・ピープル・アンド・ポディウムのリズ・ジョンソン。
Podium
大手企業の福利厚生というと健康保険やジムの会員割引などだが、スタートアップはユニークな特別休暇制度を設けてくれたり、マインドフルネスのセッションまで受けられるようにしてくれるところもあるという。
「各社でどのような福利厚生を用意しているか比較検討してみるといいでしょう」とポディウムのジョンソンは言い、こう続ける。
「福利厚生なんて些細なことだと思うかもしれませんが、心身の健康は常に何よりも優先されるべきです。燃え尽き症候群を防ぐために会社がヨガ教室を全額負担する必要はありませんが、社員が必要としていることに気を配り、耳を傾ける企業でなければできないことです」と付け加えた。
5. リスクを冒す金銭的な余裕はあるか
ほとんどのスタートアップは失敗に終わるので、スタートアップ1社で働くのはリスクが高く不確実だ。
「資金調達の方法がベンチャー支援かブートストラップ法(Bootstrapping)かを確認するのがポイントです。投資家から受けている資金援助の内容については深掘りして理解しておいた方がいいと思います。評判のよいスポンサーが後ろ盾になっていれば、さらなる成長に期待が持てますからね」とルナのウィスビーは語る。
また、社員との関わり、人脈作りの機会、社内で得られる学びと「昇給のたびに経験する胸の高鳴りとが同じ重さで釣り合うかどうか」も考えよう、とウィスビーは言う。創業間もない時期に入社すれば、ストックオプションで利益を得る「大きな可能性」もある。
6. なぜ他社ではなくこのスタートアップなのか
アーリーステージのスタートアップであっても、ミッション、ビジョン、独自のセールスポイントなど、ブランドの全体像は伝えられるはずだ。応募者が、なぜ自分にとってこのスタートアップがいいのかを知るうえでこうした情報は手がかりになる。
「このあたりのことが職務記述書に明記されていない場合は気をつけたほうがいいですね。ビジョン、ミッション、カルチャーが分かりにくかったり不明瞭だったりしたら赤信号です」とハイアードのローレンスは言う。
ポディウムのジョンソンは、ブランドの全体像を描くことの必要性を繰り返し訴える。また、会社と自分の価値観が一致しているかを確かめるために「会社のマニフェストを調べるべき」とも言う。
「インクルージョンと平等を重視する企業ほど、多様性があり、成功する可能性が高いです。それだけでなく、インクルーシブな企業ほど、その職場は進歩的で、支援を惜しまず、協力的なものです」
しかし結局のところ、ペースの速いスタートアップ環境で成功するためにはハングリーでなければならない、と言うのはファイアフィッシュのマクドゥガルだ。
「このアーリーステージのスタートアップに参画する最大のスリルは、コンフォートゾーン(快適な場所)から毎日自分を追い出すことです。そう聞いて、楽しそうだと思うか、怖いなと思うか。自分自身に正直になることで、スタートアップへの転職が正しい選択かどうかが分かります」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)