1990年代から中国企業に積極投資してきた孫正義氏。今は「真冬の嵐」だという。2013年撮影。
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ソフトバンクグループ(SBG)の2021年7−9月期の連結決算(国際会計基準)が、傘下のビジョン・ファンドで中国の投資先企業の株価が大幅に下落したことが影響し、6四半期ぶりに最終赤字となった。7−9月期のファンド事業の損益は8250億円の赤字だった。
中国企業の株価下落は、中国政府が7月以降に次々に繰り出した規制が関係しているが、どの規制がビジョン・ファンドが投資するどの企業に打撃を与えたのか、主なものを解説する。
7月初旬:プラットフォーマー締め付けと海外上場規制
規制ラッシュの7−9月、株式市場に最初に冷水をかけたのは、業界で支配的な地位にあるプラットフォーマーに対する当局の圧力だ。
今年7月2日、中国でIT行政を所轄するインターネット情報弁公室は配車アプリを運営する滴滴出行(DiDi)に対し「国家安全法」および「サイバーセキュリティ法」に基づき審査を始めたと発表した。
当局はその数日後、満幇(manbang)集団(フル・トラック・アライアンス)が運営するトラック配車アプリ「運満満」「貨車幇」など2社についても、対DiDiと同じ名目で審査を行うと明らかにした。
今年6月30日にアメリカで上場したDiDiは、その2日後に当局の審査を受けることとなった。
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DiDiは6月30日、満幇集団は6月22日にアメリカで上場したばかり。相次ぐ大型IPOに市場が盛り上がっている最中の横やりは、アメリカで上場する中国企業の株価が軒並み下落するきっかけとなった。
両社に共通するのは、ビジョン・ファンドが株式の20%以上を保有している点(上場申請時点)、マッチングアプリの運用を通じて膨大なデータを取得できる立場にある点、そして合併によってそれぞれの業界で圧倒的なシェアを持っている点だ。当局は中国のデータがアメリカ側に流出することを警戒し、強硬姿勢を取ったと見られている。
中国当局は7月、海外で上場する中国企業への監視を強化するとも発表した。
DiDiは7月以降、いくつかの処分を受けているが、上述の審査に対する結果はまだ公表されていない。満幇も同様だ。そもそも、どういう行為が問題となっているのかも当局は説明しておらず、審査結果が明らかにされない限り、2社だけでなく海外上場を目指す中国企業は身動きが取りにくい。
独占禁止法違反で巨額の罰金を受けたアリババグループ(こちらもソフトバンクグループが大株主だ)と出前アプリ運営事業者の美団(Meituan)は、審査開始から処分公表まで半年前後かかっており、DiDiと満幇集団についても同じくらいの期間が費やされるだろう。
7月下旬:エデュテック銘柄、学習塾規制で大打撃
コロナ禍で大きく成長し、資金を集めたエデュテック企業は一転逆風に晒されている。
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中国政府は7月下旬、宿題と学習塾を規制する「双減政策」を発表した。学習塾は資金調達や上場を禁じられ、週末や長期休暇中の運営も制限されたため、教育業界は総崩れとなった。
ビジョン・ファンドが出資する掌門教育も天国から地獄へ叩き落とされた一社だ。
小学生~高校生を対象にしたオンラインマンツーマン授業を手掛ける同社はコロナ禍で事業を拡大し、今年初めの時点でユーザー数約6000万人を抱えていた。2020年9月にはビジョン・ファンドなどから4億ドル(約440億ドル)を調達し、2021年6月にアメリカで上場した。
掌門教育は今月2日に上場後初めてとなる2021年4−6月の決算を発表したが、売上高は前年同期比35%伸び過去最高だった。
ところが上場から1カ月半後に「双減政策」が発動され、義務教育の生徒をターゲットにする掌門教育はビジネスモデルを全否定されるも同然の格好となった。上場日に14ドルだった株価は、双減政策発表後に5ドルを割り、11月は1ドル台で推移している。
掌門教育は今後、「素質教育」と呼ばれる芸術やスポーツなど受験とは関係ない分野の教育や、学校のIT化を支援する事業にシフトするとしているが、短期間での業績回復は非常に難しい。
9月:不動産業界規制からも逃れられず
中国政府の不動産業界規制で、中国不動産大手・恒大集団の債務危機が世界を揺らしている。ビジョン・ファンドはオンライン不動産取引プラットフォームの「貝殻找房」に投資しており、ここでも損失を被った。
最新テクノロジーを活用し、VR内見なども早い時期から導入していた貝殻找房は、不動産業界の「DiDi」になると期待され、ビジョン・ファンドだけでなくテンセントをはじめとした名だたる企業やVCから出資を受けて、創業から3年足らずの2020年8月にニューヨーク証券取引所に上場した。
だが今年に入ると、中国政府の不動産業界規制で物件の流通が縮小し、貝殻找房が今月発表した2021年7−9月期の決算は、売上高が前年同期比11.9%減の181億元(約3200億円)で、純損益は17億6600万元(約310億円)の赤字となった。業績の大幅な悪化を受け、同社は10月にリストラに着手していた。また、同社は今年5月に創業者の左暉氏が50歳で病死する不幸にも見舞われている。
貝殻找房の株価は昨年8月の上場時に2倍に上昇し、ビジョン・ファンドの利益に大きく貢献したが、今年7−9月は規制の影響から逃れられず、株価も6割以上下げている。
ここで紹介した企業はいずれも2020年はコロナ禍の非対面、巣ごもり需要などを追い風に業績を伸ばし、「次の美団」「次のアリババ」などともてはやされていた。だが、昨年秋以降プラットフォーマーに対する当局の風当りは強まる一方で、アリババ、美団はいずれも今年に入って独占禁止法違反で巨額の罰金を科された。
海外上場規制、学習塾規制、不動産規制ともに今は「序盤」であり、先が見えない。SBCの孫正義会長兼社長が決算会見で口にした「真冬の嵐」は来年まで続きそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。