リモートワークで仕事とプライベートの境界があいまいになり、つい働きすぎてしまう。
周囲に話せる相手がいなくて、悩みやストレスを抱え込んだままにしてしまう——コロナ禍以降、そのような状態に陥り、ついに「バーンアウト」してしまうビジネスパーソンが増えているようです。
「バーンアウトシンドローム(燃え尽き症候群)」とは、それまで意欲を持ってひとつのことに没頭していた人が、心身の極度の疲労により、燃え尽きたかのように意欲を失い、社会に適応できなくなってしまう状態を指します。
メンタルはひとたび不調をきたすと、健康な状態に戻すまでにはフィジカル以上に時間がかかる傾向にあります。
そこで今回は、withコロナの時代だからこそ大切な、健康なメンタルの保ち方についてお話ししましょう。
私はリクルートに営業として入社した新人時代は、朝7時からアポ取りの電話がけをし、企業への訪問アポイントは1日平均4~5件、多い日は7〜8件と、朝から晩まで駆け足の日々を送っていました。
2人の子どもが幼かった時期も、フルタイム勤務を続け、毎朝3時起きの生活。
自身で会社を経営する現在も、オンライン商談・面談、セミナーへの登壇など、1日7~8件のアポイントで埋まっていることも珍しくなく、相変わらずの駆け足状態です。
こんなペースでの生活を約30年続けてきましたが、それでもバーンアウトしたことはありませんでした。
私は学生時代から比較的マジメな気質で、試験勉強でも「ヤマを張って、そこだけ勉強する」といったことはせず、出題範囲の隅から隅まで暗記をするタイプです。そんな私が、なぜメンタルの健康を保ったまま走り続けてこられたのか、いくつかの秘訣をお話ししたいと思います。
常に「生産性」を意識する
仕事の「量」をこなそうとして頑張る人は、バーンアウトになりやすい傾向があるように思います。
私も、ついいろいろな依頼をお引き受けして、業務が大量に積み上がることがありますが、それをひたすらこなそうとするのではなく、「生産性」を意識しています。
「昨日は遅くまで働いたから今日は睡眠不足。こんな状態で仕事しても生産性が上がらないから、今日は寝ちゃおう」といったように。実際、そうしてひと眠りして、頭がスッキリとした状態で仕事を始めれば、倍のスピードでこなせたりします。
自分のコンディションにしっかり向き合うことが大切です。
リクルート社員だった時代には、「どうしたら生産性を上げられるか」を考えた結果、まだ入社3年目の身ながら「私にアシスタントをつけてください」と、会社に掛け合ったこともありました。
「事務作業などをアシスタントに任せ、もっとお客様との商談に集中することで、業績をここまで上げてみせます」と、具体的な数値目標を提示して交渉したのです。
結果、アシスタントをつけてもらうことができ、業績を大きく伸ばすことができました。それが、会社としてアシスタント制を導入するきっかけになったほどの成果につながったのです。
こまごまとした雑用をすべて1人で抱え込んでしまった結果、業務過多となってバーンアウトするケースはありがちだと思います。
何より「これは自分がやらなくてもいいのでは」と思っていると、ストレスが増幅します。自分がやるべき仕事、自分にとって大切な仕事だけに集中できる状態であれば、忙しくてもメンタルは健全な状態を保てるのではないかと思います。
最近は便利なITツールが多く登場していますし、副業者などにスキマ仕事をアウトソーシングできるプラットフォームも整ってきています。
自分でなくてもいい業務、自分の手でやりたい業務を切り分け、前者は誰かに任せてしまう。そんな体制へシフトできるように、上司やチームに働きかけてみてはいかがでしょうか。
取捨選択し、優先順位をつける
自分にとって大切な活動や時間とは何かを明確に意識して、それをしっかり守るようにしましょう。
「この時間だけは譲れない」と決めたら、絶対に仕事やアポイントなどを入れないようにするのです。
私の場合、子どもが幼い頃、どんなに忙しくても「一緒にお風呂に入る」「寝る前に絵本の読み聞かせをする」時間は必ず確保していました。
「やる」と決めたことはやり、そのために「これはやらない」というものを決めましょう。
