フロリダ州アラチュア郡で、服役経験のある数百人に対し、試験的に実施されるベーシックインカム制度への申し込みを呼びかける通知が郵送された。
このプログラムを運営するのは地元の非営利団体、コミュニティ・スプリング(Community Spring)だ。重罪を犯して服役し、6月1日以降に出所したアラチュア郡在住の115人に、月々ベーシックインカムを提供する。重罪を犯したかどで保護観察期間をアラチュア郡(最大都市はゲインズビル)で6月1日以降に迎える人も対象となる。
実際に受給できる人は、申し込みをした人の中から無作為に選ばれる。2022年1月の1回目の給付は1000ドルを口座振り込みで、以降1年間は毎月600ドルを受け取る。この資金の使途は受給者に委ねられる。
ベーシックインカムについては、お金を単にあげてしまうと就労意欲を削いだり浪費につながったりするのではないか、と否定的な意見もある。しかし今回のプログラムの立案者は、貧困からの脱却や再犯防止につながるのではないかと期待している。
アメリカにおける再犯率は世界的に見ても高い。刑務所から出所した人の77%近くが5年以内に再逮捕されている。服役経験者はホームレスになる確率が一般市民と比べて10倍高いほか、非営利団体プリズン・ポリシー・イニシアチブ(Prison Policy Initiative)のデータによると失業率も27%と、大恐慌時の全米の失業率より高い。
にもかかわらず、多くの場合、月10〜150ドル程度の保護観察料の支払いを求められる。足首につけるモニターの料金や、裁判所が求める薬物検査の料金、アンガーマネジメントなど受講が義務付けられている講座の受講料も請求されることが多い。支払えなければ再逮捕か、刑務所に逆戻りだ。
今回の実験の責任者を務めるケビン・スコット(Kevin Scott)は、Insiderの取材に対してこう答える。
「お金がないために刑務所に戻っていく人は大勢います。貧困は犯罪だというのに等しいです。お金がなければ自由になれないと言わんばかりです」
2019年9月24日、47歳のラウル・ロペスはカリフォルニア州リッチモンドの自宅で足首にモニターを装着して過ごしていた。
Yalonda M. James/The San Francisco Chronicle/Getty Images
刑務所収容よりベーシックインカムのほうが安上がり
アラチュア郡のベーシックインカム試験導入は2つの民間団体の出資により行われる。社会課題の解決に取り組むスプリング・ポイント・パートナーズ(Spring Point Partners)と、ベーシックインカムの導入に前向きな市長らでつくる団体、メイヤーズ・フォー・ア・ギャランティード・インカム(Mayors for a Guaranteed Income:MGI)だ。
MGIのメンバーの中には、自分の自治体でベーシックインカムを試験導入する計画をすでに発表している市長もいる。民間から資金援助を得て行うケースがほとんどで、ツイッターのジャック・ドーシーCEO(Jack Dorsey)も2020年に同団体に1500万ドルを寄付している。
カリフォルニア州ストックトン(Stockton)のマイケル・タブス前市長(Michael Tubbs)は、在任中だった2019年、ユニバーサル・ベーシックインカムの実証実験を行った。125人の市民に2年間、月額500ドルを給付するもので、失業率を押し下げ、フルタイムでの就労率が上がり、精神状態が安定し、不安やうつが改善する効果があったという研究結果が出ている。
ストックトンに続く都市も出てきている。ミネソタ州セントポールでは最大18カ月、月500ドルを、150の低所得世帯に支給するベーシックインカムを試験的に導入することが、2020年に決定した。カリフォルニア州オークランドでは18カ月間、月500ドルを低所得層600世帯に給付する試験的な取り組みへの申し込みが締め切られたばかりだ。
デビオン・ハンプトンはフロリダ州での服役経験がある(2020年9月30日、オーランドにて撮影)。
Gianrigo Marletta/AFP/Getty Images
前出のスコットによると、アラチュア郡の実証実験では受給者の数を絞り、1人当たりの給付額を高めに設定することで、元受刑者ならではの経済的な問題に対処しようと試みる。1人当たり年間7600ドルの費用がかかるが、州立の刑務所では受刑者1人につき1万5000〜7万ドルかかることを考えれば、かなり安い。
再犯の減少につながるかを追跡調査
アラチュア郡の取り組みを立案したのは、既存の司法制度から直接影響を受けた人々だ。プロジェクト責任者のスコット自身も約6年前まで服役していた経験がある。
「私は白人男性ですので、有利な状況にありました。アドバンテージもありましたし、気にかけて支えてくれる人々もおり、できる範囲で援助もしてもらいました。それでも本当に大変でした」とスコットは振り返る。
平均すると、アメリカの人口10万人に占めるアメリカ国籍の黒人服役者は1240人だ。これは白人服役者の5倍にのぼる。アラチュア郡では15〜64歳の住民10万人に占める黒人服役者は1430人と、さらに多い。
出所後、自立するのは難しいと感じた、とスコットは言う。毎月金銭的支援が得られれば、保護観察料の支払い、ズボンや自転車やバス乗車券の購入などに充てられただろうと考えている。
「保護観察料を払えなければまた刑務所に収監されてしまうという恐怖が、常に頭にちらついていました。社会復帰するための支援が少しでも得られれば、ずっと生きやすかっただろうと思います」
貧困のせいで刑務所に出戻る人が1人でも減れば、このベーシックインカム実験は成功だ、とスコットは言う。ペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)とサフォーク大学(Suffolk University)の研究者が、このプログラムによって再犯率が下がったか、ホームレスにならずにすんでいるか、参加者の福祉につながったかを調査することになっている。
ベーシックインカムによって誰かが生き延びてくれること、それがスコットの理想だ。「一時しのぎではなく、自己投資に充ててくれたらいいですね」
(翻訳・カイザー真紀子、編集・常盤亜由子)