「また、長時間の会議?」「これ、出席する意味あるの?」「また、この作業?」
日々の仕事をこなすなかで、こんなふうに思ってしまうことはありませんか?
コロナ禍をきっかけに日常風景となったリモートワークやハイブリッドワークによって、参加しなければならない会議が増えた、ちょっとした業務連絡ですらもやりとりが増えた……ということが多くの職場で起きています。
このような環境で疲弊したり、コミュニケーションに苦労して気分が塞ぐようなことがあれば、あなたの心理的幸福感は低迷気味かもしれません。
かく言う私自身も過去を振り返れば、キャリアを歩み始めた頃は心理的幸福感の高い状態から低い状態へのダウンフローを経験しました。
大学教員になるまでの院生時代や客員研究員時代には、自分のやりたい研究に没頭できるという喜びと意欲で心理的幸福感の高い状態でした。しかしひとたび教員としてポストを得ると、永遠に続くかと思われる会議や目的不明の作業など、日々の目の前の業務に対して不満が鬱積していきました。
まだキャリアの浅い私が「会議時間を短くしましょう」などと提案できるわけもありません。「イヤイヤ出席するか」「なんとかして会議を欠席するか」の二択です。
この状態は、健全ではありません。イヤイヤ仕事をしていますから、心理的幸福感が次第に下がっていきます。下がった状態で仕事をしても生産性は低く、これでは完全な悪循環です。
内面で起きた劇的な変化
仕事なんてつまらない……そう感じていたこの頃の私を救ってくれたのが、この連載でもお伝えしている「プロティアン・キャリア」でした。
「自分らしくあること(アイデンティティ)×変化に適合していくこと(アダプタビリティ)」を中核に持つプロティアン・キャリアという考え方に出合ったことで、自分も変わろうと決心しました。
そもそも心理的幸福感の低い状態ではアイデンティティを確認することができず、アダプタビリティにもつなげていくことができません。
そこで私がまず取り組んだのが、「出席している会議の中での労働生産性を意識すること」でした。例えば、3時間の会議に出席するのであれば、
(1)すべての審議案件について自分なりの見解を持つ
(2)会議の流れを把握しながら、適切なタイミングで的確な提案を心がける
(3)自分が会議の責任者であれば、どのように展開するのか代替案を考える
この3つを毎回、意識するようにしました。これは目の前の業務に対して、まずは自分の内面の中で向き合い方を変えることでもありました。(1)や(3)については、周りの人からは確認できない変化です。
たとえ周囲の人には気づかれなくても、この3つの取り組みは私の内面に劇的な変化をもたらしました。
何より、目の前の業務を「やらされ仕事」として捉えなくなりました。自ら仕事に向き合うようになったのです。どんな会議でも当事者意識を持ち、事前準備をして、会議の最適なゴールを意識し、それをコンプリートできるように取り組むようになったのです。
その結果、次のような変化を体感することになりました。
- 会議の時間があっという間に過ぎるようになった
- 適切なコメントを心がけるようなり、次第に重要な局面で発言を求められるようになった
- 会議を連続性の中で考えるようになり、会議を通じて何を成したいのかを意識するようになった
- 会議に参加するにもやりがいを感じるようになり、嫌ではなくなった
これは大きな変化です。2008年に大学に着任して、やらされ感を覚えながら働いていた3年。そこからトランスフォームし、2011年以降は自ら主体的に働くようになりました。このペースはすでに10年続いており、今後も続けてきます。
幸福感が増せば生産性も上がる
この劇的な変化の渦中にあった時、私の内面では何が起きていたのでしょうか?
目の前の業務に向き合う際の意識を変えたことで、「組織内キャリア」から「自律型キャリア」へのトランスフォームが起き、それにより心理的幸福感が向上していったのです。
心理的幸福感の変化を実際に体感したうえで強く思うのは、自ら主体的にキャリアを形成することが、心理的幸福感を向上させる心臓部だということです。目の前の業務に我が事として向き合い、常に改善案や解決案を考えるようにするのです。
組織の制度や会議の頻度を自ら変えることはできなくても、適切なコメントを毎回準備したり、業務効率を上げることは自分のやる気ひとつでいかようにもなります。
すると今度は、さらなる変化を体験しました。
心理的幸福感が高い状態で仕事に向き合うと、労働生産性も向上していくという変化です。
その後は著書を25冊、社外顧問を29社歴任しています。45歳の年齢から考えれば、生産性の高い人材としてカテゴライズしていいのではないでしょうか。特殊な能力を持っているわけでも、思考力や想像力が天才的に長けているわけでもありません。しかし、常に仕事に向き合い、改善点があればそのつど取り組む——その積み重ねがこれだけの違いを生むのです。
キャリア形成の好循環を回そう
日本生産性本部の定義によれば、「労働生産性」とは労働者1人当たり(あるいは労働1時間当たり)でどれだけ成果を生み出したかを示すもの。「労働生産性が向上する」ということは、同じ労働量でより多くの生産物をつくり出したか、より少ない労働量でこれまでと同じ量の生産物をつくり出したことを意味します。
「労働生産性」とは企業側の人材管理の視点でよく用いられる考え方ですが、ビジネスパーソン個人にとっても2つの点で極めて重要です。
第一に、ビジネスパーソン一人ひとりの可能性を最大化する鍵を握るのは、労働生産性の向上にあるという点。
第二に、労働生産性を高めることで生み出される可処分時間(個人が自由に使える時間)を有効活用することで、ビジネスキャリアのみならず、プライベート時間を含むライフキャリアを形成するうえでも心理的幸福感が高まるという点です。
つまり、労働生産性を高めていくことは、企業にとっても個人にとっても望ましい循環の実現につながるのです。
そこで今日からできることをご紹介します。
まず、仕事アウトプットを高めるフローの条件(下図参照)を意識して、毎日の業務をセルフマネジメントしていきましょう。
フローを高める条件は次の通りです。
獲得したビジネス資本(=スキル)と目の前の業務負荷(=チャレンジ)が適切な関係性にある時に、フロー状態に入ることができます。スキルに対してチャレンジが低ければ、目の前の業務を退屈だと感じてしまいますし、逆にスキルに対してチャレンジが高すぎると不安になってしまいます。
ここを組織任せにしないで、仕事に向き合うなかで自ら調整していくのです。こうすることで労働生産性を高めようという意識も高まっていきます。
また、一つの業務に投下する時間を減らすことにも取り組んでみましょう。従来よりも少ない投下時間で従来と同じアウトプットを出す。これを続けていけば労働生産性は向上します。また、それによって生まれる可処分時間を使って、新たな業務に取り組んだり、プライベート時間として有効活用することもできます。
このように考えてくると、これからのキャリア形成に不可欠な循環が見えてきます。
筆者作成
組織はやりがいや生きがいを必ずしもあなたに与えてはくれません。やりがいや生きがいというのは、外発的な動機付けによって醸成されるものではなく、上図にあるように、自らの日頃の主体的な取り組みの積み重ねによって、内発的に形成されるものなのです。
あなた自身も、日々の心がけと行動によって、あなたなりのやりがいや生きがいを創り出すことを意識してみてください。
それでは、また次回。
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。