イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今回は市役所にお勤めの20代の方からのお悩みです。さっそくお便りを読んでいきましょう。
社会人1年目の23歳です。1年ほど前に佐藤優さんの著作『読書の技法』を拝読させていただき、基礎知識の大切さを痛感いたしました。そこで、2020年8月頃から高校数学や現代文の勉強をその他の読書と並行して、毎日取り組んできました。その時間はとても楽しく充実感も感じていました。
しかし、最近は勉強や読書ばかりで、なんだか常に肩に力が入り、精神的に余裕がなく、時間に追われるような感覚があります。そこで、何か勉強や読書以外の趣味を見つけてリラックスする時間を作ろうと思っているのですが、中々うまく見つかりません。
むしろ見つからないというよりかは、せっかく新しい趣味を始めるのなら、将来的に独立したり副業に生かしたりできるものが良いと思ってしまい、結局何にも手がつけられていない状況です。「とりあえず興味のあるものをやってみる」が最適解なのでしょうか。
しかし、そんな短絡的に決めてしまうと、時間やお金が無駄になってしまうのではないかと不安になり一歩踏み出すことができません。それとも、そもそも新しい趣味を始めるというのは甘い考え方で、勉強と読書などのスキルアップに専念すべきなのでしょうか。
(キーさん、20代男性、地方公務員(市役所))
労働力は労働でつくり出せない
シマオ:キーさん、お便りありがとうございます! とても勉強熱心な方のようですが、ちょっと行き詰まっているようですね。いかがでしょうか。
佐藤さん:キーさんは、趣味も「コスパ」の良いものをと考えている訳ですね。最小の努力で最大の利益を得るという合理的な発想を持っていること自体は悪いことではありません。ただし、そうやって得た利益や時間を何に使うかが大事なことです。もし、またお金儲けのためだけに使うのであれば、それはもはや「拝金教」です。
シマオ:「拝金教」は過去にも解説いただきましたが、お金という実体のないものを、「神様」のように拝んでしまうことでしたよね。
佐藤さん:はい。余暇の時間まで副業やスキルアップのことだけを考えていたら、どんな人でも疲れ切ってしまいます。
シマオ:でも、勉強熱心な人ほどインプットをやめられない。最近はそういう人が増えているような気がします。
佐藤さん:そんな人こそ、マルクスを読むことを勧めます。
シマオ:マルクスは『資本論』を書いた人でしたね。
佐藤さん:はい。『資本論』は資本主義のしくみを分析したものとして、現代でも役に立ちます。マルクスによれば、資本主義において労働力とは「商品化」されるものです。
シマオ:僕たちを「商品」だなんて言われると、なんかイヤですが……。
佐藤さん:それがマルクスが見抜いた現実なのです。私たちは労働力という「商品」を売ることで給料を得ます。しかし、本当なら資本家、すなわち企業の経営者は同じ給料で労働者を24時間働かせたい。そうすれば、利潤がどんどん増えますからね。
シマオ:でも、そんなことしたらみんな死んでしまいますよ!
佐藤さん:労働力が他の商品と違うところはまさにそこです。労働力自体は労働でつくり出すことはできません。では、どこで生み出されるかと言えば、それが家庭です。労働力という商品は、家庭で休息や消費をすることで、「再生産」される訳です。
シマオ:なるほど。だから、休息の時間を全て使ってまで「商品」を磨こうとすると、再生産が追いつかなくなる訳ですね。
佐藤さん:そういうことです。そして、ここで言いたいのは、私たち労働者にとって家庭がいかに大切なものであるかということです。明日も働く気力は家庭で養われるからです。ですから、リラックスできるような趣味はもちろん、「婚活」が趣味でもいい訳です。
シマオ:なるほど、「婚活」ってちょっと偏見をもって見られがちな気がしていましたが、趣味にしたって全然いいんですね!
佐藤さん:お便りを読むと、キーさんは非常に合理的で真面目な方のようです。必ずしも恋愛や結婚をしなければならない訳ではありませんが、恋愛のような合理性だけでは上手くいかない経験をすることは、人生にとって必要なことだと私は思いますよ。それに、パートナーと共通の話題をつくるために、新しい趣味を見つけることもできるはずです。
今は職務に専念する時
イラスト:iziz
佐藤さん:趣味の話とは別に、一つだけ注意しておきたいことがあります。キーさんは地方公務員ということですから、いくつかの例外はあっても基本的には「職務専念義務」というものがあります。
シマオ:職務専念義務?