「サードプレイス」を持って頭を切り替える
「このセミナーに参加したいけれど、忙しいからやめておこう」「この本を読みたいけれど、先に溜った仕事を片付けてから」——そんなふうに、「いつまでもやりたいことができない」という状態に陥っていないでしょうか。
しかし忙しい中でも、向き合う仕事やテーマを切り替えることで脳がリフレッシュされ、ストレスが解消され、本業の能率が上がるものです。
セミナー、コミュニティ、あるいは副業などでもいいかもしれません。
会社と自宅以外の「サードプレイス」を持って、そこで頭の使い方を切り替えてみるのも有効だと思います。
インセンティブを用意しておく
「いつもパワフルですね」と言われる私でも、やはり無理を続けると疲弊しますし、心がすさんできてしまいます。
そこで、少し先に「インセンティブ」を用意しておきます。
「この案件が落ち着いたら、ラグジュアリーホテルのスパで1日中とことんくつろぐ」「気心の知れた友人と温泉に行く」といったようにです。
「この先に楽しみがある」と思えば、そこまで走り切り、疲れをリセットできますから、「予約」を入れておくことをお勧めします。
自分の「パーパス」を持つ
バーンアウトを防ぐための、日常の行動の工夫についてお話ししてきました。
しかし、より根本的なお話をすると、自身の「パーパス」を明確に意識して、それに沿った仕事に取り組むことが、バーンアウトを防ぐのに最も効果的なのではないかと思います。
パーパスとは「目的」「意図」を意味する言葉ですが、最近は企業理念・経営戦略・ブランディングなどの場面でよく使われます。その企業が何のために存在するのか……という「存在意義」を指します。
これは働く個人にとっても欠かせないものだと、私は思います。
私自身も、パーパスを持っています。目指すのは「人の想いと企業の志をつなぎ、本流へと導く。互いにワクワクする景色を、挑戦と希望溢れる未来を創っていく」。これを自身の軸として、その実現につながる仕事を選んできました。
現在の私は、さまざまなお仕事の依頼をいただきます。人材採用のご相談、転職・キャリアのご相談をはじめ、講演会やセミナーなどへの登壇、スタートアップ企業の顧問、メディアのインタビュー、書籍執筆……など。
時間に制限がある中、お受けするかどうかの判断はすべて「パーパス」に基づきます。
たとえ報酬の面ではメリットが少ないご依頼であっても、それが、私が目指す世界の実現につながるものだと判断すれば、時間を割いて応じることもあります。
パーパスに基づく仕事であれば、「やってよかった」と思えますし、ネガティブな気持ちや疲労感が溜まることはありません。
私がリクルートでマネジャーを務めていた時代も、チームメンバーがパーパスを持てるように、メッセージを送っていました。(当時は「パーパス」という言葉はありませんでしたが)。
「仕事は、自分のため、チームのため、会社のためのものでもあるけれど、さらにその先に目を向けよう。自分にとって大切な人のため、社会のため……という意識を持とう」と。
自分は誰の役に立ちたいのか、社会にどう貢献したいのか。そこまで視座を高めると、自分が取り組むべきことの取捨選択ができるようになります。
そして、自分のパーパスにマッチする仕事を選んで取り組み、パーパスの実現を実感できれば、バーンアウトに至ることはないのではないかと思います。
これまで多くのビジネスパーソンを見てきましたが、バーンアウトしてしまう原因は「働きすぎ」以上に、「ストレス」だと感じます。
頑張っているのに成果が出ない。何のために頑張っているか分からない。その状態がつらいのだと思います。
だからこそ、頑張る理由として、パーパスを持てることが大切だと思います。
皆さんも自分にとってのパーパスを見つめ直し、言語化してみてはいかがでしょうか。
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※本連載の第66回は、12月6日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。