佐藤さん:地方公務員法なら第30条、国家公務員法なら第96条に「職員は全体の奉仕者であるから職務の遂行に全力を尽くさなければならない」という主旨の定めがあります。これに違反すれば処罰の対象になりますから、公務員である以上、安易に副業には手を出さないほうがいいでしょう。
シマオ:でも、最近は地方自治体が副業人材を募集していたり、副業を推進する方向になっていたりするのではないでしょうか。
佐藤さん:政府の方針としてはそうです。しかし、地方公務員の生涯所得は約3億円と言われています。仮に副業で少し収入が上がったとしても、上司と齟齬があって規定違反とされ、その生涯所得を失うことになれば機会費用は莫大です。
シマオ:そうなんですね……。ただ、公務員にとっても副業などで普段の仕事とは違うスキルを伸ばせるならいいことなんじゃないかと思うんです。
佐藤さん:残念ながら、役所にとって1〜2年目までの職員というのは「お荷物」なんですよ。役所の仕事というのは複雑なシステムで成り立っていますから、しっかりとスキルを身につけるには7〜10年はかかる。そうして一人前になってから後の30年で、その「貸し」を返してもらう訳です。
シマオ:でも「お荷物」って、ちょっとひどくないですか?
佐藤さん:裏を返せば、最初の10年間は学ぶことがたくさんあるということです。副業に手を出さなくても、真面目に仕事をしていればちゃんとスキルは身に付きますから、職務に専心していることが結果的には得だと思いますよ。
シマオ:実際の仕事が一番学べるということですね。
佐藤さん:それに地方公務員には「公務員三原則」というものもあります。
シマオ:初めて聞きました。何でしょうか?
佐藤さん:「休まず、遅れず、働きすぎず」。働きすぎると、仕事がどんどん増えていきますからね。逆に言えば、毎日の仕事を休まず遅れずやっていれば、仕事以外の時間もそれなりに取れるということです。その時間を自分なりに使っていけば十分です。
シマオ:ちなみにキーさんは、佐藤さんの本にならって数学や現代文の勉強をされているとのことですが、リラックスできる時間があれば、勉強自体はいいのですよね?
佐藤さん:とても良いことです。もし、より実践的な勉強をしてみたいのであれば、公務員でも簿記を読めるようにしておくとよいです。簿記は経済社会における「言語」ですから。また、地方公務員であっても国際的に活躍できる場面はあります。そういう方向に進みたければ、英語も勉強してみるといいでしょう。
公務員になる人は将来に不安を感じやすい?
シマオ:それにしても、趣味までスキルアップと直結させようだなんて、僕から見るとキーさんはすごく真面目でうらやましいです。
佐藤さん:真面目というのは、将来の不安の裏返しかもしれません。公務員になる人は将来に不安を感じやすい人が多い印象があります。だからこそ、就職活動までは遊んでいるだけの大学生が多い中で、試験対策にコツコツとエネルギーを注いでこられたとも言えます。もちろん、公務員を目指す理由は人それぞれですが、やはり民間の企業よりも安定していますから。
シマオ:いわゆる安定志向というものですね。
佐藤さん:それが悪いと言っているのではありませんよ。公務員になれたのなら、10年間は勉強のつもりで仕事に専念して一人前になれば、ちゃんと自治体や国のために働くことができます。ですから、今すぐに起業したり転職したりすることを考えて、スキルを身につけようと下手にあわてる必要はないということです。
シマオ:安定しているからこそ、じっくりと仕事に取り組めるメリットがありますね!
佐藤さん:私生活でも同じことが言えます。以前にも紹介しましたが、人生における最大のリスクヘッジは結婚です。地方公務員は派手さこそありませんが、生涯所得はかなり高いし、休みもちゃんと取れる。「婚活」する上でも、強力なアピールポイントをすでに持っています。
シマオ:今は仕事もプライベートも、あせらず充実させる時期だということですね。……という訳でキーさん、参考になりましたでしょうか。仕事に専念していれば必要なスキルも身につきますし、仲のいい友人や恋人と話をしていく中で、自然と趣味も見つかるということですので、あせらずに!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は12月1日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)